40代の「まだ間に合う」が一番つらかった。諦めた50代の今

 

            

40代のあの頃、 「まだ間に合う」という言葉が、いちばん苦しかった。希望のはずなのに、どうしてこんなに痛いんだろうと思っていた。

 

 

「まだ間に合うかもしれない」と可能性にしがみついていた40代と、 「もう間に合わない」とはっきりわかった50代。どちらが軽やかかと聞かれたら、私は迷わず後者に手を挙げる。

 

40代の私は、どこかで“可能性”という名の鎖に縛られていた。 子どもを授かるかもしれない。 まだ人生は大きく変わるかもしれない。

 

もちろん、それ自体は悪いことじゃない。むしろ希望と言えば聞こえはいいかれど、当時の私にとって、その“かもしれない”は、 期待というよりも、「手放したくても手放しきれない執着」に近いものだった気がする。

 

 

あれは44歳の頃、職場でのなんてことない雑談の時間。

「44歳ならまだまだいけるよ」

 「私の知り合いも45歳で出産したから大丈夫」

上司や同僚の、悪気のない言葉。でもそれが励ましなのか慰めなのか、正直よくわからなかった。

 

(本当にそう思ってる?それって、ほんの一握りの奇跡だよね?)

心の中で毒づきながらも、顔はしっかり「社会人」を演じていた。 「そうなんですね!まだ諦めずにがんばります!」 引きつった笑顔で話を合わせながら、内心では「痛い、痛い!心がい・た・い!んだってば!」と叫んでいた。

 

「もう子どもの話はうんざり。そんな前向きな言葉もいらない。どうか、そっとしておいて。」という拒絶と、「もしかしたら、まだ可能性はある…」という期待。

 

相反する感情の真ん中で立ち往生していたからこそ、誰に何を言われても苦しかったんだと思う。

たとえそれが、子どものいない人の言葉だったとしても。家族からの言葉だったとしても。

優しい言葉も素直に受け取れず、むしろ優しければ優しいほど逃げ場がなくて、チクッと胸に刺さる。

 

「もう無理だ」とほぼ諦めている。でもどこかで、まだ期待してしまう自分もいる。

 

……そりゃ、心も忙しくてややこしいはずだ。

 

 

そんな時間を抜けて50代。

物理的にも生物学的にも、完全にできないとわかったとき、 がっかりするかと思いきや——

あれ?なんか、ラク。

肩の力が、すとん、と抜けた。

 

「もう考えなくていいんだ」 

「もう選ばなくていいんだ」

なんていうか…… ようやく行き先が「決まった」という感覚。

行き先がひとつになると、人って迷いがなくなり、こんなにラクになれるんだと驚いた。

 

 

50代後半ともなれば、更年期も、ひと通り通過。 あの、理由もなくイライラしたり、急に汗が止まらなくなったりする日々も、今となっては「そんな時代もあったねぇ」と遠い目で見られる。

 

もちろん、体力は落ちたし無理もきかない。 階段を上がれば普通に息も上がる。 似合う服も少なくなり、白髪のお手入れにため息の毎日だ。

 

でも、その代わりに手に入れたものもある。

「ありのままの自分でいい」という行き先。

無理に前向きな言葉を信じなくていいし、誰かの「大丈夫」に合わせなくてもいい。これ、思ってる以上に大きい。

 

 

50代後半戦。 悪くない。いや、むしろ、なかなかいい感じだ。

あの頃の「い・た・い!!」も、今となっては、ちょっぴり懐かしい。そんな自分の変化を、どこか頼もしく思っている。

 

人って選択肢があるから自由なようで、選択肢があるからこそ苦しくなることもある。 選択肢がなくなることが、これほどまでに人を自由にするなんて、思いもしなかった。

だったらこれからは、少しずつ「決めていく(諦めていく)」ほうに舵を切って、気持ちをラクにしていけばいい。

 

人生の後半って実は案外、軽やかで自由なのかも。

 

 

 

    



 

 

 

 

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50代「ここから足首です」がちょっとだけ戻ってきた朝

 

            

