ここに 『絶望に効く薬』 という漫画がある。週刊ヤングサンデーで山田玲司が連載している現在連載している漫画の中で唯一、子供に薦められるトークセッション漫画である。
まず、この 【山田玲司】 という漫画家について書いておかねばならない。
1986年デビュー 代表作に 『Bバージン』 『ストリッパー』 と、なるが・・・・・この本にも収められているが山田はデビューしてから順風満帆とはいかず、連載を打ち切られたり、流れてゆく先々の雑誌でもアンケートは低空飛行。やがて漫画界から弾かれた山田は絵画作品の個展をやったり自分の中を模索しまくる。
その時の個展タイトルは 『産業アートにツバを吐け』。そして作品集タイトルが 『理想主義者の屍に乾杯』。その序文が 『俺は今、出版されている、すべてのマンがをクソだと思っている』 だった。
バリケードを築いた学生闘争盛んな時代を思い出させるアジテートな言葉であった。
勿論、僕はこの頃の山田を一切知らない。
そして山田はもがき苦しみながらも、前へ前へと進む。
そこで知りえた編集者さんをツテに自分をさらけ出す自爆漫画 『Bバージン』 を連載し成功を収めた。この漫画は本当はオタクなのに、顔がいい事を武器に好きな女をオトス為にホストのような軟派野郎になるのだが、自爆に次ぐ自爆の嵐を繰り返す僕の大好きな作品になった。
その後、山田最高傑作と謳われる完全書き下ろし180ページ漫画 『ストリッパー』 を世に送り出すことになる。僕は偶然にもこの作品をコミックではなく、一挙書き下ろし!というふれ込みで掲載された別冊雑誌を買っていた。1993年当時、僕は今の嫁と同棲を始めたばかりだったが、二人して『すげぇ』と言った事があったのが懐かしい。
さて、そんな作品を発表するも、牙がなくなってしまうのは何故か?それからの連載は正直、ブレがあって読み飛ばしてしまっていた。(一応、読んではいるんですけどね)
そこでこの作品の登場だ。
この作品の序盤で夢の中で手塚治虫先生に出会う。
『君、「世の中は」まんざらでもないと思っているよね。だけど今日本では1日平均86人もの人が自殺をしているらしいね。僕らの頃はがむしゃらに夢を追えば良かったし・・・学歴も資格もそれなりに役にはたったけど・・・・・今はかつてのやり方fでは「幸せ」は掴めないかもしれない』
手塚は続けて言う。
『君は今度の連載で、人と・・・・・「1対1(ワン・オン・ワン)」の勝負をするんだ。人とびとに直接会って探すんだ。『絶望に効く薬』をね・・・・』
そこで始まったのがこの作品だ。未だにこの連載が続いているのは本当に、嬉しい。
山田のフィルターは僕に心地よい刺激を与えてくれる。
僕が知らないカテゴリーを、今までの人生で恐ろしい量、蓄積させてきたのだ。だからこそこの連載が万人に受け入れられているのだ。
この作品は山田が様々な人と出会い、それを山田自身の目線で、かつ僕達の目線で判り易く噛み砕いて僕らの脳に浸透させてくれているのだ。いわば濾過してくれていると云っていい。
では第1巻に対談した人を記しておこう。
みうらじゅん・栗原すみ子(占い師)・井上雄彦(スラムダンク)・白石康次郎(海洋冒険家)・長島一由(逗子市長)・木下デヴィッド(プロサーファー)・関野吉晴(文化人類学者) などなど、恐ろしく幅が広い。
第2巻に関しては
忌野清志郎・坂本洋子(10人の子供を育てる母親)・田邉亜紀子(シルバージュエリーデザイナー)・荒俣宏・木村雅史(グリーンピースジャパン事務局長)・クドカン(脚本家)・町田康(ミュージシャン・作家)・佐藤未光(HIVE 啓発センターakata代表)
こうやって人間を並べるだけでも、どれだけ山田の感受性が優れているかが分かる。
そう、これは子供に読ませたい漫画なのだ。いや、むしろ人間が読まなくてはならない漫画だ。
絶望に打ちひしがれた時に、この漫画の言葉(ライム)は僕らの胸に熱く熱く 『生きる意味』 と 『生きる知恵』 を教えてくれる。間違いない。
皆様、是非、機会があれば目を通してもらいたい。
僕の言葉を 『成る程!』 と思う自分が発見できること請け合い。
さて☆