■長唄とは
長唄(ながうた)とは、江戸時代に歌舞伎の伴奏音楽として発展した、三味線を主楽器とする日本の伝統的な歌曲(歌物)のジャンルです。物語を語る「語り物」とは異なり、メロディの美しさや華やかさを重視した「歌物(うたもの)」の代表格として、現在も歌舞伎、日本舞踊、単独の演奏会などで広く親しまれています。

長唄の特徴
演奏時間:1曲の平均演奏時間は15分〜20分程度と、他の短い三味線歌曲(端唄など)に比べて長いのが特徴です。

多彩な音楽性:能の謡曲や他の浄瑠璃(語り物音楽)の要素を柔軟に取り入れており、バラードのようにゆったりした曲から、ロックのように激しい曲まで幅広い表現力を持っています。

分業制の演奏:舞台では、歌を歌う「唄方(うたかた)」と、三味線を弾く「三味線方」に分かれて息を合わせて演奏します。使用される楽器基本的には「唄」と「三味線」の音楽ですが、曲や舞台に応じて「囃子(はやし)」が加わり、非常に華やかなオーケストラのような編成になります。

細棹三味線:長唄では、数ある三味線の種類の中で最も竿が細い「細棹(ほそざお)」を使用します。歯切れがよく、高音で軽やか、かつ華麗な音色が特徴です。囃子(鳴物):篠笛、小鼓(こつづみ)、大鼓(おおつづみ)、太鼓などが加わります。これらが加わることで、お芝居の情景や雪・風などの効果音を表現します。

歴史の変遷誕生(18世紀初め):歌舞伎の踊り(舞踊)を盛り上げるための専用BGMとして誕生しました。
発展(江戸時代後期):劇場を飛び出し、一般の座敷や稽古事で楽しむための「お座敷長唄」が生まれ、町人から武士まで広く愛される人気の音楽となりました。

近代〜現代:明治時代以降は、歌舞伎や踊りの伴奏にとどまらず、純粋に音楽として鑑賞・演奏するための「演奏会用長唄」としても自立し、独自の地位を確立しています。


■長唄協会について
一般社団法人 長唄協会の会員数は約1,850名、構成されている流派(流会派)は36流会派です。

長唄協会は、唄方(うたかた)・三味線方(しゃみせんかた)・囃子方(はやしかた)の各流派が集まる横断的な組織です。主な構成流派の概要は以下の通りです。

構成されている主な流派
長唄協会に所属する主な流派や会派には、以下のようなものがあります。

唄方・三味線方の主要流派
杵屋流(きねやりゅう):長唄の最大流派(杵勝会、杵家会など多数の会派に分かれています)。
今藤流(いまふじりゅう):独自の洗練された芸風を持つ有力な流派。
吉住流(よしずみりゅう):江戸長唄の伝統を色濃く残す流派。
松永流(まつながりゅう):歌舞伎や演奏会で幅広く活躍する流派。
芳村流(よしむらりゅう):長い歴史を持つ伝統的な流派。
稀音家流(きねやりゅう)
富士田流(ふじたりゅう)
鳥羽屋流(とばやりゅう)
東音会(とうおんかい):東京藝術大学の卒業生を中心に結成された会派。

囃子方(鳴物)の流派
長唄の演奏に欠かせない打楽器や笛を担当する流派(田中流、望月流、藤舎流、福原流など)も協会に所属しています。

協会の特徴
会員になるには「各流派の芸名(名取)を持っていること」が原則であり、各流会派の推薦を受けて入会します。流派ごとの活動とは別に、協会全体として流派の垣根を越えた合同演奏会や、子ども向けの普及活動を行っています。

■長唄の流派・会派
長唄には、江戸時代から続く伝統的な家元・流派と、明治以降に組織された会派が存在します。現在、日本の主要な長唄演奏家は一般社団法人 長唄協会に結集しており、その代表的な流派・会派の一覧は以下の通りです。主要な伝統流派江戸長唄の黎明期から続く歴史的な家元制度を持つ流派です。

杵屋(きねや)流:長唄の最大派閥。ここから「杵勝会」「杵家会」など多くの会派が派生しています。

今藤(いまふじ)流:高い音楽性と洗練された芸風で知られる有力な流派です。

吉住(よしずみ)流:近代長唄の発展に大きく貢献した名門流派です。

芳村(よしむら)流:享保年間から続く伝統を持ち、独自の唄と三味線の芸を継承しています。

稀音家(きねや)流:三味線の技術において特に高い評価を受ける流派です。

柏(かしわ)流:江戸時代からの系譜を引く伝統流派の一つです。鳥羽屋(とばや)流:歌舞伎の伴奏(芝居長唄)に深く関わってきた名門です。

鳥羽屋(とばや)流:江戸時代中期に初代鳥羽屋三右衛門によって創始された三味線方、唄方の一派です。
三味線の名手としてだけでなく、数々の優れた作曲でも知られ、歌舞伎の発展に大きく貢献してきました。 

