「ふふ…」
小鳩は意味ありげに笑う。
一方、朋和は困惑気味だ。
「俺の名前…何で知ってるの?」
「ルチャで聞いたの」
ルチャとは朋和が練習でよく使うスタジオだ。安いが機材が揃っている。貧乏バンドにはありがたいスタジオでいつも予約で埋まっている。
「ああ、そうなんだ…」
ヤバイ。
こんな女の子と話すのは苦手だ…と、痛烈に感じる朋和。会話が続かない。
「実は…運命感じちゃってるンだな私」
クリクリした瞳で朋和に言う。
朋和は、ハッとした。
「うん。俺もあのバンドじゃ駄目だと思う」
「は?」
「よければバンド集めて作りたいと思ってるんだ」
そう、
南ホイールで見たあのバンドじゃ小鳩のボーカルは全く生きない。死んでいるとさえ言っていい。ならばどうするか?知れた事。新しい小鳩に合うバンドを作ればいいのだ。朋和はどうすれば小鳩が生きるのかあの後、何度か頭の中でシュミレーションしていたのである。
「え?」
小鳩は朋和の言葉の意味がスグには理解できなかったが……やがて理解できた。
そして笑う。
朋和は笑われる意味が分からない。
「な…何で笑うの?」
「あー、可笑しい。朋和くんって天然?」
「何が天然なんだよ!」
少しムッとして問い返す。
「逆ナンだったんだよ、今の」
え…?
途端に朋和の顔が真っ赤に染まった。
それを見て更に小鳩が笑った。
それから後、朋和は知り合いの中で小鳩に合う音色を出せるメンバーを集めて『ORANGE』を作った。
ボーカル 小鳩
ベース 朋和
ギター 桶川
ドラム 澤口
キーボード笹溝
この5人で出す音は、ほぼ朋和の思い描いていた色に近い音色が出ていた。
これなら小鳩の声のいい部分を抽出できるだろうと思えた。小鳩の声は日本人にしては、繊細すぎた。しかも音程を美しくなぞりながら時折、上のパートに触れるような歌い方を得意としていた。だからこそ、バンド自体の音がシッカリしていなければ空中分解をしてしまうのだ。
「私、今までで一番歌いやすいよ。ありがとう朋和くん!!」
嬉しそうに小鳩が朋和に言ったのが印象的だった。
結局、照れてハッキリしない朋和は小鳩とは付き合わなかった。
が、
朋和の中では常に小鳩が一番だった。
優先順位で一番だ。
しかし、それが【愛】に変貌する事はなかった。
いや、
一度だけあった。
小鳩は滅多に自分の家族のことを語ったりはしなかった。
しなかったが一度だけ自分に兄が居る事を話したことがあった。
兄の名前は【八重大空】。
小鳩は兄が好きだったと、へべれけで語った。足元も覚束ない帰り道。夜の線路沿いの道であった。
時折、電車がけたたましく吼えながら横を通り過ぎる。