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気賀沢昌志のブログ

雑誌や書籍の編集・執筆、たまーにシナリオを担当させて頂いております。
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「驚いたかい? 変幻自在のカメレオンくん。僕の”特技”は本物のカメレオンみたいだろう?」

 

そう言って赤いゴーグルをギラリと輝かせる怪人影男を前にして、変幻自在のカメレオンは、体内の血液が一気に沸騰する感覚を味わっていた。カメレオンは思う。オレは覚えているぞ、あのゴーグルと同じ<赤い眼>を……と。ギラギラとこちらを見下ろす邪悪な眼。無慈悲で威圧的でどこまでも冷たい眼。あの眼を思い出させるから、オレは怪人影男が大嫌いなんだ……。変幻自在のカメレオンは奥歯をギリッと噛みしめる。

 

「どけ!」。怪人影男と変幻自在のカメレオンの対決に割り込んだのは、発掘作業員に変装した上等兵だ。彼は<フィギュア>を抱えた赤音を背中に隠しながら、怪人影男と変幻自在のカメレオンのほうへとガラスの球体を投げつける。「……パリン!」。それは気を緩めたカメレオンの額に命中し、ガス状のなにかを放出した。

 

「この匂いは……ゴホッ、ゴホッ。……<施設>の鎮静剤!?

 

顔を覆うように放たれたガスを一息吸い込み、変幻自在のカメレオンは思わず咳込んだ。そうだ、こいつだ。カメレオンは息を整えながら思い出す。こいつは<施設>で嫌というほど嗅がされた特殊な鎮静剤だ。変幻自在のカメレオンは、目もなく鼻もなく、白い顔面に裂け目を作る真っ赤な口を歪めた。

 

……ほうら来た、いつもの幻覚だ。ガスが記憶の奥深くをほじくり回している。そのせいで心の底から、怒り、憎しみ、そして……恐怖が沸き上がってきた。どんどん、どんどん、どんどんどんどんどんどんどんどん……!

 

「ク……、ククク……、ハッ、ハッ、ハーッハッハッ!」

 

病原菌のように骨の髄まで汚染したそれらの感情は、ずっと忘れていたはずの過去を遡り、まるで今、体験させられているような生々しさで変幻自在のカメレオンの精神を蝕む。そして触れるのもおぞましい記憶の断片を突き付けた。

 

「ギイイイイ……」。それは不気味な軋みを伴って押し開かれる、無菌室のブ厚い扉の音。その上では<赤い眼>が邪悪な輝きを灯し、被験者が逃げないよう、自動小銃を構えた監視者たちに警告を発している。

 

あの眼が赤く灯ったら地獄のはじまりだ。外界への、ただひとつの扉が開け放たれて、処刑人たちが「こちらの世界」へと招き入れられる。そして彼らの行為がもたらす苦痛と狂気に咀嚼され、精神を蹂躙されるのだ……。変幻自在のカメレオンにとって、その回転灯は獰猛な怪物の瞬き。だからこそ、怪人影男の赤いゴーグルに嫌悪感を抱く。

 

「……押さえつけろ」

 

扉の向こうから現れた男は、いつもと同じように、自動小銃を構えた仲間にそう命じた。しかし部屋に入って来た5~6人の男たちは、いずれも白い防護服をまとい、呼吸マスクで顔を隠しているため区別がつかない。「シュコー……シュコー……」。発する呼吸音は、さながらラジオドラマに登場する宇宙からの侵略者だ。ひと言も漏らすことなく、常に淡々と作業をこなしていく。<彼ら>は……いや、もしかしたら女性もいたかもしれない。しかしマスクのせいで性別はもちろん、前回と同じ人物だったかさえも曖昧だった。

 

「こんなはずではなかった……」。<彼ら>が手にする、毒々しいほどの緑色をした薬液を目にするたび、カメレオンは我が身を呪った。それにあの日、希望の光に見えたはずの勇ましい決断も……。だがもう後戻りはできない。四肢を固定され、妙な薬液を流し込まれ、おそらく人体に害があるだろう放射線を浴びせられる……。それはカメレオンが、まだ<兵士>だった頃の忌まわしき記憶――。

 

「…………!」

 

襲い来る過去の記憶に飲み込まれていたカメレオンだが、怪人影男が眼前に立ちふさがるのを察知して、野生的な反射速度で飛びのいた。いくら<施設>暮らしで身体が鈍っているとはいえ、染み付いた「訓練」の成果までは抜けきらない。鎮静剤の効力でまだ意識が混濁する中、まるで磁石が反発するように怪人影男との距離を取った。

 

「僕の目は誤魔化せないよ、変幻自在のカメレオンくん」。怪人影男が悠然と歩み寄る。まるで死神が目を赤く光らせながら、地獄へと誘うかのように……。

 

「そうさ、僕はなんでもお見通しさ。袖の下には毒針、腰の裏には投げナイフ、靴先にも仕込みナイフがあるね。さすがは国際スパイだ、抜け目がない」

 

怪人影男は赤いゴーグルを通して赤外線とX線を感知する。どちらの放射線も電磁波だ。この特殊なゴーグルを通せば、宝剣を介することで色々なものを「視る」ことができた。

 

