フレーズが浮かんだときにほぼ無意識的に歓喜なり使い道を模索したりしているために気づいていないものと思われるが、音のない環境に投じられることが悲しいかなあまり機会をもてないこのガラス人形の騒音社会。摩天楼の間を潜りぬける、ネオンに背を向け逃げ回ろうが耳に入る無選別情報。うっかり印象的なフレーズを思いついたのもつかの間。いや振り替えなければ間など存在しない。調性、テンポ、リズム、ジャンル、サウンド。騒音扱いしてやまないもののインプット、練成、創作。
このプロセスはがっかりだ。でもインプットがなければ創作は不可能だ。すくなくとも凡人には。
せめて体内プレーヤの再生による意図的。もしくは耳に流す主。
それを踏んでなければ加工を。
待ってもらおう。そうめんを流す者はここにいるのだ。