ご機嫌研究堂 -18ページ目

ご機嫌研究堂

幸せを求めて

「もしあの時に、、、勇気があれば、ほんの少しだけ勇気があれば、たった一歩を踏み出す勇気さえあれば、今、自分の立っている場所は違ったのかもしれない。」

これは、半年くらい前に思っていた事です。

そして、今回の活動は、そんな思いをする人を、少しでも減らそうと始めた。

貴方は、「あの時一歩を踏み出していれば」とか「あの時声をかけていれば」とか「あの時ああしていれば」とか後悔にさいなまれた事は無いだろうか?

俺はある!

理由は単純で行動しなかったし、勇気が無くて一歩踏み出せなかったからだ。

中学三年のとき留学のチャンスがあったけれどしなかった。勇気が無かったから。

女性にアプローチされても、言葉を濁した。自分に自信が無かったから。

安い値段で海外に行くチャンスがあったけれど行かなかった。度胸が無かったから。

幾多のチャンスを逃してきた。一歩踏み出す勇気が無かったから。

自分なんかに出来るはずが無いと、ずっと思っていた。

華やかな場所で活躍する人間を見て、「何故あの場所にいるのが、俺じゃないんだ?」と行動しない自分を棚に上げていた。

ここ数年で、かなりのお金を使って、色々な人や知識に会ってきた。

そして例外なく言えるのは、憧れの人たちは、必ず何らかの行動をしている。

「家で寝ていたら、今の場所に居た」こんな事を言う人は居なかった。

出した結果は大きい。途轍もなくでかい。

だが、その初めの一歩は、誰にでも出来る一歩だった。

そして、一歩さえ踏み出せれば、二歩目はもっと楽に、三歩目は更に楽になる。

もし、より多くの人々が初めの一歩を、踏み出せるようになったら、世界はどうなるのだろうか?

世間体とか気にしないで、ガンガンいけるようになったら、どうなるのだろうか?

どうでもいいアイドルのゴシップなんか気にしないくらい、自分の人生に夢中になれて、

世界はもっと面白く素敵な世界になるはずだ。

何故分かるかって?

俺の今がそうだから。

最近は、軽やかにどんどん一歩が踏み出せるようになった。

人生がどんどん、想像も付かなかった面白いほうに展開していく。

そんな人を増やす活動をして行こう。

と言う事で、いきなり話は変わりますが、個人セッション募集します。

対象者は、

夢はあるけど、怖くて初めの一歩を踏み出せない方

行動しなくて後悔した事がある方



料金は1時間2500円 場所がカフェのため別途お茶代金1000円程度

場所は都内ホテルのカフェ〔静かなところ〕

主な曜日は、土日のいずれか

アクションメーカー 村主 光治

考えてみると、急激に生きるのが楽になったのは、他人が自分に対して言ったことを、自分の価値と結びつけなくなった時からだ。

昔好きだった女の子と、その取り巻きに言われた「気持ち悪い!」の一言が、心にずっと刺さっていた。

それは、十年以上にわたり、俺の行動を縛る事になった。

例えば、女の子に声をかけようとした時に、「気持ち悪い」の一言が頭の中に響き渡る。
結局、声をかけられずの人生だった。

色々な事を学び、自分を癒していくにつれて、他人や世間の評価は、必ずしも自分の価値とは一致しない事が、理解できた。

他人に、あんたバカ?と言われても、必ずしも、貴方は馬鹿ではない。人の数だけ見方はある。

勿論、「凄い」等の賞賛は、言葉のまま受け取る。ありがとうございます笑

他人からの罵倒は、その人が貴方をどう見ているかを表現しているだけだ。

自分が自分をどう見るか?

それが一番大切だ。
前まで、やたらと思い出す嫌な事があった。

それは、事あるごとに、何度も頭の中で再生された。

嫌な事があるたび、嬉しい出来事の中でも思い出され、楽しい気分が台無しになった。

皆にもあるだろうか?

楽しい気分の最中、何気ない一言がきっかけで、行動がきっかけで

嫌な気分に戻ってしまう。

今までは、目を逸らしてきた

嫌な気分になっても、ポジティブに考えようとし、無理やり楽しい気分に持っていった、でも駄目だった。

本当に些細なきっかけで、何度でも思い出してしまう。

一生この思い出に、支配されるのだろうか?

そんなの嫌だな~、なんかダサいし。

そう思って覚悟を決めた。

朝の瞑想の時間に、腰をすえて、その嫌だったことについて考えてみた。

心拍数が上がり、胸が締め付けられた。

それでも、その時に自分が何を感じていたか、思っていたのかを観察していった。

そうすると、相手に対する怒りではなく、自分に対する怒りが根底に存在した。

嫌な気分になり、本当は怒っていたのに、愛想笑いで誤魔化して、本音に蓋をしてしまった自分への、嵐の様な怒りがあった。

当時においてきた怒りを、感じる事を許可してみると、不思議なことに怒りが沈静化していった。

色々な本に、何度も似たような嫌な事が起こるのは、自分が原因だと書いてあった。

読んだ当時は「嘘ばっか書きやがって!」と思ったものだけれども。

確かに、自分の中の癒されていない何かが、似たようなことを引き起こしていたと、実感できた。

有意義な出来事だった。