「さあ、<フィギュア>は諦めて、おとなしく<施設>に戻るんだ」

 

そしてまたギラリ。赤いゴーグルに陽光を反射させた。その瞬間、変幻自在のカメレオンの意識は、またもあの<赤い眼>に睨まれる感覚に襲われて、過去へと飲み込まれていった……。

 

まだ兵士だった頃、カメレオンはなんと呼ばれていただろうか……。<13番収容者>? <被験体13号>? 記憶の糸をたぐり寄せるが、思い出せるのは忌々しい番号だけ。トラウマがつかえて自分の名前も、顔さえ思い出せない。まるで最初から存在していなかったかのように……。だが心の奥底でくすぶる想いだけは鮮明だった。それは「大切な人」に対する特別な感情だ――。

 

<被験体13号>になる以前、<兵士>はある人物に惹かれていた。

 

寝ても覚めても頭の中を支配するのはその人物のこと。どうしたら会えるのか、話す口実はないものか……。直通回線でもあれば全てを打ち明けるのに、いまは接点がなく悶々とするばかり。しかも相手は兵器開発部門の主任研究員だ。住んでいる世界が違えば、接点などないに等しい。少し会話を交わしたことはあっても、所詮はその程度。前に進むには思い切った行動が求められた。しかし軽率な行動は反対の結果をもたらしかねない。今後あるかもしれない好機まで失うことになったら本末転倒だ。そう思うと、絶好の機会が訪れるまで辛抱強く待つしかなかった。それが現実であり、そんな現実を突きつけられるたび、<兵士>は自分と主任との間に立ち塞がる、見えない壁を感じて気が滅入るのだった。唯一の支えは、遠くから見守ることしかできない、屈託のない笑顔だけ。

 

だがそんなある日、<兵士>は思いがけない好機を得て舞い上がった。いま振り返ればそれは地獄への片道切符であり、決して開けてはならない扉だった。しかし主任の研究チームに参加できるという知らせは<兵士>から冷静な判断力を奪ったのである。

 

名目上の任務は、新開発の栄養剤の効果を報告すること。しかしその実態は、敵地潜入の特殊能力を有するスパイを、新薬を用いて開発することだった。だから最初の一ヶ月が経過すると、<兵士>は無菌室に閉じ込められ、緑色の奇妙な薬液を投与されたのである。

 

ベッドに縛り付けられ、両手両足に通されたいくつもの管から、緑色の薬液を流し込まれる日々。全身を襲う猛烈な痒みで夜も眠れない。仰々しい装置から発せられる光は薬液に反応して激痛を伴い、全身が焼かれているかのような緩慢な刺激に苛まれた。いつ終わるとも知れない拷問は、ほぼ毎日、休みなく<兵士>を責め続けたのである。

 

精神を削られ、ベッドの上でただ猛獣のように叫ぶしかない<兵士>を支えたのは主任への淡い想い。だがその想いは、主任が一度も姿を現さなかったことで歪んだ。心の奥底で淀んだ想いは、しかし純粋さを保ったまま、愛情と憎悪をドロドロに混ぜ合わせて「狂気」を産み出したのである。

 

眼に映るものはすべてがバケモノ。血塗れで、不気味で、耳障りな鳴き声を発する怪物だ。世界は赤黒く染まり、大地が枯れた地獄と化していた。それが<兵士>の瞳に映る「世界」のすべてだった――。

 

それから何カ月かが経過したある日、突然、研究施設に部隊がなだれ込んできた。違法な研究を中断させ、真実を隠蔽するためである。

 

なんでも主任は、人体の構造を自由に変える……つまり、体型も顔も自在に操れる超人スパイを開発しようとしており、そのため無許可の人体実験を繰り返していたのだ。緑色の薬液とはまさに、人体の構造を変化させるための新薬。長期間の投与で正常な精神を奪う、副産物だらけの欠陥品だった。

 

しかしその時点ではまだ状況を把握していなかった<兵士>は、突入の混乱に乗じて無菌室を脱出。主任を探し求めて施設を徘徊していた。そして知ってしまったのだ。自らに施された残酷な人体実験の「成果」を……。それは最後の理性を奪うには十分な現実だった。

 

鏡に映った<兵士>はもはや自分ではなく、人間ですらなかった。白くスラリとのびた手足は緑色に変色し、しかも時おり長さを変えながら不気味に蠢いている。それなりに整っていた顔は見る影もなく、だらしなく垂れた皮膚で片目を覆うほどだった。これは他人に変身する、カメレオンの能力が誤発動したもの。まともに機能させれば、年齢も身長も性別も異なる他人になりすますことができる特殊な能力だった。しかしこの時のカメレオンは、まだ改造処置に身体が慣れておらず、バケモノのような容姿を晒していたのである。

 

<兵士>は叫んだ。泣いた。そして鏡に何度も拳を叩きつけた。何度も、何度も、何度も……。それから自分が、かつては美しい女性だったことを思い出し、また泣いた――。

 

あの日からだった。主任が開発を進めていたという任務用のマスクで素顔を隠し、白いマスクの上から真っ赤な口紅を引いたのは。それは彼女なりの、ささやかな抵抗。自分が女性であったことを示す、ただひとつの爪痕であった。

 

 

<つづく>