「ふくらはぎが痛い……」

夕食も洗い物も済ませ、帰宅後ようやくソファに座るときに出る、毎日恒例のセリフだ。

しかも最近は、痛みとともに、ひざ下から足首にかけての見た目もひどい。
細長いビニール袋に重たい砂をパンパンに詰めたような、ずっしり主張してくる感じ。
一日がんばった証といえば聞こえはいいけれど、正直ちょっとしんどい。

とはいえ、そもそも私は「足首がキュッとしている人」ではない。
家系的に、足首は控えめ。というか、ほぼ存在していない。

 

子どもの頃のあだ名は「魔法使いサリーちゃん」……知ってるかな?
あのアニメのキャラクターは、足がストンとまっすぐで、足首がない(笑)。
天然パーマでショートヘアだった私は、同じ魔法使いでも「ひみつのアッコちゃん」ではなく「サリーちゃん」だったのだ。

 

遺伝子レベルで、父も父の姉も、みんな同じような足首。これはもう、どうしようもない。

だから若い頃から、「足首が細い人って、どうやってああなってるの?」と、ちょっと不思議だったし、自分の足については「まあ、こういうもの」と受け入れてきた。


……はずだったのに。


最近、さらに境目があいまいになってきた気がするのだ。
もともと薄かった境界線が、加齢とともに、より一層なだらかに。
もはや「ふくらはぎからそのまま足ですけど?」という潔さすらある。
これは遺伝なのか、むくみなのか。いや、きっと両方だ。

そんな現実を見て見ぬふりしつつ、ある日ふと思い出した。
そういえば、あれがあったはず。

——メディキュット。

「どこかにあったはず」と引き出しの奥から発掘し、お風呂上がりに履いてみる。
毎度のことながら「これ、本当に入る?」という圧。
なんとか引き上げて、そのまま就寝。

 

そして翌朝。

……あれ?
足首、いる。

いや、正確には「いた形跡がある」。
完全に別人のようにキュッとしているわけではない。
でも、あのなだらかな一体感の中に、「ここからが足首かもしれません」という控えめな主張が、確かにある。

思わず二度見してニヤける。ちょっと嬉しい。
「足首ができてる」今度は声に出していた。

 

もちろん、夕方になればまた元に戻る。
階段を上れば息は切れるし、少し無理をすれば翌日にきっちりツケが回ってくる。
50代の身体は、本当に正直だ。

でも、ちゃんと向き合えば、まだちゃんと応えてくれる。
少し休ませてあげれば楽になるし、少し整えてあげれば、ちゃんと変化が現れる。
昔みたいに勢いだけでは乗り切れないけれど、その代わり、自分の身体との付き合い方は、今の方がずっとわかっている気がする。

 

もともと足首はない。それはもう、変わらない事実。
でも、「ないなりに、ちょっと整う」くらいはできるらしい。

それで十分じゃない?と、最近は思う。
だから今日も、ソファに沈み込みながらひとこと。

「おつかれさま、私の足。
そして、うっすら存在してくれてありがとう、足首。」

 

 

 

    



 

 

 

 

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一周回ってトースト、たぶん人生もそういうこと

 

            

「食パン買い忘れたーー!」

そんな朝は、ちょっとした大騒ぎだ。
ニュースにはならないけど、私の中ではトップニュース。

朝食はごはん派?パン派?なんてよく聞くけど、
私は断然パン派。しかも、かなりの一途さで。

物心ついたころから、ずっとパン。
というより、ほぼパン一択の人生。
もう体質がパンを選んでいるのだ。

もちろん、パンじゃない日がまったくないわけじゃない。
旅行先の朝食ビュッフェでは、
「元を取らなくちゃ」という使命感により、
和も洋も一通り制覇する。
普段の私からは考えられないほどの食欲を発揮するのだから不思議だ。

 

 

そんなこんなで、朝は長年パンと付き合ってきた。

レタス、ハム、チーズ、卵を乗せてみたり、
いちごやマーマレード、ブルーベリージャムで甘くしてみたり、
ときには、あんバタートーストでちょっとご当地感を出してみたり。

いろいろなバリエーションをつけて楽しんできた。

 

 

ーー結果、
「結局これが一番好きだな~」

と落ち着いたのは、
何の変哲もない、ただのトーストだった。

山型食パンを小麦色に焼いて、
マーガリンを四隅まできっちり、くまなく塗る。
真ん中だけじゃなく、端っこまでまんべんなく。ここポイント!

