爆弾発言をします。
僕にとっては、という意味で爆弾のような・・・
マグマのような想いを書きます。
でもこれは僕の勝手な意見ですから、スルーして頂いても構いません。
もちろんディスカッションはしたいのですが・・・
舞台に立つ人は、勇気がある方だ。
それは心の底から思っているし、その方をリズペクトする気持ちも嘘偽りはない。
ただ、その多くの方の引き出しが少ないのに、勿体無いと強く感じることが多々あってしまう。
個人の力量は千差万別だ。
そして演技法も同じく千差万別だ。
それでも大きく分けて2つに分類されると僕は考える。
天才型
努力型
そして惜しむらくは大多数の方が努力型であるのに、その努力を怠っている方が多い。
天才型は閃き型で、それは生まれ持ってカタルシスの法則を手にした化け物である。
ほんの一握り。
それも要所要所でしか発揮し得ない特異なる才能だと僕は思っている。
努力型は、自分に足りないその閃きを努力と時間で勝ち取ってゆく、いわばカタツムリのような人を指す。
そう努力型とは、 天才にはないものを、日々の鍛錬と、柔軟性を強くさせ、対応させて行く事である。
その努力を怠って、舞台に立つのは愚だ。
自分だけは特別と思っているのか?
自分は忙しいから
自分には時間がないから
自分にはお金がないから
自分には仕事があるから
自分には距離があるから
環境がそうさせるのか
恋人が頼むから
先輩が居るから
家族が悲しむから
色んな理由があるのだろう
しかし僕は言いたい
言い訳だ。
舞台に立つのであれば
踊りの練習、声のトレーニング、肉体を鍛えること等などもだが、
芝居を観ることのような、
吸収する鍛錬の時間が必要だと思う。
それをせずして役者の幅は広がらない。
一人の役者がどの役を演じても、同じ役柄に観えるのは虚しい。
いや、
役柄ではなく、
その役者本人・・・かの錯覚を感じる時など。
いや、勿論それは必要なスキル 人間力であることはわかる。
またそれを特化させて、とんでもない輝きを発揮される方も稀に居る。
それを分かった上で、このような愚かな思いを吐いているのだ。
余計なお世話かもしれないが、成長が観たいのだ!
成長を感じたい!
いま輝こうとひたむきに努力する本物が観たいのだ。
小劇場という世界で生き抜く為に、お客様ありきの姿勢で臨むには役者自身の考え方、身の置き方を考えねばならないのだと思う。
そのセンターで輝く仕事をするのは役者だ。
もっと溢れんばかりの熱を舞台から見せてくれ。
僕は観客であっても情熱を忘れない
ディスカッションはしたい。
ただ僕の思いはひとつ。
本物が観たい!!
僕はいま退路をまたひとつ立った思いだ。































