イタリア 新型コロナウイルスがもたらした問題 イタリアの「引きこもり/ Hikikomori」 | ヴェネチアから、イタリアの歴史、文化、食のトピックスを発信

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ヴェネチア在住 ブログで紹介するヴェネチアとイタリア各地のスポットをアテンド

イタリアにける新型コロナウイルスがもたらした問題は様々あります。経済不況から始まり、失業、倒産、教育機関の閉鎖、家族内における問題まで、様々な部分で、日常生活に変化をもたらしました。その中で、決して大きく取り上げられているわけではありませんが、パンデミックによる約2ヶ月間の長期ロックダウンで「引きこもり」が増加したと書かれた記事を読みました。

 

近年イタリアでも『Hikikomori』に関する記事が増えてきました。長年、精神保健の視察コーディネートと通訳の仕事を行いながら、イタリアではこの日本語の意味が不明で、最近よく質問されていました。いつかイタリアの「引きこもり現象」について、調査しようと思っていたので、今回は「新型コロナウイルスがもたらした問題」の一つとして、イタリアの厳格で長期にかけて実施されたロックダウンの環境下で誘発された「引きこもり現象」と、今日のイタリアにおける『Hikikomori』の現状について紹介させていただきます。

 

20年以上前にイタリア精神保健の通訳の仕事で出会ってから、長年にわたり、通訳以外にも、視察コーディネートも行い、精神病院が存在しないイタリアの精神保健のシステムの調査や現場視察を行ってきました。精神科医、看護師、ソーシャルワーカーなど専門分野の方々、大学教授の方々とお仕事をさせていただきながら、多くのことを学ばせていただきました。イタリア各地で様々な視点からイタリア精神保健の視察のコーディネートと通訳を行い、個人的に興味を持つ専門分野となりました。

 

日本特有の現象で、イタリアの専門家からも質問を受けることも多い中、日本の専門家の方々からご教示いただき、「ひきこもり」は、単一の疾患や障害の概念ではなく、生物学、心理的、社会的要因などが絡み合って起こる現象の一つと理解してきました。引きこもる行為によって、個人的なストレスを避け、架空の安定を得られますが、同時にその空間からの離脱も困難になる「引きこもり」は、多様性をもったメンタルヘルスに関する問題で、統合失調症などの精神疾患とは異なる現象と理解してきました。

 

20年前は、イタリアでは「引きこもり」の言葉を聞く機会もなく、7,8年前くらいから、視察中に日本の「引きこもり」について、イタリア現地の専門家たちから質問を受けるようになりました。外国でも、今やそれでも、一般の精神科医、その他の専門分野の方々のイタリアにおける認識は薄いように思いました。ただし、近年、イタリアで「引きこもり現象」が急激に増加しており、今やイタリアには約10万人の引きこもりがいると言われています。知り合いのイタリア人心理士は「引きこもり」で相談に来る当事者や家族の増加の多さに追いつけないようで、日本の引きこもり専門家の方々と意見交換を行いたいので、紹介してほしいと提案を受けたこともありました。

 

イタリアでは社会問題となりつつあり、ひきこもり当事者と家族の協会「Hikikomori Italia」も設立されました。「Hikikomori Italia」の紹介記事を翻訳します。

 

 「Hikikomori Italia」協会が作成したイタリアの引きこもりのシンボル

 

自発的な社会的孤立「引きこもり」をテーマにしたイタリアで最初の全国的な支援の協会です。このプロジェクトは、社会心理学とデジタルコミュニケーションの専門家であるマルコ・クレパルディによって、2013年に設立されたブログhikikomoriitalia.itから始まりました。主な目的は、イタリアではまだあまり知られていない「引きこもり」について国民の意識を高め、この問題に直面している子供と親をサポートすること、そして全国的なネットワークを構築することでした。協会としてイタリア全土で活動しており、数多くの活発なプロジェクト、イベント、保護者を対象とした支援グループ、プロジェクトへの支援に関心を示している地元の組織や団体との継続的なさまざまなコラボレーションを行っています。

