子供の頃から「かすり傷一つつけてはならない」ときこえるわけです。
だから外からの言葉が自分の信念にならない様に先に信念を自分で入れたりするわけです。
また、若い頃3人の子供の天使が視えた事もあって、それは縁がある人を教えているわけですがその意味が当時は分からないわけです。
天使は教会の壁画そのままの姿をしていると思っています。
要は霊視、霊聴は巧みに視える人は別にして基本ただ視える聴こえるだけと言う事もできます。
その意味が分からなければ対策を取らないままでいると言う事がありえます。
良く自分の中に愛がありますと言う人はいますが具体的にどの様な心の動きをすれば自分の中の愛を感じる事ができるか分からなければ愛を感じる心にはならないかもしれません。
だから霊聴ができても心の傷が多い人もいるわけです。
これは霊視や霊聴とは別の能力で心のコントロール力や瞑想力、理解力などの範囲に属するものかもしれません。
要は物づくりが能力の人より霊視や霊聴ができる人の方が幸せかどうかは心のコントロールしだいと言えるかもしれません。