岡安(おかやす)流:鳥羽屋流などと並び、芝居長唄の歴史を支えてきた流派です。明治以降の主要会派・演奏団体伝統的な家元制度にとらわれず、長唄の普及や演奏技術の研鑽、新曲の創造などを目的に組織された会派です。

東音会(とうおんかい):東京藝術大学の卒業生を中心に結成された、現代長唄界をリードする最高峰の演奏団体です。

研精会(けんせいかい):明治時代に四世吉住小三郎と三世稀音家浄観によって創設された、近代長唄の先駆的会派です。

杵勝会(きねかつせい):杵屋勝三郎の系統を引く、一般財団法人 杵勝会として活動する最大規模の職分会派です。

杵家会(きねいえかい):杵屋流の伝統を受け継ぎつつ、現代的な活動を幅広く展開する会派です。

杵徳会(きとくかい):杵屋徳二郎の系統に属する、確固たる基盤を持つ伝統的な会派です。


■長唄の曲数、名曲

長唄は300年の歴史の中で数多くの名曲が生み出されており、その総数は数百曲〜1,000曲以上にのぼるとも言われます。そのため、「およそ300曲」と言われることもありますが、実際には300曲という数字には収まりきらないほどの膨大な曲が存在しています。

現存する曲数
現在まで譜面や口伝えで残っている長唄の曲数は、おおよそ300曲〜400曲程度と言われています。流派によって認定されている数や、資料集(名曲要説など)に収録されている曲数が300曲前後であるため、「300曲」という規模感がひとつの目安として語られることがよくあります。

歌舞伎でよく上演される曲数
数ある長唄の中でも、歌舞伎や日本舞踊の公演で頻繁に上演される代表的な「名曲」は30〜50曲程度です。(例:「勧進帳」「連獅子」「娘道成寺」「鏡獅子」「藤娘」など)

作曲された総数
300年以上の歴史のなかで、江戸時代から現代に至るまで多数の作品が作られました。なかには特定の演奏家が一生涯で300曲以上を作曲したという記録もあり、すべての作品(小曲や失われた曲も含む)を合わせると1,000曲を優に超えるとされています。

代表的な名曲を、演奏の目的や曲のテーマ別に分類します。


・歌舞伎舞踊の大曲(劇中劇・ドラマ性の高い曲)
歌舞伎の伴奏音楽として発展した、ドラマチックで演奏規模の大きい名曲です。

勧進帳(かんじんちょう): 歌舞伎『勧進帳』の伴奏曲で、長唄の最高峰とされる豪快な曲です。
京鹿子娘道成寺(きょうがのみこむすめどうじょうじ): 恋心と怨念を描いた華やかで技巧的な大曲です。
鷺娘(さぎむすめ): 白鷺の精が雪の中で見せる、儚く美しい情念を描いた名作です。
船弁慶(ふなべんけい): 前半の静かな調べから、後半の知盛の怨霊が登場する激しい演奏への変化が見どころです。
連獅子(れんじし): 親子の獅子が谷底から這い上がる獅子王の伝説を描いた、迫力ある曲です。

・祝儀物・初修曲(お祝いの席や初心者が最初に学ぶ曲)
格調が高く、おめでたい席で演奏されるほか、手ほどき(初心者向け)として親しまれる曲です。

松の緑(まつのみどり): 初心者が最初に習う基礎的な曲でありながら、気品に満ちた祝儀舞踊曲です。
鶴亀(つるかめ): 長寿を祝う大変めでたい曲で、お正月や祝いの席の定番です。
五郎(ごろう): 曽我五郎時致を題材にした、勇ましくも爽やかなお祝いの曲です。
末広がり(すえひろがり): 狂言をもとにした、明るくユーモラスでめでたい曲です。

・風俗物・お座敷唄(江戸の風情や庶民の暮らしを描いた曲)
江戸時代の街の景色、お祭りの熱気、女性の可愛らしさを生き生きと表現した名曲です。

藤娘(ふじむすめ): 藤の精が恋心を踊る、非常に華やかで人気のある曲です。
越後獅子(えちごじし): 角兵衛獅子の旅芸人の哀愁と、賑やかな手踊りを描いています。
手習子(てならいこ): 寺子屋帰りの町娘の、恋に恋する可愛らしい様子を描いた曲です。
吾妻八景(あづまはっけい): 江戸近郊の美しい景色を綴った、音楽性の高い四季の曲です。
秋色種(あきのいろくさ): 秋の虫の声や名所を繊細な三味線の手で表現した名曲です。