 

 

      「Hikikomori Italia」協会のシンボル     マルコ・クレパルディ氏の著書「Hikikomori」

 

「Hikikomori Italia」協会のサイトから、イタリアの引きこもりの統計について書いた記事をご紹介します。7年間で「Hikikomori Italia」協会の288人の親たちから集計した統計です。マルコ・クレパルディ氏の著書に記載されたものです。

2019年2月の統計

2019年10月の記事

「Hikikomori Italia」協会では2000人の親がメンバーになっており、その中でメンバーの多い街の統計です。「Hikikomori Italia」協会では2000人の親がメンバーになっており、その中でメンバーの多い街の統計です。ほぼ、イタリアの人口の多い順位に比例しているようですが、人口では11位のヴェネチアと14位のパドヴァは引きこもりの比率が高いようです。 

 

      都道府県             州           人口

1

ローマ (ローマ県)

ラツィオ州

2,718,768

2

ミラノ (ミラノ県)

ロンバルディア州

1,299,633

3

ナポリ (ナポリ県)

カンパニア州

973,132

4

トリノ (トリノ県)

ピエモンテ州

908,263

5

パレルモ (パレルモ県)

シチリア州

663,173

6

ジェノヴァ (ジェノヴァ県)

リグーリア州

610,887

7

ボローニャ (ボローニャ県)

エミリア=ロマーニャ州

372,256

8

フィレンツェ (フィレンツェ県)

トスカーナ州

364,710

 

 

Corriere della Sera 2017年11月新聞記事

引きこもり 部屋に閉じこもる

日本は80年代から引きこもりが始まり、イタリアでは2007年に初めて「引きこもり」と診断された。イタリアの引きこもり平均年齢は15~16歳で、90%が男子。一人っ子の場合か、もしくは期待と重い責任を負った長男の引きこもり件数が高い。同年代の子供達と同等のレベルでない事に対して羞恥心に支配される。」

 

 

正直、イタリアの引きこもりの正確な人数は未知数だと思われます。この2017年の記事で既に10万人と書かれ、去年2019年でも引きこもりが増加して10万人、今回のパンデミックのロックダウンで増加して10万人となっていますから、最終的に2017年から今日まで数字は変化していません。とりあえず、イタリアでは引きこもりが増加していること訴えかける表現として10万人と言う数字を使っているようですね。

 

「日本の引きこもり人数は54.1万人」と現状よりも大分少ない表記のように思いました。去年2019年のニュース記事ではイタリアの10倍以上の引きこもりが日本には存在すると理解していましたから、2年前の2017年だとしても54.1万人は少なすぎると思われます。

 

実際、日本の引きこもり統計をネットで調査してみると、ニートの統計が反映されてしまい、引きこもりだけの統計が見つかりません。そこで、改めて「引きこもり」と「ニート」の定義を確認しました。「ニートは通勤、通学、家事、終業訓練をしない15歳から34歳までの人」に対し、引きこもりは「仕事や学校に行かずに家族以外の人と交流をせずに6ヶ月以上家から出ない人」と定義されていました。この表現が正しいなら「引きこもり」と「ニート」は人数統計では重なる人もいますが、根本的に「引きこもり」と「ニート」は異なると理解しました。

 

調査中、2017年の日本の「ニートの現状」についての統計を日本の記事で見つけました。2019年の日本の総務省統計局の結果から作成された統計です。この統計では2017年のニートの人数がまさしく54万人になっていますね。イタリアの記事はこのニート統計を参考にしたのかもしれません。

 

 

総務省統計局の別の統計結果でニートに関する記事を見つけました。ニートの年齢の定義は「15~34歳」とされておりましたが、最近は35歳以上のいわゆる「中高年ニート」の人数が増加しており、問題視されています。2014年までの統計データになりますが、39歳まで含めた年齢別の人数は下記のとおりとなっています。

