先に読んだ、同じ作者の "Kitchens of the Great Midwest" で、本作品への期待はさらに高まり、裏切られる気がしなかった。裏切られるどころか。読後、早速、お気に入りマークが付いた。

最初に登場するEdithは、人間が明るく働き者の婆さんで、名前が私の呼び名の1つと同音でもあり、好感が持てる。だが、もう70歳を過ぎているし、この人の人生の中には派手なところがないので、残念ながら主人公ではないな、と考えつつ読み進む。
次に紹介されるHelenは、若い時代から描かれる。高校生の時に、ビールに取りつかれ、自分でビールを作ってしまう。そして、この人はEdithの妹なのだけれど、Edithの影は薄い。
3人目は、両親を交通事故で失くした娘のDiana。夫に先立たれて間もないEdithが、この孫娘を引き取った。(つまり、Dianaの母=Edithの娘。)
老女が安い時給で働いて生計を立てる暮らしぶりは良いわけがなく、Dianaは心底からグレてはいないながらも、泥棒をしたりするが、そのうちに物語は展開し、Dianaもビール工場で働いて自らビールを作ることになる。この時点で、Helenはすでに相当の年齢になっているはずだから、Dianaのビール事業とはどうつながるのか。そして、作者は一体どちらの女を "Queen" だとすることになるのか。
ところが、ところが。おお、女王はEdithなのです!

By the way、Edithの夫Stanleyは早々に部隊を降りるが、とても幸せそうだ。最近まれにみる、嫌味のない幸福さである。

The Lager Queen of Minnesota
A Novel
著者: J. Ryan Stradal
ナレーター: Judith Ivey
再生時間: 11 時間 13 分
完全版 オーディオブック
配信日: 2019/07/23
言語: 英語
制作: Penguin Audio
https://www.audible.co.jp/pd/1524777684

 

4分冊で長い小説だったはずが、早かった。12、13時間の作品でも、たいていは途中で、長さを感じさせられる場面が出てくるものだけれど、そんな箇所はなかったと思う。だからと言って、物語が広がり過ぎたり、何本もの話が入り混じっているというわけでもなく、ストレートな一本道である。
恋した女のために盲目的に無茶をする主人公Mattthewは身勝手で未熟者だ。若いから仕方ないとはいえ、一目見ただけでその女を好きになってしまったのは、美人だったからという以外に何かあるのか。
登場人物は概して白黒はっきり描かれているのだが、真実を暴いていくと悪役たちにはそれぞれ言い分があって、作品の時代の善悪観念なら情状酌量できる部分も多い。で、けっこう平和に片付く人物もある。そんな処置が許されるのも、考えてみると、Matthewの正しさからしてが、ちょっといい加減だからだな。そんな感じが、おとぎ話と現実が隣り合うような時代の世界を描いていながら、現代的な味もあって面白い。
Matthewは女に心奪われるあまり、恩人であり親代わりである師の世話がないがしろになって、師は、異郷で病に苦しみ、挙句、亡くなってしまう。作品中で、この師WoodWardが最も気の毒だ。
他に、気の毒なのは、死ななかった悪役たち。例えば、牢番のGreen、最後は、実はただ忠実なだけのよいヤツだったと描かれているが、Rachelを救い出す際に死ぬほどの目に遭わされ、前歯も失う。さらに悲惨なのは、インディアンに捕まったChockholm(津刷りは分からないがこう聞こえる)。誰の罪が重く誰のほうが悪い、と決めるのは難しく、だから、罪とその報いにバランスが取れているかいないかを判じることも困難だ。それもこれも、この作品の味としたい。

この作品の後、Matthewを主人公としてシリーズが続くので、この自己中な正義漢野郎に私の鼻がどこまで耐えられるか、あるいは、人物が変化するのか、今後、読み進めるつもりだ。

Speaks the Nightbird
著者: Robert R. McCammon
ナレーター: Edoardo Ballerini
シリーズ: Matthew Corbett
再生時間: 30 時間 42 分
完全版 オーディオブック
配信日: 2012/05/29
言語: 英語
制作: Audible Studios
https://www.audible.co.jp/pd/B07DVR5GJC
 

 