それだけ。

でも、これがいい。
いや、「これがいい」じゃなくて、

「これが一番」なのだ。

 

朝いちばんの食事は、トースト1枚と
人肌くらいに温めた牛乳。

 


     ある日の朝食
 

 

この組み合わせが揃わないと、
ちゃんと一日が始まらないと言っても過言ではない。

……と、ここまで言っておいてなんだけど、
これだけでは足りず、
仕事中にコーヒーとおやつを食べちゃうのは置いといて。(笑)

 

 

だから、「さあ、パン焼こう」

とキッチンに立って、
食パンがないことに気づいたときの、あの絶望。

思わず声に出して叫ぶ。
「うそでしょ!」と。

 

人によっては、
「え?ただの食パンで?」と思うかもしれない。

でもこれは、食パンの問題ではなくて、
長年染みついた“習慣”の問題なのだ。

長い年月をかけて、当たり前になった朝の形。
それが一つ欠けるだけで、
一日のリズムが少しだけ狂う。

 

 

昔は、もう少し頑張っていた。
栄養バランスを考えて品数を増やしたり、
いわゆる“丁寧な暮らし”っぽいことを目指してみたり。

でも、無理は続かない。

大事なのは、
「自分が好きかどうか」

というシンプルな基準で、
好きだからこそ続いてきた小さな習慣ということ。

あれこれ足してきたものが、

自然に剥がれていき、
気づけば最後に残ったのが、
このシンプルなトーストだった。

一周回って、ここに戻ってきた感じ。

 

 

50代後半。
人生もこれに似ている気がする。

 

 

 

さて、
キッチンに食パンあったかな~?

明日の朝のために確認しておこう。
トップニュース回避のために。

 



 

 

 

 

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「背の高い女優さん」名前が出てこない夫との連想ゲーム

 

            

年齢を重ねると、名前がパッと出てこない。

……なんてこと、よくあるよね。

普段の会話も

「あのさ、この間の”あれ”どうなった?」とか

「それ取って、それ」みたいに、

物事の名称がひとつも出てこない。

うちの夫も例外ではない。

というか、ちょっとレベルが高い。

 



先日も突然、

「ねえ、あの背の高い女優さんって、なんていったっけ?」

……は? ざっくりしすぎでは?

 

夫の言動がおおざっぱなのは承知している。

にしても、背の高い女優さんなんて、

この世の中に何人いると思っているのか。

『その情報だけで、当てろと?』

そう言いたい気持ちをぐっと飲み込もうとして、

目はまん丸に見開き、口はギュッと結んだ表情で夫を見つめた。

(もはや顔が全力でツッコんでるけど)

 

 

それでもなんとか声を絞り出す。

「……天海祐希?」

自信ゼロで答えた瞬間、

「違う」

即答。

『でしょうね。でも、わかるかー!』

むしろ、

なぜそれで正解が出ると思ったのか聞きたい。

 

 

でも、この連想ゲームに負けるわけにはいかない。

なぜか私は、夫の”なぞとき”に挑戦するワクワクを感じていた。

「じゃあ、追加のヒントください」

すると、夫は言った。

「ほら、あの……長澤まさみみたいな人」

……え?

 

『長澤まさみ”みたいな人”?』

『それ、もう長澤まさみなんじゃないの?』

心の中で「勘弁してください」となりながらも、

連想ゲームを続ける。

(負けたくないから)

 

「どんなドラマに出てた?」

「うーん、それは思い出せない」

「じゃあ、CMは?」

「最近見ないな~」

「……」

ヒント、全滅。

 

 

ここまでくると、もはや連想力の問題ではない。

ヒントを出す側の問題だ。

 

 

とはいえ、この手のやりとり、

実は初めてではない。

「バカリズム」「主役」だけで

その当時見ていたドラマ「ホットスポット」を連想して、

市川実日子さんを当てたり。

「坂グループ」「卒業した子」だけで

平手友理奈さんを一発で当てたり。

夫が知り得る芸能人で、なおかつ話の前後から推測し、

なぞかけのように2つのお題から答えを整えるのだ。

(ねづっちのように・古っ)