 

 

一方で、2014年の日本の新聞記事では、日本には引きこもりが70万人いて、予備軍も155万人に及んでいるという事です。

結論的には、おそらく「引きこもり」と「ニート」の症状のある人は重なることが多く、どこで分割するか困難で統計結果も混在した人数になってしまっているのかと、疑問も感じました。

 

今度は、調査中に日本とイタリアの社会の違いや類似点を取り上げながら、引きこもりを語る興味深い記事を見つけました。大変参考になりました。

「イタリアの引きこもり」について、日本で精神科医を目指す研修医として働いているらっしゃるパントー・フランチェスコさんという若手のイタリア医師の記事です。

https://torus.abejainc.com/n/n04d1dcf12951

 

ここからは、イタリアのロックダウン中に、引きこもりが誘発した原因を語るイタリアの専門家の記事をご紹介します。

 

イタリアでは、2月の終わりに感染者が急激に増加し、イタリアでは3月10日からロックダウンが始まり、3月21日からはさらに厳格になり、散策禁止、親類、友人にも会うのも禁止となり、5月4日まで約2ヶ月間立法による厳しい罰金制で外出禁止を取り締まり、常に警官か、兵隊が街中を巡回しいました。買い物も家から離れた場所で行った場合は罰金で、あくまでも生活に必要な買い物のための外出のみが許可されていたわけです。

 

この時期、大人は買い物で外出可能でしたが、子供達が外出できる機会はありませんでした。外出できるのは、仕事、買い物と医療機関通院などの理由以外は一切禁じられました。買い物も、基本的には大人が一人で行っていました。実際、5月4日からは家の近所なら散策はできるようになりましたが、基本は同居の家族、夫婦同士か、一人で行うことが規定でした。友人との散策は反則でしたが、この5月4日からの立法の取り締まりは以前よりは緩くなり、巡回する警官達も、一人以外で散策中に同居の家族であるか、夫婦であるかなど尋問は行っていませんでした。最終的に、公的に自由に外出して、親類や友人に会えたのは、5月18日になってからでした。

 

教育機関は、2月の下旬から全て閉鎖となり、一時期規制の中で再開の話も上がっていましたが、結局9月の新学期まで閉鎖と決定しました。欧州国内も多くの国がロックダウンになりましたが、解除後は教育機関を再開しました。そうした中で、イタリア政府の決断には批判もありました。5月には重要な高校卒業国家試験もありましたし、ほぼ半期の教育を受けない結果となりました。教育者たちにとっても、慣れないオンライン授業であり、知り合いの保護者達からも不便があったことなども聞きました。南イタリアではパソコンを所有していない家庭も多く、様々な問題が伴いました。

 

ロックダウン中、親達は部屋にこもってパソコンに向かって勉強、宿題、オンライン授業を行なっている子供達の光景は日常となりました。そこで、パソコンに向かって、ゲームで遊び続ける子供や好ましくない検索を行う子供達をコントロールするのが困難になったのも現実です。非日常的生活の中、「引きこもり現象」に誘発された若者が増え、さらに「引きこもり」になった独身の大人達も増えたようです。
 

昨年、5月に起きた日本の川崎で起きたショッキングな事件の当事者が引きこもり生活を長年続けていたということで、世界的に改めて独特の日本社会の在り方や日本発祥の「引きこもり」が取り上げられました。その際には、イタリア(人口約6千万人)では、約10万人の引きこもりが存在すると想定されていました。

 

ロックダウンの期間中、家に常に居られることは一部の子供達にとっては厳しい制約でもあり、美徳でもありました。オンライン授業に続いて、読書をしたり、映画を観たり、家族との関係を深めたり、友人や親戚と遠隔で交流したりすることは、自己教育に役立ち、ポジティブな面もありました。しかし、パンデミックによって強制的に閉じこもらなければならない生活環境が「引きこもり現象」を誘発させる機会になりました。

