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気賀沢昌志のブログ

雑誌や書籍の編集・執筆、たまーにシナリオを担当させて頂いております。
そんな自分が、趣味で短編物語を上げていくブログです。
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 <探偵>に依頼が入ったのは今朝のことだった。

『変幻自在のカメレオンです。奴が昨夜、<孤島>の<施設>から脱獄しました……!』

 <令嬢>つきの執事の依頼でなければ、<探偵>は寝たふりをしてやりすごしていたかもしれない。「ジリリリリリリリ……ン」。黒電話のけたたましいベルで叩き起こされ、まだ2時間しか寝ていない<探偵>は、コードごと引きちぎって通勤時間帯の東京府に投げ捨てそうになる。それでもおとなしく受話器を手にしたのは、きっと「予感」が働いたからだ。

「……変幻自在のカメレオン? <施設>ならまだしも<孤島>からも逃げたのですか? 生憎とこちらは同窓会の気分ではないというのに……」

 <施設>とは異常犯罪者の収容施設だ。一般の刑務所では手に負えない「特技」を持つ犯罪者を、特別な設備や環境を用いて無力化したうえで監視下に置くところである。施設の位置はもちろん極秘。外界からの干渉を完全に断つために、どことも知れない孤島に設置された。だから名称もなく<施設>と呼ばれ、それがある島も<孤島>としか呼ばれない。

 変幻自在のカメレオンは、どんな人物にも化けられる国際スパイとして機密情報を盗んで売り飛ばしたり、時には暗殺を請け負ったりしていた。捕らえたのは、もちろん怪人影男。その後、裁判にかけられて<施設>に送られたわけだが、そこでは誰にも変装できないよう鋼鉄の仮面をつけさせられ、厳重な監視下に置かれたはず。ではどうやって脱獄したのか……。手下が外部から手助けした? ――否。<孤島>がどこに存在するか分からない以上、手の出しようがない。

「今度はどんな悪知恵を働かせたんだ……」

「物資搬入用の軽飛行機に、鈎爪のような傷跡と、わずかな血痕が残されていたそうです」

「……しがみついて脱獄したと? あの華奢な腕で? まさか……5分と持たないでしょう」

「同日、付近の海岸で、囚人服の男が気を失った状態で発見されたとの報告も。しかもその人物は鋼鉄の仮面を被っていたそうです……。発見者が通報した時にはもう姿を消しており、消息は掴めておりません」

「それで、裏社会に<施設>の位置情報は?」

「今のところ確認されておりません。おそらくカメレオンは、しがみつくのに必死で、<孤島>の位置までは把握していなかったのでしょう」

「知っていれば情報を売りに出したはず……いや、売るつもりはないのか?」

「面倒なことになりましたね……」

「なあに、また捕まえてみれば分かることです。そのほかは?」

「昨日の朝刊はお読みになりましたか?」

 <探偵>は毛布をはねのけると、安物のソファから身を起こす。そしてテーブルに放置されたままの新聞をめくった。するとそこには『<フィギュア>を世界遺産に』の見出し。

「……なるほど。リハビリというわけか」

「お車を手配しますので、詳しくは発掘現場で。ああそれと、先方の担当者には失礼がないよう」

 了解し、受話器を置く。それにしても執事から直接、細かい指示が来るのはどういうわけか。いつもなら懐中時計に合図が送られてくるだけだ。ふと疑問がわく。それに『担当者には失礼がないよう』だって?

 しかし考えたところで憶測しか絞り出すことができない。ならば今は集中しよう。<探偵>は大きく伸びをする。ここしばらくは、「迷いロボット探し」や「ロボット素行調査」といった平和的な仕事しかなく気が緩んでいた。変幻自在のカメレオンを相手にするなら引き締めてかからねば……。<探偵>は素早く着替えると、お気に入りの青いネクタイをしっかりと結んだ。

「――お待ちしていました、ロボット探偵さんですね!」

 執事が手配した車で案内されたのは、東京府郊外の遺物発掘現場だった。出迎えてくれたのは若い女性。髪は短く、細めの眼鏡をかけている。そのため、はじめは頑固そうな印象を受けるものの、よく見れば奥にある瞳は優しく、<探偵>の印象もすぐに好意的なものに変わった。他の学芸員と同様、土で汚れた作業衣に身を包んでいるが、薄化粧のおかげで身なりに気を遣おうとしていることは伝わってきた。