うん、楽しくなってきたぞ♪(苦笑い)

 

 

私はこの数年で、夫の雑すぎるヒントから

連想して解読するスキルを着実に上げてきた。

だから、今回も解読したかった。

脳みそをフルに使って連想してみたが、答えが出ず、

最終手段の検索という禁じ手に出た。

 

「背の高い 長澤まさみみたいな 女優」

とスマホに入力。

そして、正解にたどり着いた。

答えは……榮倉奈々さん!

 

「そうそう!榮倉奈々だ!」

とスッキリした顔の夫を横目に思う。



……いやいやいや。

『榮倉奈々さんだったら、もっと他にヒントあったよね?』

『ほら、賀来賢人さんの奥さんとか……』

 

 

 

 

それでもまた、

「あの人なんていったっけ?」

という一言から、我が家の連想ゲームは始まる。

 

そして私は、”ほぼノーヒント”という難問に

今日も挑むのだ。







▼ちなみに、検索して出てきた女優さんはこんな感じ▼

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170cm前後の高身長で、長澤まさみのようなナチュラルな笑顔やスタイル、

モデル出身の爽やかさを持つ女優は、榮倉奈々や新垣結衣などが代表的です。

特にスタイル抜群な菜々緒や、爽やかさと実力を持つ杏も挙げられます。

 

【長澤まさみのような高身長(170cm前後・モデル系)の女優】

 

・榮倉奈々 (170cm台):

  モデル出身で爽やかな笑顔とナチュラルな演技が魅力。

・新垣結衣 (169cm):

  モデル出身で、高身長かつ親しみやすい爽やかさがある。

・杏 (174cm):

  モデル出身で、すらりとしたスタイルと上品な雰囲気。

・松下奈緒 (174cm):

  女優、ピアニスト。華やかなスタイルと知的な雰囲気。

・菜々緒 (172cm):

  圧倒的なスタイルを持つモデル・女優。

・天海祐希 (171cm):

  抜群のスタイルと凛とした演技力。

 

長澤まさみ(約169cm-170cm前後)のように、スタイルが良く、

笑顔が印象的で爽やかな雰囲気を持つ女優として、上記の方々は特におすすめです。
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白髪、まだいける?もう無理?問題

 

            

白髪が多くてショートヘアの私は、
5週間に1回のペースで美容院に通っている。

1ヶ月に1回ではない。
5週間に1回。

ここ、地味に大事。

ほんの少しでも間をあけたいという、
ささやかな抵抗と節約心が込められている。

本当の理想を言えば、4週間に1回。

でも現実は5週間。
この1週間の差で、

高額な美容院代を払うという

私の罪悪感は軽減されるのだ。
 

 

染めたての時期はいい。
朝はブローして整えるだけ。

鏡の中の自分も機嫌がいい。

でも、3週間もすると、
おでこ、もみあげ、こめかみあたりが
じわじわと白く主張してくる。

7ミリくらい。たぶん。
(計ったことはないけど、

気持ち的にはそのくらい・笑)

でも、まだ行かない。
いや、行けない。

だって3週間で美容院に行くなんて、
なんだか負けた気がする。
(何と戦っているのか?)

 

 

そこで登場するのが、あの子。

ブラシがマスカラみたいになっている、
白髪かくし。

そう、染めるのではなく隠す。
生え際をサッと塗ることができるあの子だ。

私の愛用品には
「白髪一時着色料」と書いてある。

これが便利で、一時的にとりあえず整う。
ただし、持つのは1日。

つまり、毎日リセットするから
鏡の中の自分は、毎朝、格闘だ。

 

 

それに頼ること2週間。

「白髪一時着色料」では、
だんだん分け目やつむじのあたりが、
「もう無理!カバーできない」と言ってくる。

そしてようやく、
ちょっとだけしぶしぶ、美容院へ。

 

本当は、もっとまめに通えたら楽なんだろうけど、
お金も時間も、そう余裕はない。

 

それに毛染めって
なんとなく髪にも負担がかかりそう。

昔みたいに、
ソバージュ(流行っていた)も
ストレートパーマも

好き放題やっていた頃とは違う。

今はもう、できるだけそっとしておいてあげたい。
髪にも、自分にも。

とはいえ、グレイヘアにする勇気は、

まだない。

 

 

そんなわけで、今の私は

「5週間に1回」

美容院での白髪染めは、
ここに落ち着いている。

 

髪への労りと、
自分なりのアンチエイジングと
お財布事情の
ちょうど真ん中あたり。


 

 

みなさんはどうですか?
白髪とどんな距離感で付き合っていますか?