 

4月のロックダウン中に10代の子供達について語った小児科医マッシモ・カピトリ氏が見解が記事になっていました。

「パンデミックの緊急事態に関連して、家に閉じ込められた若者たちの習慣が変化しました。

ロックダウン中の典型的な家庭内の光景は、親がスマートワーキングを行っている間、別の部屋で10代の子供達は一人で遠隔授業に従事していました。こうした環境では、同じ屋根の下にいても、10代の子供達はウェブを介して繋がっている親友、クラスメート、サッカーなどのチームの友人などとの距離は近づきますが、同じ屋根の下にいても、親との距離は遠ざかります。既に距離のあった親子の場合は、さらに距離が広がる場合もありました。

 

音楽を電子機器からヘッドホンまたはイヤホンで聞いて、長時間(時には最大音量で)過ごすと、問題が発生するリスクが高まり、聴力が低下することがあります。その結果、うつ病から、頭痛、集中力の問題、不眠症、気分障害が現れることがあります。青年期に長期的に独りの時間を過ごすことで、ドーパミン依存症を引き起こす可能性、時には社会的孤立の状況を生み出すほどの電子機器依存になり、「引きこもり現象」を起こす場合にも至りました。

 

この期間中10代の若者は、スマートフォンを1日2600回以上入力、タップ、スライドします。1日は1440分なので、1分に1回以上です。また、スマートフォン、タブレット、その他のデバイスが放出する電磁放射線への継続的な曝露は、対象年齢が低いほど、特に有害である脳温の上昇だけでなく、発がん性の可能性の原因にもなると考えています。」


一方で、サイバー空間と精神医学専門の精神科医で、ローマのヨーロッパ大学教授、カトリック心理学と精神医学イタリア協会会長を務めるTonino Cantelmiトニーノ・カンテルミ氏は、子供に限らず、大人でも「耐え難い生活行動制限を経験した人々」と「非常に困難な社会生活の放棄を経験した」新しい「引きこもり」が増えたと6月の記事で語っています。

 

「1月までWHOはビデオゲームは中毒性がある」と主張しましたが、 2月後半から始まったパンデミックで、子供がパンデミック期間中に在宅生活を継続させる助けの解決策としました。ビデオゲームの使用時間が長くなり、ますますデジタル化され、孤立した子供達の「引きこもり」を誘発させました。

 

イタリアは、最終的に9月の新学期まで、保育園・幼稚園含めた小学校から大学までの全教育機関が閉鎖と決定しました。それゆえ、ロックダウン期間はオンライン授業を行うことが日常となりました。オンライン授業に接続している間、またその前後を含めて、メールやWhatsAppのメッセージ、SNSの投稿を行うなど、一部の調査によると、遠隔学習のプラットフォームに付随するチャットでの800~900のメッセージが1時間ごとに交換されていたそうです。

※ イタリアで普及しているWhatsApp(ワッツアップ)は、LINEとほぼ同じチャットアプリです

 

オンライン授業の後、PlayStationに専念し、Netflixを朝方までみて、夜を過ごす子供も増えました。多くの子供達が何週間もこうした生活を送りました。ロックダウン解除後「過剰なビデオゲームは体と精神に悪影響を及ぼすので、今までとは逆に外出しなければならない」と強調しても、一部の若者にとっては、今や彼らの洞窟を離れて現実の世界に再び現れるのは非常に難しい環境となってしまいました。」

 

長い期間のロックダウン生活では、子供や若者だけでなく、強制的な隔離生活の苦悩や恐怖を経験し、感染死の恐怖感覚を感じた大人も多く、「引きこもり現象」は大人にも起きて、特に独身者に増えたそうです。イタリア全土で、精神的サポートで市民アシスタントの設置を実施しました。ロックダウン中、テレビでも精神科医達がフリーダイヤルで相談を受け付けることを呼びかけていました。