ボランティアは勿論 災害の時以外にも いろいろな場所でいろいろな形で

必要とされていますね。


わたしがとても感動したボランティアの方々に以前 父が入院していた築地の

聖路加国際病院のボランティアの方々がいます。 父はこの病院で息をひきとりました。


何回か入退院を繰り返していました、 最後の入院になったとき母はこれが最後になると感じて ニューヨークにいるわたしたち母娘を呼びました。 父との最後の約一ヶ月をこの聖路加病院に通う形で過ごしました。


この病院でエプロンをして いろいろな場所で働いている方々はボランティアの人たちです。 お年をめしたからからお若いかたなど様々です。どの方もいつもにこやかで それぞれのお仕事をしていながら いつも 笑顔で応対してくださいます。 この病院 とても明るくきれいで 病院という感じをあまり感じさせない空間です。 当時 まだ幼稚園児だった下の娘はここはホテルだと思っていたくらいですから。


最愛の父をこの病院で亡くし本当に本当に悲しかったです。 それは2月のことでした。 そのとしの4月にハズバンドが東京オフィスに転勤になり わたしたち家族の3年間の東京暮らしが始まりました。


9月、 子供たちの学校も始まり 落ち着いたころにわたしは この聖路加病院に何とか恩返しがしたいと思い、 父の担当医だった 櫻井院長に連絡をしました、 お忙しい院長先生が自らの時間をお作りになられて わたしに会ってくださいました。そこでわたしがお尋ねしたことは この病院のボランティア活動に参加させていただきたいということでした。 院長先生は快く ボランティア活動の責任者の方を紹介してくださいました。 


後日 その方とのアポイントメントをとり 会わせていただきました。 事情を話しぜひボランティアに参加させてくださいと言うと、 その方は(ちょっと年配のかたでした)

「あなた お子さんは?」

「二人おります。」

「おいくつ?」

「6年生と幼稚園です。」

「まだ 手がかかりますね、 お子様もお母さまが必要な年です、

ボランティアをしていただくのは本当にありがたいことですが、

ボランティアは仕事についているのと同じで 責任のあることです。

お金をいただいていないからって、 きょうは 行くのをやめよう、とか

勝手にスケジュールを乱すことはできません。

あなたのお子様たちは今 アメリカから引越ししてきて お母様が

必要な時です、 どうか お子様たちのお世話をしっかりしてください。

お子様たちが大きくなられたらどうぞ また わたしを尋ねてください。

待っています。」


心にしみる言葉でした。 病院としては ボランティアが多いほうがいいとはわかっていても 「はい、はい、 それでは 月曜日と火曜日の9時から3時に来てね!」って

いう具合に受け入れるのではなかったのです。 その方はわたしの父のこと、そして わたしがどうしてこういう思いを持ったかなど いろいろとお話しを聞いてくださいました。 そして ボランティアとは本当に責任のある仕事であることを教えてくださいました。 生涯忘れることのできない言葉です。 


いつか日本に戻るようなことがあれば、、 また聖路加国際病院に行って ボランティアを志願したいと思っています。 この病院は外国からの患者さんも多いので 言葉を生かして 患者さんたちと英語で会話をしてあげることだってできるし、、、。

あの日 ボランティアの責任者のかたがわたしに話してくださったこと 忘れません。

簡単にボランティアします!!って言ったわたしは甘かったですね。


ボランティア それは 本当に 責任のある 大切な仕事 です。


先日の その1にコメントをいただいたのですが、 本当に

「それぞれのできる範囲で できることをすればいい」

って本当ですね。



3月の津波のあとに友達から教えてもらった言葉で

松山千春さんが おっしゃった言葉

わたし これ大好きです。


ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ   

  知恵があるやつは知恵を出そう
  力があるやつは力を出そう
  金があるやつは金を出そう
  自分は何も出せないよ
  というやつは元気を出せ
ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