「はじめまして、学芸員の赤音(あかね)です!」

 彼女は軍手を取ると、腿のあたりで手を拭いてから握手を求めた。その瞳は眩しいくらいに輝いていて、この仕事を心から楽しんでいる様子だ。

「赤いネクタイをされているのですね、私の名前と一緒だ♪」

 赤音の笑顔に釣られるようにして、<探偵>も思わず笑みを浮かべる。しかしすぐに周囲の異様な様子を気にして表情をこわばらせた。発掘作業に没頭する研究員たちに混じり、憲兵隊が自動小銃を抱えて周囲を警戒していたからである。

「物騒ですね、目障りではありませんか?」

「……ああ、憲兵さんたちですか。邪険にしたらバチが当たりますよ。皆さん、カメレオンから遺物を守ろうと真剣なんです」

「しかし相手は、あの、変化自在のカメレオンです。世界を股にかけ、これまでいくつもの機密情報や遺物を盗み出している。脱獄不可能と言われた<孤島>からだって自力で舞い戻った男ですよ。人相が悪いだけの憲兵隊なんて役に立たないどころか邪魔なだけでしょう? 無論、しがないロボット探偵の僕なんて、その足元にも及びませんけど……」

「でも、一度は捕らえられたのでしょう?」

「それは怪人影男が。あいつは確かに手ごわい。しかも妙な手品を使う……。でも憲兵隊程度ならどうということはありません。奴は変幻自在の変装術で、どんな機密も丸裸にする国際スパイですから」

「まあ……」

「ご存知ありませんか? たびたび世間を騒がせていますよ」

「つい最近まで姉とふたりで田舎暮らしをしていたものですから……」

「な……なるほど……。とにかくご安心を。僕も素人じゃあありません。いざとなったらこの身を投げ出してでも遺物を守ってみせます。ところで、問題のアレはどちらに?」

「そちらです」

 そう言って赤音が案内してくれたのは、おそらく発掘の拠点となっているだろう大型のテントの中だった。ちょっとした研究スペースを兼ねており、ここでも研究員がデータを確認したり、今後の相談と思しき会話を交わしたりしている。

「こんなところに保管を? 防げるのは雨風だけでしょう?」

「ずっとここで研究するわけではありませんよ。作業が終わったのは昨日の夜でしたからね。<財団>の専門輸送チームが到着し次第、<財団>の研究施設に移送する予定です。そろそろ来てもいい頃ですが……それまで金庫の中、確認されますか?」

「ぜひ」

 そうして赤音は、金庫に収められた遺物を<探偵>に披露した。

「ほう……」。覗き込んだ<探偵>が、目を大きく見開きながら思わず喉を鳴らす。「これが世界遺産も夢ではないという……」。

「いままでに出土した<フィギュア>の中でも、これは特に貴重な遺物です。ほら、すごく美しい……。信じられないほど良好な状態でしょう? まさに奇跡です」

「……たしかに」。<探偵>がニヤリと笑みを浮かべた。

 赤音が興奮するのも無理はない。それはしっかりした状態を保っていたからだ。

 桃色の髪をした少女像だろうか。大きな頭に対し、身体は不自然に小さく、どう見ても妖精の類いだ。ただし羽根が生えているわけではなく、白と黒で構成された服を着た、カフェの女給のようにも見える。ややつり目で髪は頭の左右でまとめられており、見るからに華やかなたたずまいをしていた。これは古代用語で何と言ったかな……。そうだ、「ツインテール」だ。<探偵は>頷く。そして特徴的なのは、突き出した黒い猫耳と、「世界がヤバい」と書かれた料理を手にしていること。

「ああ、その古代文字についてはこれから解析するところではありますけど、博士たちの見立てでは、どうやら世界滅亡を暗示する、宗教的な意味があるそうです」

「おもしろいですね……」

「でしょう!! 遺物の分類としては<フィギュア>ですけど、素材に<ねんど>が使用されているみたいなので、土偶として扱っています。本当に素晴らしい土偶ですよ……。これを我々は<黙示録の女神>と呼ぶことにしました」