 

 

 

 

 

    私の愛用商品

 

 

 

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「夫がいない日」にこだわりすぎて2年たった話

 

            

トイレ掃除よし!
玄関もピカピカ、スリッパもスタンバイOK!

お茶菓子をかごに盛って、
コーヒーも紅茶もすぐ出せる。
冷たいジュースだって抜かりなし。

その日の私は朝から機敏だった。
(いつもこのくらい動けたらいいのに)

 

終の住処にと決めて、引っ越してから早2年。

そこは、ずっと空き家だった夫の実家を
リフォームした家だ。

前よりも便利な街になったし、
せっかくならキレイなうちに
友だちを招待したいと思っていたのに……。

 

気づけば2年。
……え、2年?

 

私もこれまで、
何度か友だちの家におじゃましている。

ごはんをごちそうになったり、
お茶を飲みながらおしゃべりしたり、
新居なら「ここがリビングで~」と
ルームツアーを楽しませてもらったり。

 

そして、ある共通点に気づく。

 

それは、
みんな”ダンナ様がいない日”

選んでいる、ってこと。

仕事だったり、趣味で外出していたり、
出張や旅行で不在だったり。

中には夜までそのままお家飲み、

なんて日もある。

 

 

そう!わかる。
ダンナ様がいると、どうしても気を使うのだ。

 

よほどの豪邸ならともかく、
同じフロアにいれば、
こっちの大きな笑い声も、
ちょっとした愚痴も、きっと聞こえちゃう。
いや、たぶん聞こえている。

だから私も
夫が外出する日を虎視眈々と狙っていた。

 

……のだけれど。

 

まあ、出かけない。

びっくりするくらい出かけない。

たまに出かけたと思ったら、
1時間で帰ってくる。


 

 

そうだ、忘れてた……。
うちの夫、そういう人だった。

・家の中で完結できる人
・無職で生活圏がコンパクトな人

いわゆる“引きこもり”とまでは言わないけど、
家を中心に、自分のペースで暮らしている人だ。

 

 

となると、
「夫がいない日を狙う作戦」は、ほぼ不可能。

そこでようやく私は決めた。
「もう、夫がいても呼ぼう」

 

ここにたどり着くまでに、2年。
遠回りしたな~。
(ちなみに老猫の存在も、

 ちょっとだけ理由のひとつ)

 

「ここまで待ったのだから、

ベストなタイミングで」

そう思い、夫の予定は考えず、
暑くも寒くもない、春のはじまり。
気持ちのいい、よく晴れた日。

 

ようやく我が家に
『記念すべき第1号のお友だち』

が来てくれた。

 

 

……結果、

もっと早く呼べばよかった。

暮らしている街を
リフォームした家を
見てもらえて嬉しかった。

 

というわけで調子に乗って、
来週、第2号のお友だちを呼びます。
(夫はたぶん、いつも通り家にいます)

 

 

 

   屋上の準備もよし!

 

 

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いちばん元気なのは父だった 祝米寿の夜

 

            

「米寿おめでとう!これからも元気でいてね」

乾杯!!

