hiroyo⭐️です


こんにちは





真清田神社の敷地内にある

三八稲荷神社の初午祭に行ったことが

ずいぶん昔に感じられます




神社にあった“里親募集“の貼り紙

足にハンディがある猫

オス




昔飼っていた猫との最期が

にがすぎたのと

子供にアレルギーありというのもあり

もう2度と飼うことはないと思っていた私



なのに

この貼り紙を見た瞬間



引き取りたい!衝動が。





高校生のとき

家の近くの公園を

自転車で徘徊中



植木の間から

出てきた子猫。



私のスカートを

よじ登ってくる姿が可愛いすぎて



そそくさと連れ帰り

共に暮らすこと17年。



名前はチー太



チー太と私は

一緒に旦那さんに嫁ぎました



長男が生まれて

その命が一歳になるのを見届けて

お空に帰ったチー太



初めての育児に翻弄され

十分なお世話をしてあげられなかった

後悔がずっとあって



天国に行ったら

チー太に謝るって決めている、、、









そんなチー太に

貼り紙の猫ちゃんがそっくりで



そっくりすぎて、、、








引き取りたい

でも、、、



諸事情により

もう飼わないと決めていた

私の心の問答が始まる…



大切な命を前に

気持ちの確認を繰り返す






私はチーちゃんと重ねているだけなのかも



チーちゃんにしてあげられなかったことへの

後悔を払拭したいだけ?



足が不自由と書いてあるから

同情してるだけかも



真清田神社が好きすぎて

勝手にご縁を感じているだけ?



里親という言葉に

酔ってるだけなのかも



ハンディのある体というワードに

偽善者の心なのか?





あの日のチー太



昔みたいなそそくさ連れて帰る私じゃなく



責任みたいなものも

感じられるようになったといえば

そうなんだけど



ぐちゃぐちゃ

1ヶ月以上

悩んでいる私に



末っ子が掛けてくれた言葉が

今日のタイトルになっています





だあちゃんは

そこに居たとしても幸せだと思うよ



うちに来たとしても

幸せだと思うよ






私のちっぽけな

善人づらや

幸せの定義

なにやら人間目線の考えすべてを

吹き飛ばしてくれるような

優しいことば






だあちゃんは、幸せ






だあちゃんは

だあちゃんの命を生きている



ぐちゃぐちゃ悩んでいたのが

嘘みたいにスッキリして

なにか

肩の力が抜けたとき



だあちゃんに会いたいなって

思ったのです




どうなったかといえば



だあちゃん


我が家でトライアル中ピンクハート




だあちゃん

我が家はいかがかな?