「<黙示録の女神>……!」

「部品の欠けがない完品で、しかもこれだけの美品です。昨日の朝刊をご覧になりましたか? 論評の通り、世界遺産まちがいなしです!」

「……確かに」

 <探偵>が不意に懐からピストルを抜き、銃口を赤音に突きつける。「案内ご苦労様、お嬢さん」。そして頭上に向けて「パン!」。一発だけ引き金を引いた。するとこれまで自動小銃を抱えて警戒にあたっていた憲兵たちが、狼狽える作業員たちに、一斉に銃口を向けて威嚇する。中には抵抗を試みた学芸員を足蹴にして屈服させる憲兵もいた。

「……どういう、おつもりですか?」

「お察しの通りですよ……。本物の憲兵の諸君には、ここにたどり着く前に眠っていただいた」

 <探偵>は首元に手をやると、一気に「ベリベリベリ!!」。合成樹脂の皮をはぐ。そしてその下にある不気味な『素顔』をあらわにした。目も耳も鼻もなく、ただ真っ白な顔に、真っ赤な口が歪んだ笑みを浮かべている。それは変幻自在のカメレオンにとって不気味な『素顔』だった。

「私こそ変幻自在のカメレオン。以後、お見知りおきを。さあ、<黙示録の女神>をお渡しなさい」

 しかし赤音は手にした土偶を背中に隠す。

「このピストルが見えませんか?」。そして、「パン!」。次の瞬間、弾丸が赤音の頬をすり抜けた。鼻をくすぐる火薬の残り香が生々しい……。しかし彼女は決して動じない。

「肝が据わったお嬢さんだ。この私が怖くないのですか?」

「ええ、まったく」

「ほう……」

「だって貴方は、<孤島>から脱出したものの、途中で力尽きて海に落ちたのでしょう? 国際スパイが聞いて呆れます」

「あれは<施設>で投与された鎮静剤のせいだ、そうでなければ、あんな……」

「それに<孤島>の位置を裏社会で売りさばけば一生遊んで暮らせるのに、それもせずに面倒な遺物強奪をやろうとしている。まさか脱獄するのに夢中で、<孤島>の位置を確認し忘れたのですか? それとも、暗黒社会の大物と取引するほどの度胸もないのですか?」

「…………!」

「その顔は……位置をさぐるほどの余裕さえなかった、という顔ですね。転んでもタダでは起きない国際スパイなのに……。変幻自在のカメレオンとは、そこら辺にいるギャングと変わらないのですね」

「お嬢さんも<施設>を経験すればわかるさ……。鎮静剤であれだけ意識が朦朧としていながらも、恥を忍んで軽飛行機にしがみつき、やっと陸地にたどり着いたんだ。そこら辺のギャングなら溺れてお陀仏さ。いや<施設>から抜け出すことだってできやしない。その私を、偉そうに挑発するなんて……。さあ<黙示録の女神>を渡しなさい!」

「ふふっ……」。不意に赤音が笑みを浮かべた。「……それだけ聞ければ満足です」。

「…………!?」

 刹那、地面に膝をつく姿勢で屈服させられていた作業員や学芸員が、いっせいに憲兵たちに……いや憲兵に変装したカメレオンの手下たちに躍りかかった。その中のひとりがカメレオンの手下を殴り飛ばしてから笑みを浮かべる。

「憲兵隊だ! 全員、逮捕する!!」。研究員になりすましていたのは上等兵だ。「さあ、赤音さんはこちらへ、危険な目に遭わせて申し訳ありません。貴女は本当に勇気ある女性だ……」。

「そうはいくか、逃がさん……!」

 カメレオンが引き金に力を込める。だがリボルバーの撃鉄は動かない。……なぜ!?

「僕のことを忘れてやしないかい?」

 カメレオンの背後から唐突に声。同時に、何もなかったはずの空間に、まるで亡霊のようにボゥッと姿が浮かぶ。これは……怪人影男だ! 本来は可視光線が身体に反射することで「見える」のだが、影男はその可視光線を透過させることで透明化したのである。そうやって姿を消し、リボルバーの撃鉄が動かないよう、カメレオンのピストルをがっしりと掴んでいたのだ。

「貴様……いつからそこに!?」

「驚いたかい? 変幻自在のカメレオンくん。僕の”特技”は本物のカメレオンみたいだろう?」


<つづく>