両親と娘夫婦たち6人のグラスが触れ合う、軽やかな音。
窓の外は、まだ明るさを残しながら
夜へと向かうオレンジ色の夕景。

今年、数えで88歳になった父親の米寿祝いに
ちょっぴり贅沢をして、夜景の見える個室を予約した。

 

運ばれてくる料理はどれも「お祝い」を感じる
華やかなものばかり。

食前酒から始まり、御祝肴と祝盛。
目も舌も楽しませてくれる、鯛姿盛のお造り。
艶やかなべんがら色の重箱に入った、黒毛和牛の網焼き。

そして、メインの壽喜焼(すきやき)。

仲居さんが手際よく焼いてくれるお肉は、
甘辛い香りとともに、とろけるように口の中へ消えていく。

残った煮汁を卵でとじて、ごはんの上にふわっとのせる。
ほんの少しのわさびを添えていただくと、

思わず声がこぼれる。
「ああ~美味しかった」

 

おなかも満たされ、幸福感に包まれる。
美味しいものが食べられるって幸せだ。

 

 

 

 

 

ふと、前回の喜寿のお祝いを思い出す。
あのときは、一泊の温泉旅行だった。

あれから10年。
「もう遠出はいいかな」

と父が言うようになり
今回は食事だけの集まりになった。

 

しかし、

いざ料理が並べば、
肉も魚もデザートも、誰よりもよく食べる。

お酒も進み、いつにも増して饒舌な父。
手振りも大きくなっていく。

「昔から変わらないな~」
父が身振り手ぶりで話すときは
ほろ酔いでご機嫌な証拠だ。

そんな父の話を、今日は母も遮らない。
ニコニコと相槌を打ちながら、楽しそうに聞いている。

・・・うん、平和だ。

 

 

 

 

父、87歳。
母、81歳。

両親ともに、これまで大きな病気もなく
今もふたりで暮らしている。
それだけでもありがたい。

孫の顔は見せることはできなかったけれど
こうして一緒に食卓を囲み、
美味しいお酒と食事を楽しみながら
同じ時間を笑って過ごせること。

少しは親孝行できてるかな?

 

 

元気でいてくれること。
そして、私たちを健康で丈夫に産んでくれたこと。

全部まとめて、本当に感謝している。

 

 

 

次は母の米寿を企画するね。

またこうしてみんなで集まって、
少しだけ贅沢にお祝いをしましょう!

 

 

▼昭和の親父の日常

 

 

 

 

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夫が無職になり私の扶養に入った日

 

            

いろいろあって、夫は
あと1年で定年という59歳で退職した。

そしてその後、
「もう働かない」という選択をした。

結果、会社員だった私の
扶養家族になったのである。

 

世間でいえばまだまだ働き盛り。

夫がこんなに早く無職になるなんて
結婚した時も、結婚してからも
まったく思ってもみなかった。

退職したとしても
次の仕事を探すのだろうと
どこかで思っていたし…。

 

念のため断っておくけど、
決して、貯金がたっぷりあって
「経済的に自立して早期リタイア」


いわゆるFIRE(ファイア)
なんて立派な話ではない。

 

むしろ夫は、
転職を繰り返してきたタイプ。

長年勤めあげたサラリーマンのような
高い年収もなければ
大きな退職金もない。

それなのに、なぜ?

しかも私もまた転職を繰り返してきた身で、
今は正社員ではあるものの
年収は新卒並みである。

 

60歳なんて今どき、
まだまだ若々しく元気な年齢だ。
先もまだ長い。

ましてや妻の私はまだ50歳。

 

  • リタイアするには早いすぎない?
  • 生活費はどうするの?
  • ずっと家にいるつもり?
  • 私たちの老後は?


この時期、私の頭の中は
「???」でいっぱいだった。

 

 

夫が60歳で隠居生活のようになっている
なんて周りに言えない。


正直、離婚という言葉が
頭をよぎることもあった。

 

 

夫はもともと
あまり人付き合いが得意な方ではない。

これまで精神的に
つらそうな時期もあったし、
体調を崩すこともあった。

だから私は、

これからの生活をどうするの?
という怒りと不安と焦り

その一方で

夫はしんどかったんだから、
もう人間関係から
解放してあげてもいいんじゃないか。

そんな「しょうがないか」という
納得と諦め。

その二つの気持ちが交互にやってきて、
私の心はずっとぐるぐる回り続け、
そして疲弊していった。

 

 

 

あれから約7年。

57歳になった今、ようやく私は
ぐるぐる回っていた心の迷路の中で
小さな出口を見つけて歩み進んでいる。

 