ストーリーが面白く、スラスラ読める。作者もスラスラと筆を進めているのか、ときに乗り過ぎる箇所が出現するが、ナレーターが非常に聴きやすいので、そういうところでは1.4倍ぐらいに加速しても変わらず楽に聴ける。
AmandaとGillianの女学生2人が極端に対照的に描かれながら登場し、理不尽にも軍法会議で投獄されるなどなど不幸の尽きない青年Davidと、いけすかない年上の男Mathewが登場。この4人が2組となるのだろうことが分かる。しかし、読者が肩入れすると思われる者同士がペアにはならないので、この先、この4人がどうなるのだろうかと思っていると、物語は突然、Davidの母親の章になる。そして、最後はAmandaの娘の章だ。読み終えてみれば、確かに、母親(mothers)の姿と娘(daughters)の姿を描いた内容で、"Mothers and Daughters" というタイトルは適格と言える。
面白い。面白いけれど、作者による作中人物の扱いには納得し難いという気持ちが残る。もちろん、小説というのは、思うように運ばないし、期待する結末に終わらない。でも、途中で投げ出すような作品は別として、たいていの場合、作者が何をよしとするか、何を好むか、どういうものが報いられるべきかといった基準の間隔(大げさに言うと価値観)は、読者である私がおおむね同意することが前提となる。残念なことに、私にとってこの作者は、そうではない。
DavidとKateが結び付いて終わりなら終わりでもよいが、それでDavidが救われるというのなら、Davidの苦悩はそんなものなのか。いや、政党に報われるべきだと言っているのではない。ここまで担わせてきたDavidの荷物を、作者が背負わせたのに、重さを十分に感じていないんじゃないの、という気持ちだ。
また、Amandaの扱いにも不満が残る。終盤ではまるで、テレビドラマか映画のシーンを見るようで、場面場面にはインパクトがあるけれど、深い所でうまくつながらない。結局、夢見がちだった自分が諦めの境地に達し、娘や家族への会いを見つめなおっすと、それは取りも直さず自分の母親の姿に重なる、という締めくくり。序盤にせっかく生き生きと描いてきたのに、と思う。
あんなに面白く進めてきたのに、こんなふうに筆を置いて、作者はオッケーなのだろうか。
つまりは、これからまだ将来のあるKate以外の人物たちにとって、現状を肯定して生きるのが人生だ、ということか。そうか、そういうことなのかもしれないな。ともあれ、話は面白かった。結末までたどり着くまで、面白く楽しませてもらった、そういうことでいいのかも。

同じ作者の作品で、"Buddwing" も以前に面白く読んだ。主人公がマンハッタンの街中を往き来する内容で、うっかりするとポール・オースターの"New York Trilogy" の中の "City of Glass"と取り違えそうになる。オースター作品のような途中のスローな部分がなく、"Mothers and ~" 同様に、一気にズンズン読めた。そして、読後にはやっぱり、「話は面白いけど、そこまで描いてきたのに、これが終わりでオッケーなのか」と思った。


Mothers and Daughters
A Novel
著者: Evan Hunter
ナレーター: Barrie Kreinik
再生時間: 22 時間 26 分
完全版 オーディオブック
配信日: 2020/03/24
言語: 英語
制作: Audible Studios
https://www.audible.co.jp/pd/B085P2WMJX
Buddwing
A Novel
著者: Evan Hunter
ナレーター: Steve Rimpici
再生時間: 9 時間 56 分
完全版 オーディオブック
配信日: 2020/03/10
言語: 英語
制作: Audible Studios
https://www.audible.co.jp/pd/B085GMS5KD
 

タイトルに地名が入っている小説には当たりが多い。US版のオーディブルで見かけた "The Lager Queen of Minnesota" という小説に当たりの予感がした。が、"The Lager ~" も作者の他の作品も日米いずれの月額プランにも入っていない。可能な限り月額プランの範囲で読書を楽しむのが私の方針であるため、プラン外の作品購入には慎重を期す。紹介文と好みを検討した結果、"The Lager ~" よりまず、作者のこの作品を購入することとした。
結果、非常に気に入った。"The Lager ~" も、刊行予定の新作も購入することになるだろう。

三つ子の魂百まで。生まれた時から裁量の食べ物を与えられ、でも2歳かそこらで母も、また父も失くしてしまう女の子が天才シェフになる。
しかし、物語は、主人公 Eva の成長を追わない。彼女が、いわば勝手に成長していっている中での、ある時点時点で大なり小なり接する人を、それぞれ、描いている。悲運に終わらせられる人物もいるし、忘却させられる人物もいるが、それぞれの人物を描く章の中ではその人物が主役であって、Evaを描くためにそういった人物たちが使われているのではないところが面白い。
だから、Evaがシェフとして成功するのは分かるとしても、誰からも愛されるような性格に育った道筋は分からない。まあ、道筋を描いてそうなったとすることこそ、作為的で、その割に、説得力がないものではあるが。

そして、予想される通り、物語は最終的に、娘を捨てた母と娘の再開に帰結する。そういう話、しばしば読むなぁ。母娘再開ストーリーはアメリカ小説の定番なのだろうか、それとも、私が好む作者に共通する傾向だろうか。

