一生続くビン底メガネとコンタクト。お金はかかるけれど・・・
「私、目にいったいいくら使ってきたんだろう。」
50代になってから定期的に通っている眼科の待合室で、ふとそんなことを考えた。
私はこれまで大きな病気をしたことがない。
手術も入院も経験ゼロ。
お世話になる病院といえば、眼科か皮膚科くらい。
中でも人生でいちばん多く足を運んでいるのは、間違いなく眼科だ。
なにしろ私は、筋金入りのど近眼なのである。
メガネを作ったのは小学3年生。
最初は授業中だけだったのに、中学生になる頃には生活の必需品になっていた。
だから中学時代の友達にとっては、「私=メガネ」のイメージだったと思う。
しかも、ど近眼のメガネあるあるといえば、レンズが分厚いこと。昔はよく「牛乳瓶の底みたい」と言われたものだ。重いし、目は小さく見えるし、顔の輪郭までへこんで見える。
鏡を見るたび、思春期の乙女心はなかなか複雑だった。
そんなある休日。
私はゆるゆるの部屋着で、くせ毛は爆発。
そして、分厚いメガネ姿でゴロゴロしていた。
呆れて見ていた母が、笑いながら言った。
「もし今、同級生に見られたら、百年の恋も冷めるよね〜。」
……いやいや、笑いごとじゃないよ。娘に向かってそんなこと言う?
さすがにちょっと傷つき、そして心に誓った。
高校では絶対コンタクトデビューする!
入学式の日、その決意は実現した。
地元の高校だったので、中学の同級生もたくさんいた。
「えっ、誰?」
そんな驚きの反応が返ってきたときは、心の中でガッツポーズ。
「よし、イメチェン成功!」
ビン底メガネを卒業し、高校生活をエンジョイ(当時の私の気持ち)できそうな気がした。
でも、その日から始まった。
視力矯正という、一生続くランニングコストが。
コンタクトを作れば終わりではない。
家ではメガネ。外ではコンタクト。どちらも欠かせない。
というのも、裸眼の私は、すりガラスのお面をかぶっているようなもの。
ダイニングテーブルの向かいにいる人が、笑っているのか怒っているのかさえ判別できない。もはや勘で話しかけるしかない世界である。
メガネもコンタクトも使用歴は40年以上。
最初はハードレンズを落として失くしたり、メガネを踏んづけてフレームを折ったり。
大人になれば、目に優しいワンデイに替えコストアップしたり、度数が変わるたびにメガネを新調したり。
最近では、老眼対応という新しい出費まで仲間入りした。
なんとも手間のかかる追加メンバーである。
これまで総額いくら使ったのか計算したことはない。でも、もしかしたら車が一台買えるくらいにはなっているのかもしれない。
なかなかの金額だ。
目にはずいぶんお金がかかったけれど、その代わり大きな病気もなく、入院も手術もせずにここまで元気に過ごしてこられた。
そう思えば、この視力矯正代も健康に暮らすための必要経費だったのかも。
あの日「百年の恋も冷める」と笑っていた母。
でも、丈夫な身体に産んでくれたことには感謝している。
……ただひとつお願いできるなら。
もう少し視力をサービスしてほしかったな。
ご訪問いただきありがとうございました