もしかしたら、
世間の「普通の夫婦」とは
少し違うのかもしれない。
 

 

夫の扶養に入るのではなく
妻の扶養に夫が入る。

その頃の私には
違和感としか思えなかった夫婦の形。

 

でも、
そんな形も案外あるのではないかと
最近は思うようになってきた。

 

人生は思っていた通りには進まないし、
そのたびに、
夫婦の形も少しずつ変わっていくのだと思う。

 

 

 

 

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「それ、できません」と言われたスマホショップでの攻防

 

            

スマホの容量がパンパンになり
アップデートができなくなった。

私のスマホは
iPhone12 64GBモデル

手にした当初は、64GBで
十分だっと思っていたのにガーン

猫がいなくなってからは、
毎日のように撮っていた写真や動画も
かなり減ったはずなのに、
どうしてもアップデートに必要な
空き容量が確保できない。

 

・写真はクラウドへ移動。

・使用頻度の低いアプリは

「ホーム画面から取り除く」で退避。

 

それでも足りない。

「ええ~まだ足りないの?もう無理~💦」

 

最近、バッテリーの減りも早いし、
これはもう買い替えどきかな。

ただ、今のスマホ利用料金は
わりと安い方だと思っている。

だから料金プランは変えたくないニコニコ

 

そこで今回は、

・スマホはネットで購入
・SIMカードは自分で入れ替える

ということに、
初めて挑戦してみることにした。

ところが、その前に
キャリアショップとの
ちょっとした攻防があった。

 



ショップとの静かな攻防

iPhone12のSIMロック解除を
しなくちゃいけない。


 

キャリアショップで無料で
やってもらえると聞いたので
予約して仕事帰りに立ち寄った。
 

「このスマホをSIMロック解除して
新しいスマホに入れたいんですけど」

 

すると、ショップの人が言った。
 

持ち込みの機種には
SIMロックの入れ替えは原則できないこと。

SIMカードが新しい端末に
対応できるかわからないこと。

今の料金プランはすでに終了しているので
変更が必要になる可能性があること。
 

 

そして、最善の方法と言わんばかりに

「この場で端末の購入と機種変更手続き、
料金プランも見直しも一緒にしていきましょう」

と提案してきた。

 

私は、内心
「おお~きたきた!そうくると思ったよ」
と、ひそかに攻防態勢に入る。ニヤリ

 

もちろんショップの人も
お仕事であり、
まっとうな営業トークだと思う。

ただ、こちらにも
ちょっとした準備があった。

 



私の切り札

おもむろにスマホに表示したのは
事前にやり取りしていた
キャリア会社とのチャット画面。

そこには、

・SIMロック解除方法
・機種変更の注意点
・今の料金プランが一番安い

などが、とても丁寧で
わかりやすく書かれている。

 

私はそれを見せながら

「御社のチャットで、
こう言われたんですけど?」

とお伝えした。

 

ショップに人は
「少々確認してきます」と奥へ。

しばらくして戻ってきて
「すみません。私の認識不足でした」

機種変更もSIMロック解除も
もちろんお客様ご自身でできます。

ただ、データのトラブルなどもあるため
ショップでのお手続きをおすすめしておりました。

 

…と、急に笑顔と言葉づかいが
より一層丁寧になった。

 



営業トークというもの

私もこれまで
いろんな営業の仕事をしてきたので
なんとなくわかる。

嘘ではないけれど、
自分に有利な部分を少し強めに伝える。
そんな営業トークはどこの世界にもある。

 

そして聞いてる側も
「もうよくわからないし、
めんどうだからお店で全部やってもらおう」

となることもある。

 

それはそれで、
自分で調べる時間代と安心料だと思えば
決して悪い選択ではないと思う。

 



今回の私のミッション

ただ今回の私は、事前に決めていた。

・SIMロック解除はお店でやってもらう。
・新しいスマホはお得に購入したい。
・料金プランは変えない。

だからネットで調べ、準備をして
いざショップへ向かったのだ。

 

 

スマホの料金プランって本当に複雑で
何を質問したいのかさえ、わからなくなる。

わからないことを説明されると
「はあ、じゃあそれで…」
と、言われるままに契約してしまうこともよくある。

 

だから、今回の私のミッションは


ショップの営業トークに負けないこと

 

心が揺れそうになっても
即決はしない。

SIMロック解除だけを
無料でやってもらう。

 

結果、
ミッション成功キラキラ

 

 

 

ただ、帰り道にふと思った。

最初からチャットの画面を見せていたら
もっとスムーズだったのでは…?