Kitchens of the Great Midwest
著者: J. Ryan Stradal
ナレーター: Amy Ryan, Michael Stuhlbarg
再生時間: 10 時間 7 分
完全版 オーディオブック
配信日: 2015/07/28
言語: 英語
制作: Penguin Audio
聴き放題対象外
https://www.audible.co.jp/pd/0698402979
 

2、3冊挟んで続けて読んだ、この作者の作品3冊のうち、最も好みだったのは "So the Wind Won’t Blow It All Away" だ。
自然が美しくて、静香。言葉で描写されているわけではないが、なぜだか風景が美しく浮かぶ。そして、昔に読んだおぼろな記憶の中の萩尾望都とか竹宮惠子のギムナジウムの少年が思い起こされる。
ただし、こんな繊細さを感じたのは、いま思えばラッキーだったと言える、読み始めてすぐの私の聞き違いによるところが大きい。主人公が、「あの日、銃なんか買わずに、隣のハンバーガーショップに入っていれば」と後悔する独白中、"grab the bullet out of the ear" と聞こえるのを、そんなふうに言うのかな、頭撃ったならheadとかじゃないの、と引っ掛かって、何度も聞き直したが、"the air"とは考えなかった。読み進んで、友人を誤射してしまった話と分かるけれど、自分も自殺してしまうのだと、読後もそう考えた。自分の頭撃ったのなら、仮に ear だとしても my ear だよな。

1冊目に読んだ"Trout Fishing in America" の冒頭の讃辞(?)によると、作者は、ヒッピー時代の若者の(当時の)新しい文学の代表的存在だということで、その作品は、イケイケどんどんを嫌い、戦争反対というか戦争のようなものは存在として無死するような、そういった主張をあからさまに主張しない、分かる者がお互い分かっていればいいよね、という雰囲気を醸している。好意的な形容詞で言えば穏やか、悪く表現すればのれんに腕押し。
インパクトで押してくるとか、赤裸々に見せつけるとか、表層より深部重視とか、そういった小説ばかり読んでいると、この作者の作品世界は涼やかでホッとする。まるで、暑い夏の日に、軒に吊るした風鈴を鳴らすそよ風を感じながら冷えた葛切りを味わっているような。しかし、葛切りも、たまに一杯食べるのがおいしいように、こういった作品を続けて読むと、現代に浸かってしまった身にはフワフワと物足りない。実際、いつの頃からかもう、風鈴を鳴らすそよ風という自然現象はなくなったのが現実だもの。

"In Watermelon Sugar" は、"Trout Fishing --" にはなかった対立軸があり、主人公と主人公の愛するものが主人公にとっての善である。平和主義ではあるけれども、仲間としか仲良くしないのはいただけない。

Brautiganという著者名をどこかで聞いた記憶があるが、似たような名前がありそうで、どこで見聞きしたのだったか。何年かごとに無性に読みたくなる、小林信彦の「ちはやふる奥の細道」が、なぜだか脳内リンクされる。あれは、架空の作家が著したものを小林信彦が翻訳したという体の作品だが、架空の作家名はW.C.フラナガンであって、ブローティガンではなかった。でもまあ、ついでなので、サピエ図書館のものを久しぶりに聴いたところ、何と巻末の「作者ノート」にブローティガンの名前が登場していた。いくら私でも、これを記憶していたとは思えない。小林信彦は、「ちはやふる~」の構想の際に、ブローティガンの「ソンブレロ落下す-ある日本小説-」という作品をイメージしていたようなのだが、小林による「ちはやふる~」への何かしらの投影が、Brautigan作品を読んだ私の頭の中で共鳴を起こしたとすれば、(間に入った小林信彦もすごいが、) Brautiganの作品は「のれんに腕押し」を装いながら実はとてつもない質量なのかもしれない。

So the Wind Won’t Blow It All Away
著者: Richard Brautigan
ナレーター: Chris Andrew Ciulla
再生時間: 3 時間 7 分
完全版 オーディオブック
配信日: 2016/11/15
言語: 英語
制作: Blackstone Audio, Inc.
https://www.audible.co.jp/pd/1504759966

Trout Fishing in America
A Novel
著者: Richard Brautigan
ナレーター: Chris Andrew Ciulla
再生時間: 3 時間 29 分
完全版 オーディオブック
配信日: 2016/08/22
言語: 英語
制作: Blackstone Audio, Inc.
https://www.audible.co.jp/pd/B07DSQK88L

In Watermelon Sugar
著者: Richard Brautigan
ナレーター: Bronson Pinchot
再生時間: 2 時間 22 分
完全版 オーディオブック
配信日: 2017/04/25
言語: 英語
制作: Blackstone Audio, Inc.
https://www.audible.co.jp/pd/B07DP7LJBW