今日は午前中からペインクリニックでした。ここは2年前に通っていたクリニックです。ノルスパンテープを無理矢理止めさせられ車椅子になった病院です。
ノルスパンテープを断薬出来たので、他の薬なら出してくれるだろうと思い、行きました。何故かというと、そこのクリニックは家から近いのです。
が、医師は困惑気味でした。
この医師は何が何でも薬を飲ませたくないのです。現在、断薬中はなんとかトラムセット1日1〜2錠で禁断症状を抑えているのですが、2週間で6錠しかくれない。
確かに薬を推奨しない医師は良い医師です。しかし、あまりにも急激過ぎる。
これでは、禁断症状をどうやって乗り越えるのか?とにかく様子を見て、無理そうなら、前にかかっていた医師に戻ろうと思います。
とりあえず、キシロカインのブロック注射を打ってもらい、気分転換に美容室に行って来ました。カット、ヘアカラー、トリートメントです。
しかし、およそ3時間座っていたため、激痛が。。水分補給も出来なかったため、帰宅してから吐き気と痛みでソファに横になっていました。
結局、トラムセット1錠、リボトリール1錠飲むハメになりました。
これからどうなるのか。トラムセット6錠で2週間いけるのか?様子を見たいと思います。
今日、兄からメールがあり母が来週、圧迫骨折の手術をするらしいです。
6月に全介助でうちで世話をしました。
7月いっぱい、うちでゆっくりするよう説得したのですが、実家に帰りたいわがままを言い出し帰って行きました。
案の定、実家で動き回り、悪化させてしまったのです。父が面倒看れる訳がないのです。
今日は少し私の生い立ちを話します。
私は機能不全家族で育ちました。
父は暴力、暴言が酷い人でした。
子供の頃から私は鬱っぽく、死ぬ事を考えてました。両親はいつも喧嘩で母が家出することもよくありました。
それでも、私は学校では明るい生徒でした。中学校卒業時の偏差値は75〜80で進学校の高校に進みました。しかし、ストレスのため幼い時から睡眠障害があり、解離性障害にも掛かりました。
とにかく、私は家から出たかったのです。逃げた先がアメリカでした。18歳で一人で渡米し、向こうで進学しました。
後悔はあります。高校の時の友人は帝大出身者ばかりです。こちらで進学していれば、もう少しまともな人生を送れたのではないか?でも、仕方ないですね。自分で選んだのですから。もっと私が強ければ…。と思うことは多々あります。
ただ、英語を話せる事、バブル期の派手さにまみれなかった事は良かったと思っています。
両親からは全く連絡がありません。
私のところから離れて悪化させてしまったので、プライドが邪魔して電話を掛けれないのだと思います。
もう、放っておこうと思います。母から電話があるまでは私からは連絡を取らないと決めました。
私は自分の生活を守り、主人とペット達と仲良くやっていきたいと思ってます。
なんたか、今日はプラスチックフリーの話は全く出来なくてごめんなさい。
とにかく、今日で断薬1週間経ちました。後1、2週間で薬が抜けるはずです。
頑張りたいと思います。
気を取り直して、また明日から、プラスチックフリー、家の片付け生活、facebookの立ち上げ等、少しずつ頑張っていきたいと思います。
今日は、早目に休もう!
それでは、慢性疼痛と闘ってらっしゃる方々、共に頑張りましょう。
おやすみなさい。
この子達が私の心の癒やしです。
白ペキとブリティッシュショートヘアです。

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