 

もしかしたらショップの人、

「それ、先に言ってくれないかな」
と思っていたかもしれない。

 

意地悪な客だったかな、と
ちょっとだけ反省している。

 

 

みなさんは、営業トークに

押されてしまう派ですか?
それともきっぱり断れる派ですか?

 

 

 

 

ご訪問いただきありがとうございました

 

 

 

 

 

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「全部まとめて」…夫が買ってきたケーキの意味

 

            

「2,026引く1,999は?」

突然、夫に質問を出す私。

 

「27」

即答。

私と違い、そろばんを習っていた夫は暗算が早い。

ということは、

私たちが夫婦として歩いてきた時間は2

7年ということになる。

 

1999年2月21日。

それが私たちの結婚した日だ。

 

でも、私たちは結婚記念日を

うっかり忘れることが多かった。

 

なぜなら、2月にはもう二つ、

大切な日が控えているからだ。

 

 

 

ひとつは、猫の日。

 

ご存じの通り、2月22日は猫の日。

 

猫の日は、いくつかあるが、日本の「猫の日実行委員会」と一般社団法人ペットフード協会が1987年に制定した記念日は、猫の鳴き声「にゃん・にゃん・にゃん」の語呂合わせで2月22日に定められている。

 

子どものいない私たちは

2003年に最初の猫を迎え、

2005年、2006年と家族を増やし、

3にゃんとにぎやかに暮らしていた。

 

それはそれは、まあ可愛い~💕

 

 

在りし日の3にゃん

 

 

記念日を気にしない我が家でも

猫の日は特別。

 

猫グッズを新調したり、

おやつを買ったり、

SNSに投稿したり。

 

思いっきり便乗して楽しんでいた。

本当に楽しかったな~

 

 

 

次に控えるのは私の誕生日

 

なのに、記念日に関心の薄い夫は

毎年のように忘れる…。

 

 

子どもの頃、家族の誕生日は

母の手作りケーキで祝っていた。

だから

私の中で「誕生日=ケーキ」なのだ。

 

 

夫の誕生日には手作りではないけれど、

必ずケーキを用意する。

なのにだ。

夫はケーキどころか

誕生日そのものを忘れる。

 

昔はそれでよくケンカをした。

それもかなり派手目のケンカ…。

 

 

でも今はケンカしたくない。

だから事前に通知する。

「もうすぐだよ~」と、

軽くプレッシャーをかけている。

 

 

特別なことはいらない。

ただ、

「お誕生日おめでとう!」

その一言がほしいだけなのだ。

 

とはいえ、そんな私も

2月は猫の日と自分の誕生日に

意識が全集中してしまい

結婚記念日を

忘れてしまっていたのだが…(笑)

 

 

 

昨年の4月、

末っ子の猫がお空へ旅立った。

23年ぶりに迎えた猫のいない2月。

 

結婚記念日、猫の日、私の誕生日。

 

記念日がギュッとつまった2月

楽しくにぎやかで、

時には派手にケンカもして

良くも悪くも騒がしい月だった。

 

 

今年はどれひとつ

忘れることはなかったけど、

派手なお祝いもなく、ケンカもなく、

ただ静かに過ぎていった。

 

それでも、

夫婦そろって笑顔で穏やかに

2月を終えることができた。

 

 

実は、夫がふらりと

ケーキの箱を手に帰ってきた。

「今年は全部の記念をまとめて」

少し気恥ずかしそうに、そう言って。

 

 

忘れたり、ぶつかったり、

寂しくなった2月もあったけれど。

豪華でも特別でもない、

ちゃんと覚えていてくれる。

 

それだけで、

こんなにも嬉しくあたたかい。

 

27年目の2月は少しだけやさいい時間になった。

 

 

 

 

ご訪問いただきありがとうございました

 

 

 

 

 

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