夏というのは、何か不思議な魔力があるのだろうか。
心の奥底にしまいこんだ、思い出が急に蘇って来る事が多い。
特に長年苦しめられた、自分の意見を表現する事を放棄した日を思い出すことが多い。
あれは小学校5,6年の夏休みだった。
中学校受験を控え、塾の夏期講習に通っていた。〔前提として、本人は受験に全く乗り気で無かった事を覚えておいて頂きたい〕
夏といえばプールの授業、当時の小学校は夏休みにプールの授業があった。
参加は強制ではなく自由だったと記憶している。
塾の講習は10時半、学校のプールは10時からだったと記憶している。
勘の良い人は、気付いたかも知れないが、俺は参加出来なかったのだ。
塾の講習に行く前に、少しでも体を動かしたかったので校庭にバスケットボールをしていた。
其処から見えるのは、同級生がプールではしゃぎ楽しそうにしている声や姿。
今でも時々、人が少し羨ましくなる事もあるが、あの時ほど他人を羨ましく思った事はない。
バスケットゴールとプールの距離は数十メートルだが、当時の俺には、決して縮められない距離に見えたんだ、何千何万キロと走っても決して辿り着けない気がしていた。
勿論両親に、塾を辞めたいと何度も訴えた。
しかし帰ってくる台詞はいつも同じで、「アンタは可愛げが無くて生意気で大人受けが悪い。だから内申書が重視される高校受験は絶対に無理だよ」だった。
そして当時小学生だった俺は、自分の意見は言っても無駄だという思い込みに、長年囚われる事になった。
更にその後、弟がすんなり塾を辞められた事が、ねじり鉢巻の様にねじれた性格を、更に捻じ曲げる事となった。
そして、その思い込みはつい数年前まで続いていた。
人との関係は、全て上っ面、言葉も上っ面、あらゆるものと正面からぶつかることなく、斜に構えていた。
そんな事が長年続くと、自分自身の気持ちすらも分らなくなってくるんだ。
ねじれた性格がだいぶ元に戻った今だからこそ言えるが、年齢が何歳であれ、子供であっても、そいつの意見はそいつの物であり、世界でたった一つの物で在るという事だ。
決して軽んじられるような物ではないし、他人が馬鹿にしていい物でもない。
以下のメッセージは、小学生の自分に記す。
この文章を書いているのは、未来の君だ。
もっと自信を持っていい。
君は他の誰にもなれないけれど、他の誰も君にはなれない。
君が自分を価値あるものと信じれたのなら、他の誰かも君を信じれるだろう。
君の意見を伝えるんだ、世界は意外なほど優しくて、何人かは君に力を貸してくれるだろう。
お礼は忘れずにしておけよ。
ジャッキーチェンごっこは止めておけ、背骨を骨折して、数ヶ月は運動禁止になるぞ笑
人生は意外と短い、20歳の成人なんてすぐだ。
きちんと、好きなら好きと言っておけ、お前の大好きな女の子は、遠くに引っ越すぞ。しかも小学校、中学校、二度も引っ越されるぞ笑
そして、君の未来は真っ白だ。君の意志と夢だけが、君の未来を描けるんだ。
どんな場所で、どんな事をして、誰と過ごしていたい?
17歳の夏は二度と来ない。
18歳の夏も二度と来ない。
同じ夏も二度と来ない。
同じ日も二度と来ない。
17歳のあの日、味わった気持ちを味わう事は二度と無い。
初めて告白された日、初恋の女の子が引っ越してしまった日、毎年チョコをくれた子が遠くに引っ越してしまった日。
あの喜びや悲しみ、色々な気持ちは、世界でたった一つだけの、自分だけの物だった。
そして自分の人生は、その世界でたった一つの思い出の集合体だ。
その場所に友人や、家族がいたとしても、自分の目で見て、肌で感じ、耳で聞き、心で味わった思い出は、世界でたった一つの物だ。
そう考えると、人生がとても愛おしくなる。
18歳の夏も二度と来ない。
同じ夏も二度と来ない。
同じ日も二度と来ない。
17歳のあの日、味わった気持ちを味わう事は二度と無い。
初めて告白された日、初恋の女の子が引っ越してしまった日、毎年チョコをくれた子が遠くに引っ越してしまった日。
あの喜びや悲しみ、色々な気持ちは、世界でたった一つだけの、自分だけの物だった。
そして自分の人生は、その世界でたった一つの思い出の集合体だ。
その場所に友人や、家族がいたとしても、自分の目で見て、肌で感じ、耳で聞き、心で味わった思い出は、世界でたった一つの物だ。
そう考えると、人生がとても愛おしくなる。
ある時期から、直感に素直に従えるようになった。
理由は些細な事だけれど、直感に従わないで進むと、例外なく邪魔が入るようになったから。
例えば、過去にある会社の内定を貰った。
労働時間も不満は無かった。
強いて言えば直感が「この会社は止めておけ!」と囁いていたのが気にはなっていた。
そしていざ入社式の日、会社の人間が言った「君、朝は7時15分集合だからね♪」
心の声〔なん、、、だと、馬鹿な!契約書では9時からだったはずだ!だからね♪じゃねーよ!oh shit!〕
とこんな感じの事件が何度も続いた。
その結果、直感に従うようになったわけだが。
正直不愉快な経験でしたが、2度と同じ過ちは、繰り返さないでしょう。
直感に従った結果どうなったかというと、まずストレスが減り、そして行く先々に素敵な女性が!
だが春は未だ来ず。
正直、直感に従うのが良いのか悪いのかどうかは、科学的に証明する術を持ち合わせていないので、何ともいえないが、答えは死ぬときになってみないと分らない。
ですが今まで常識で、がんじがらめになっていた理性を少し開放して、心の声に従ってみると、以 前より幸せになれると確信している。
理由は些細な事だけれど、直感に従わないで進むと、例外なく邪魔が入るようになったから。
例えば、過去にある会社の内定を貰った。
労働時間も不満は無かった。
強いて言えば直感が「この会社は止めておけ!」と囁いていたのが気にはなっていた。
そしていざ入社式の日、会社の人間が言った「君、朝は7時15分集合だからね♪」
心の声〔なん、、、だと、馬鹿な!契約書では9時からだったはずだ!だからね♪じゃねーよ!oh shit!〕
とこんな感じの事件が何度も続いた。
その結果、直感に従うようになったわけだが。
正直不愉快な経験でしたが、2度と同じ過ちは、繰り返さないでしょう。
直感に従った結果どうなったかというと、まずストレスが減り、そして行く先々に素敵な女性が!
だが春は未だ来ず。
正直、直感に従うのが良いのか悪いのかどうかは、科学的に証明する術を持ち合わせていないので、何ともいえないが、答えは死ぬときになってみないと分らない。
ですが今まで常識で、がんじがらめになっていた理性を少し開放して、心の声に従ってみると、以 前より幸せになれると確信している。