昔は、嫌な事がゼロになって、常にご機嫌でいられる方法を探していた。
何百万使ったのだろう、今はもう覚えてないくらいだ。
探している旅の途中で、あることに気付いた。
ご機嫌でいられる時間が、倍以上に増えている。
何故だろうか、起きる出来事が変わったのか?
確かにそれもある、だがそんなに良い事が増えたわけではない。
理由は、立ち直りが圧倒的に早くなった。
起きる出来事だけを見ると、行動が増えたので、良いことも増えたし、落ち込むことも増えた。
以前は一度落ち込むと、長い間落ち込んでいた。時には数年単位で。
だがそれが、長くとも数週間、短いときは数十秒になった。
こんな事は無いだろうか?
以前は怖くてたまらなかった失敗が、一度経験してしまうと、スライムを倒すより、簡単にリカバリー出来る様になってしまった事が!
人生と言うゲームを楽しむために、エンディング(死ぬ)まで、落ち込む事やいらいらする事(RPGでいうところの敵)は、無くなる事は無いのかもしれない。
どうせ敵の数が同じなら、短時間で倒せる魔法や、ダメージを直せる回復を覚えてしまったほうが、後々楽だ。
嫌な出来事の数を減らすというよりも、嫌な気分でいる時間を減らすと考えてみるのは良いのではないだろうか?
勿論、理想的にはあらゆる嫌な出来事を、ゴミ虫のように受け流せる、圧倒的なセルフイメージがあるのが、一番良いのだろう。
まだ修行は続く。
最近、巷を賑わせている、某都知事のニュース。
面白い事に、人によって腹の立つポイントが違う。
例えば、俺の場合は、楽をして金を貰っているのがイラつくポイントだ。
そして、この怒りの裏には、楽に楽しくお金を稼ぎたいのに、自分は出来ていないという自分への怒りが隠れている。
好き勝手に振舞う人間に腹が立つということは、未だに自分の好きなように振舞えていない自分に対する怒りが隠れている。
他人に対する怒りは、落ち着いてみると、自分の心の奥底に隠れている自分に対する怒りを、表面に浮かび上がらせてくれる。
だから、感謝しようなんて綺麗事は言わない。
だけども、自分の中の怒りや憎しみに向き合わないと、俺の欲しいものは手に入らないだろう。
この先に何があるのかは分らない。
だがきっと、、、何か面白いものがあるはずだ。
面白い事に、人によって腹の立つポイントが違う。
例えば、俺の場合は、楽をして金を貰っているのがイラつくポイントだ。
そして、この怒りの裏には、楽に楽しくお金を稼ぎたいのに、自分は出来ていないという自分への怒りが隠れている。
好き勝手に振舞う人間に腹が立つということは、未だに自分の好きなように振舞えていない自分に対する怒りが隠れている。
他人に対する怒りは、落ち着いてみると、自分の心の奥底に隠れている自分に対する怒りを、表面に浮かび上がらせてくれる。
だから、感謝しようなんて綺麗事は言わない。
だけども、自分の中の怒りや憎しみに向き合わないと、俺の欲しいものは手に入らないだろう。
この先に何があるのかは分らない。
だがきっと、、、何か面白いものがあるはずだ。
公園を歩きながら、自分が何を感じているか、何を感じてきたか、過去や今の出来事を観察していた。
そうしたら面白い事が起きた。
何が起きたかというと、真っ暗な広い映画館の中に、自分がど真ん中に足を組んで座っていて、目の前にスクリーンがある。
そのスクリーンに映っているのは、今までの自分の人生だった。
自分が主人公の映画、視点は自分の背後から見たような視点だった。
不思議な事に、自分が主人公で感情移入をしてるのに、外から眺めてるような感覚だった。
主人公が殴られれば痛い、失恋すれば悲しい、罵倒されればいらつく。
痛ければ「あ~痛がってるんだなぁ」。
悲しければ「あ~悲しいんだなあ」。
といった具合に、本当にしっかり感じているのに、第三者の視点だった。
「人生は映画だ」という言葉があったけど今日実感した。
こうしてみると、まだ30年だけれど、結構面白い映画だ。
もし嫌な事も悲しい事も無ければ、この人生という映画は、稀に見るウ○コ映画だったろう。
ゲームに例えれば、助けるべき姫もいない、雑魚敵も出ない、中ボスも出ない、ラスボスもいない、当然レベルが上がらないから強くもなれない、なんというクソゲーなのか笑
あ~そうか、日々の些細な嫌な事が雑魚敵、ちょっと大きな問題が中ボス、大きな問題がボスで、それらを攻略する事でレベルが上がり、道中に転がっている宝箱から良い装備を手に入れて、姫という最終目標を手に入れるのか!
ボスが倒せないなら、装備を変えて、作戦を変えて、レベルを上げて再挑戦すればいいのか~。
何故今まで、気付かなかったんだろう?言葉では聞いた事あったんだけど、腑に落ちたのは初めてだ。
当然結末はハッピーエンド!
せいぜい楽しむとしよう。
そうしたら面白い事が起きた。
何が起きたかというと、真っ暗な広い映画館の中に、自分がど真ん中に足を組んで座っていて、目の前にスクリーンがある。
そのスクリーンに映っているのは、今までの自分の人生だった。
自分が主人公の映画、視点は自分の背後から見たような視点だった。
不思議な事に、自分が主人公で感情移入をしてるのに、外から眺めてるような感覚だった。
主人公が殴られれば痛い、失恋すれば悲しい、罵倒されればいらつく。
痛ければ「あ~痛がってるんだなぁ」。
悲しければ「あ~悲しいんだなあ」。
といった具合に、本当にしっかり感じているのに、第三者の視点だった。
「人生は映画だ」という言葉があったけど今日実感した。
こうしてみると、まだ30年だけれど、結構面白い映画だ。
もし嫌な事も悲しい事も無ければ、この人生という映画は、稀に見るウ○コ映画だったろう。
ゲームに例えれば、助けるべき姫もいない、雑魚敵も出ない、中ボスも出ない、ラスボスもいない、当然レベルが上がらないから強くもなれない、なんというクソゲーなのか笑
あ~そうか、日々の些細な嫌な事が雑魚敵、ちょっと大きな問題が中ボス、大きな問題がボスで、それらを攻略する事でレベルが上がり、道中に転がっている宝箱から良い装備を手に入れて、姫という最終目標を手に入れるのか!
ボスが倒せないなら、装備を変えて、作戦を変えて、レベルを上げて再挑戦すればいいのか~。
何故今まで、気付かなかったんだろう?言葉では聞いた事あったんだけど、腑に落ちたのは初めてだ。
当然結末はハッピーエンド!
せいぜい楽しむとしよう。