クリケット・クラブの本領に関する考察:ナム・ニューエンの台頭を例に① | 覚え書きあれこれ

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記憶力が低下する今日この頃、覚え書きみたいなものを綴っておかないと...




ちょっとたいそうなタイトルですが、この記事では私の全く個人的な考察を展開しますので、その点を踏まえてお読みください。





先週の世界選手権で優勝と準優勝の座を占めた二人の選手が、同じスケート・クラブで同じコーチの門下生であることは周知のことです。


日本だけでなく、カナダでもさんざんこのことが取り上げられ、フェルナンデス選手と羽生選手へのインタビューには必ず、聞かれるトピックになっています。








その度、すでにお馴染みになったような受け答えを二人ともする。


はい、お互いの存在が励みになっています。とてもポジティブな雰囲気の中で、切磋琢磨するのはお互いのために良い影響を与えています。一人が良い結果を出したら、もう一人がそれに拍手を送る。お互いを誇りに思うのはアスリートとして当然のことだから。


などなど。


二人の選手のファン以外の人が聞いたら「はいはい、分りました、良かったね」と少々、興ざめしそうなほどよく出来た筋書きです。

あまりのことに

「でも、これってある意味当たり前じゃん。二人、優秀な選手が同時期に入って来て、クリケット・クラブはラッキーだったってことじゃないの?」とか、

「たまたまハビエルとユヅルの相性が良くて、ブライアンもやり易かったでしょうに」と囁く人もいるかも知れません。


しかし、この二人の選手の好成績よりも、クリケット・クラブで現在、起こっていることが「まぐれ」ではないことをもっと鮮明に浮き彫りにしたのが今シーズンのナム・ニューエンの台頭ではなかったかと私は考えています。


(なおブライアンたちは確かにキムヨナ選手を五輪金メダルに導いていますが、この時はブライアンもまだ自分で認めているように、コーチとして試行錯誤の最中であったため、今の様に確固たるコーチング哲学が確立されていたとは思えません。よってこの記事では彼女のケースに言及しないことにします。)




ナム・ニューエンがクリケット・クラブに移籍してきたのは2012-2013年のシーズン、彼が14才の時でした。その年はジュニアの世界選手権で12位、しかし翌 年2013‐2014年のシーズンは同大会でいきなり優勝、シニアの世界選手権でも12位に入ります。そして今シーズン、初めてのグランプリシーズン戦ス ケート・アメリカで3位入賞、パトリック・チャンやケヴィン・レイノルズが不在とはいえ16才でカナダ選手権を制し、世界選手権では自身やコーチたちの期 待を大幅に上回る5位入賞。


順調すぎるほどの進歩です。「怒涛の勢い」と言っても良いかも知れません。


確かにナム君は小さい時からカナダのホープとして期待されてきた選手でした。しかしそういった選手が皆、順調に成長してジュニアレベル、そしてシニアレベルで活躍できるとは限りません。むしろ、途中で挫折して辞めていく選手が大半でしょう。


それに私は正直、彼の先シーズンまでの滑りを見ていて、周りがえらく期待しているほどの実力かなあ?と疑問に思っていました。(ファンの方々、すみません)


姿勢が固い、スピンのスピードが遅い、ジャンプは小さい上に難易度に比例して助走が長くなる(当時のトリプル・アクセルへの入り方が良い例)、など、まだまだシニアで通用するにはほど遠い、という印象でした。


世界ジュニアで優勝した時でさえ、その見方は変わりませんでした。フリーでトリプル・アクセルを二度も成功させ、ノーミスで滑って任務完了、といったような安定感は認められましたが、羽生選手が同じ大会で優勝した時のような「あ、これはタダモノじゃない」と思わせるようなキラメキを感じませんでした。


それをどうしてカナダのスケート連盟やマスコミが大騒ぎし、次のカナダ・チャンピオンはニューエンに違いない、と盛り立てるのか。

ブライアン・オーサーの教え子であり、先輩には五輪および世界チャンピオンの羽生・欧州チャンピオンのフェルナンデス選手がいる。それだけで彼もいつかは同じレベルに達するだろうと考えるのは安易すぎないか。

いくらパトリック・チャンの後に続く選手がここ数年、出て来ていないとはいえ、まだ15才のジュニアレベルの選手にカナダ男子スケートの期待を一身に背負えと言うのは酷ではないか。


ずっとそういった違和感がありました。


ところが半年ほどが過ぎて、2014年の10月。ナム君の今シーズン開幕戦となった「オータム・クラシック」での演技を見た時、驚きました。



背が伸びて、えらく大人っぽくなっている。動きに余裕が出ている。ジャンプの助走が短くなり、着氷が綺麗。相変わらず「危なげない」滑りはもはや欠点ではなく、むしろ心地よい安心感をもたらしてくれるようなものになっていました。


何かが違う。これはひょっとして、と思わされたのを記憶しています。


その後、シーズン中、もう一度同じ感覚を倍増した形で味わいました。カナダ選手権でのことです。

(この時の模様は<「2015年カナダ選手権総括①:チャンピオンに相応しい滑りを見せたニューエン」で詳しく綴っています。)







その頃から、そろそろ私も猜疑心を打ち捨てて、ブライアンたちがクリケット・クラブで日々、実践している「何か」が、ナム君の場合も威力を発揮しているのだということを認めざるを得なくなりました。


会員制のクラブという素晴らしい環境で、最高レベルの指導を受け、最高レベルの先輩選手たちの滑りを見ながら練習しているから、と言うだけでは単純すぎる。


ではその「何か」ーこれを私は「システム」と呼びたいのですがーとは?


まず思い浮かぶのが、ブライアンがしばしば口にするのがシーズンを通しての「ピーキング」の管理法です。途中で要となる大会(シーズン初戦および国内選手権)をそれぞれ小さなピーク、中くらいのピークとして設定し、最終目的の大会(昨年はオリンピック、今年はワールド)でいかに最大のピークを迎えるか。


今シーズンのナム・ニューエンの活躍は、このピーキングの管理が完全に成功した良い例だと思います。


(つづく)