台風去ってなお晴天ならず明日からのお盆の前の迎え火に今年は何か違和感を感じる。


少なくともこのような出来の悪い不良の私に愛をたくさんくれた母、それに連なる叔父叔母、祖父母を迎えたいものだが…


この年になると年に一回、僅か三、四日間では物足りなくなる。


暇が多くなったのではない。

徐々に彼岸が近づくのを私自身の感性や直覚が自然にそれをとらえているのだろう。


むかしから私はお盆やお正月はあまり遊びに出かけない。


若い学生の頃は人並み以上に夏になれば与論島や沖縄、琵琶湖や白浜に遊んだ。

師父と慕う安藤が

「不良は日頃遊んでんだから そういう一般の休日は普通の人にまわすもんだ」
との言葉を聞いてから私も一般的な休日や連休は普段真面目に働いている人の邪魔をしないように大人しく過ごすようになった。


もっとも人だらけの混雑した海辺にしてもあまり嬉しくも有難くもないものだし…

身体を壊してからはドライブと洒落こむどころか運転さえも嫌になってしまったが私達世代の不良の最初に意識するステータスが車だった。


私も例に洩れず金の無い時は中古のボロ国産車に乗ったものだが少し余裕が出れば見栄えのするハッタリ車に乗るようになった。


大学入学時は此処一番は、もっぱら杉本のキャデラックエルドラドを借りて乗った。

あのデカイ車体で京都の私の下宿していた金閣寺の裏を走り回った。


その後、悪友Kがグロリアの3ナンバーブロアムに乗ったのに負けじとクラウンのロイヤルサルーンを丸線の手形で購入した。

初めて高級車を手に入れたこともあり、このクラウンには金をかけた。


運転席、助手席、後部座席にはムートンをふんだんに使ったシートカバーを張り、私が乗るであろう後部座席の両側の窓には電動のレースのカーテンを付けた。

当時、後部シートが電動で動くのはクラウンのロイヤルサルーンぐらいであった。


後に博打の負けがこんだり舎弟連中に飯を食わすために金融屋に沈めたりしたがこれは結構乗った。

証券会社時代は少しした仕事で小遣い銭が入った時に杉本の関係から当時、大阪で勢力を誇ったS組のT組長からV12のアーデンジャガーを譲って貰い、実の弟が乗っていたセドリックを乗り分けていたが、こういう時は重なるもので当時、まだまだ大阪で見る事の少なかったベンツも手に入れ三台を乗り分けていたがベンツは良い買い手がついたので割と早く手放した。

白いボディ-に赤皮シートは大阪人の私には飛びっきり粋に見えた。


近畿自動車道の直線でアクセルを踏み込むとすぐに200をオーバーした。

それから現在に至るまで二年前より幾度か乗った救急車を含めて外車はほとんど乗った。

ポルシェからフェラーリ、アストンマーチンからマセラティ…

真っ赤なポルシェは百恵ちゃんの歌だが代わりに真っ赤なホンダのNSXは良かったがお腹が出るとフェラーリ同様苦しくて乗れなくなった。
ロールスのシャドウ、コーニッシュからカマルグ

ベントレーターボRにコンチネンタルR、チャイニーズアイクーペにも乗った。

飯田時雄を真似て乗ったツートンのプレジデントは良かったがセンチュリーのリムジンは座席が意外と狭く大柄の私には乗りにくかった。
かと言ってリムジンを運転するわけにもいかない。


ベンツのAMGもSLの7,3、Sの7,4やE600も気に入っていた。

BMWは最初に乗った750がコンピュータ-の故障があり相性悪くその後乗らなかった。

芸能関係の連中は不良と同じく車好きが多く金に困ったり重荷になると私のところへ回ってきた。

小林アキラ、松平健、羽賀研二…


個人的には運転するには小じんまりとしたベンツのCLが小回りの効く割に運転席は広くて好きだ。

後ろは偉くも何もない単なる不良が乗る場所ではないと思うようになった。


過ぎてしまえば信長が喝破したように全てが夢幻なのだが…

若い時はやはり見栄もあり競い合うステータスの一つであったに間違いない。


今から考えると「いかに自分の事だけしか考えていないか」を宣伝しているのと同じで恥ずかしいことなのだが…

そんな余分なお金があれば地球に優しいプリウスでも乗って余ったぶんは東北でも福祉施設に寄付する方が遥かにかっこいいではないか。


なのに残念ながら私の周囲では単に燃費がいいという利己の一辺でプリウスに乗っている人間が少なくない。

これも戦後の教育であろうか。

かくいう私も車だけでなく夜の街にも時計にも凝った。


温泉旅行も大好きで暇があれば行った。

まるで煩悩の限りを尽くした人生だ。

いいカッコで言うのでなく遅きに失したかも知れないが現在は人に「ありがとう」を言って貰えることに喜びを感じる。


出来れば残り少ない人生、せめて綺麗ごとで生きていきたいと思っている。

何もしてやれなかった娘への贖罪意識がそうさせるのかも知れない。

今の時期、いや今の時期だからこそ箱根をオープンや窓を全開にして飛ばすと風が肌に気持ちいい。


芦ノ湖で休憩して一気に熱海まで走る。

アウトバーンの無い日本でも走っていて爽快さを感じることが出来る。


夢幻の人生、現世に夢幻を求めて追いかける我々凡愚は何なんたろうか。

フェラーリのエンジン音は確かに美しく男の本能を刺激する。

カウンタックには無い美しさだ。

ポルシェのセクシーさも最高だ。


乗っていたシュトロゼックウルトラなる車の形は表現できぬ程に美しい。


ロールスやベントレーのミュリナーパークワードで作られた車体や室内はまるで芸術品で走る応接間と言って過言ではない。


しかし私のような一時、一瞬の間、金を手にした成金が乗る車ではないのも十二分に判ってきた。


西行ではないが「願うことなら…」


私がまだ少年だった頃、売り出されたスカイランインの「ケンメリ」の隣にパートナーを乗せてボリュームいっぱいに上げた8トラステレオで懐かしい映画音楽でも流しながら箱根のスカイランインを走りたい。


「エーゲ海に捧ぐ」がいい。

頭に真っ青なエーゲ海に浮かぶミコノスやクレタの島々を思い浮かべて…


そのままジェームスディーンのようにハンドルを切りそこねて永遠の眠りにつきたいものだ。


いやパートナーはその前に降ろしておかないと巻き込んでしまう。

「愛と風のように」

御巣鷹山の日航機墜落事故から二十九年


長いようで短かった。

あらためて亡くなられた方々の御冥福をお祈り申し上げます。合掌

母かへる 盂蘭盆近し 藍深し

まぼろしの 世に出し母の面影を ひとり追いかける 迎え火の夜
東月詠