バンタムクラスステージ東京公演 劇評。齋藤拝 | 日々幸進(ひびこうしん)

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以前、
ロクソフェスの同じ審査員として知り合った齋藤拝さん。
それから何度かお芝居を誘う観劇仲間となりました。

で、
齋藤さんは某企業のコピーライターとして就職されたらしく、一線でそうした文章で戦われたという経歴を持たれています。

なので、
観て頂いた作品については、出来るだけ劇評を書いて頂こうと思っております!
第一弾は、テノヒラサイス さんでありました。
今回は、その2つ目て何と東京公演のバンタムクラスステージさんであります。
一体、どのような劇評になるのか?
ではでは、
どうぞ( ´ ▽ ` )ノ








『きっと、映画が嫉妬する。』

~『三つの物語による短編集』 BANTAMCLASSSTAGEを観て~





映画と 演劇の表現手段は何が違うのか。

それは『カット割り』。
そして 『寄り、引き』といった
対象に対するアプローチだと 僕は思う。

映画の観客は シアターの暗闇の中で
監督の意図する 『視点』・『視界』を 
なかば 強制的に追体験させられる。


映画が
『カット割り』で 場面 場面をつなぎ
『寄り、引き』を駆使するのに対して

演劇は、言ってみれば 
ステージが始まってから 終わるまでの 究極の「長回し」だ。
カット割りは、ない。

いざ 芝居が始まってしまったら、
たとえ何があっても 終幕に向かって
止まることなく 進んでいかなければならない。

『ショウ マスト ゴー オン!』

そして舞台を観る 視点、視界は
観客 一人ひとりに ゆだねられている。

『寄り』もなければ 『引き』もない。

演劇の醍醐味は 
役者と観客が 同じ空間・時間を共有する
LIVEならではの ダイナミズムにある。

その臨場感は、たとえ どんなにテクノロジーが進化しても
映画には 決して 真似することが出来ない。

演じる者と 観る者が創り上げていく たった一回きりのドラマ。
それを 体感したくて 僕は 劇場にかよう。

『映画っぽい演劇です。』
BANTAMCLASSSTAGEについて
そう 紹介を受けた。

僕は その言葉に かなり違和感を覚えた。
映画と演劇は まるで違う表現手段だからだ。

しかし BANTAMCLASSSTAGEについて
語る時 人はその言葉を
ほめ言葉として 口にする。

なぜだろう。 

それが、BANTAMCLASSSTAGEを観る前の
僕の最大の疑問だった。

その謎は、
池袋のシアターKASSAIでの
彼らの、初の東京公演を観ることで
解けた。

『短篇集』と題された今回の公演。

必要最低限のシンプルな舞台装置で
10人の役者が 演じる 3つのお話。

一つひとつのお話は とても 短い。
そして それぞれの お話には 一見なんの関連性もない。

3つのお話に共通していること。

それは
どのお話も
ストーリーがピンと張りつめていて、油断ならず
得体のしれない 思いがけなさがあるということだ。

『ストーリーの本質は、理論や長さにあるのではない。
 たった一つの文章だけでもストーリーになる。』

アメリカの詩人 ランダム・ジャレルの言葉だ。

長編小説が、200ページかかってやることを
ほんの 数ページでやってのける。
それが優れた 短編小説の定義だとすると
 今回の 3つのお話は
どれも 読みごたえのある 優れた短篇小説のようだ。

ピンと張りつめた 短いストーリーを演じるために
役者には
ストーリーの スピード感を 正確につかみ 
駆け抜けていく
疾走力・瞬発力・順応力が求められる。

短篇の場合 
演じるリズムやスピードが微妙にずれはじめると
その 修復は 困難だ。

短篇を演じる難しさはそこにある。

今公演は その難しい短篇を
なんと 3作品 連続で
10人の役者が演じ分ける
という スタイルに BANTAMCLASSSTAGEは挑戦した。

役者達は それを 見事に演じきった。

それぞれのお話ごとに
まったく違った表情を見せる
役者 一人ひとりの の表現力の幅の広さ。
そして アンサンブルの完成度の高さには 驚きを覚えた。

客演の 稲野杏那さん。
前の週のテノヒラサイズの公演で 初めて彼女を観た。

テノヒラサイズでの演技とは まるで違った
彼女の新たな一面を観ることが出来たのも
僕にとって、今公演の 大きな収穫だった。 

疾走する 3つのお話は まさに あっという間。 

素晴らしい『短篇集』を読み終わった時の

『ああ、おもしろかった』という 充実感。

『出来ることなら もっと もっと読み続けていたい』という渇望感。

そんな 心地よい 『読終感』の残る 芝居だった。

帰り道。

池袋の街を歩きながら
今 観た公演を振り返った。

まるで 映画を観たあとのような感覚が残る。

なぜだろう。

それは
BANTAMCLASSSTAGEの
会話のテンポの素晴らしさ、
ディティールの確かさ、
場面展開の鮮やかさで
いつのまにか 僕自身が 演出家の意図する通りに 

舞台で展開される芝居を 
『カット割り』し、 『寄り 引き』をくりかえしながら
とても 自然に 観ていたからだと 気がついた。

恐るべし!
BANTAMCLASSSTAGE!

そして 
一見なんの関連性もないと 感じられた3つのお話・・・。

その共通点は、もしかしたら 「死」なのでは ないかと 気がついた。

池袋の街を歩きながら
もとコピーライターの 僕は 
ちょうど 池袋PARCOを通りすぎたあたりで
BANTAMCLASSSTAGEの
「キャッチフレーズ」を ふっと 思いついた。

『きっと、映画が嫉妬する。~BANDAMCLASSSTAGE』


それは、映画でもない。演劇でもない。
BANDAMCLASSSTAGE という
素晴らしい 体験だった。

齋藤 拝