通りすがる人々を見て、幸せを感じることがある。
この人も、この人も、
今を全力で生きて、そして社会に何かを与えているんだなーって。
その「何か」とは、目に見える成果だけではなくて、存在のエネルギー的な。
赤ちゃんが泣くことで、通りすがる大人がふっと自分に戻る時間を与えたり、
横断歩道を渡るおじいちゃんが、右折する私に右手を振り、「ごめんよー、渡るよー」とボディランゲージで教えてくれ、でも慌てるでもなくゆったりと歩く姿にあったかい気持ちになったり。
中でも存在のエネルギーを与えているのは、いわゆる社会的に支援の必要な人たち。
もうこれは子育てしながら関わる中で、声を大にしていいたい。
今のこの世の中の範疇では「支援が必要」な人たちとカテゴライズされるけど、彼らは間違いなく、全ての人たちに生きるパワーとエネルギーを提供している。
そこから溢れ出るオーラは、私たちが自分を見失ってる状態だと、眩しすぎて受け止めきれず、私たちは抵抗せざるを得なくなる。
これが虐待とかに繋がってるんだと思う。
逆に、私たちが落ち着いている時、自分の軸に戻れている時は、その状態を全力で応援するかのように、彼らのオーラから幸せモードを受け取れる。
にっこり笑って手を振られるだけで、どこぞのアイドルにウィンクされた以上のパワーでハートを鷲掴みにする(笑)
そしてこの時、自分の存在を幸せな存在だって、
頭で考えるのではなくてココロからふんわり感じる。
MRIから出てきたら、途中で麻酔が覚めてたらしくニヤついていた、の図。なんでニヤついてたのかは未だナゾw
ほら、癒されるでしょwwww
今朝、娘の所属する支援級が、ホームセンターまでバスに乗って出かけ、今年自分が育てたい野菜の苗を買う、というイベントがあり。
車椅子の娘のバスの乗降を手伝うため、降りるバス停で待機する、というミッションがありまして。
運転手さんに降ろしてもらっている時も「申し訳ない」ではなく「寧々を降ろしてくれてありがとう♡」のオーラを放つ娘や、
一緒に行動するクラスメイトの、まさしく天真爛漫な笑顔に、昨日の長時間運転の疲れもどこへやら、エネルギー満タンになり、ニヤつきながら1人怪しく車に戻ったのでしたw
悪いけど、この幸せは
どんな大きな仕事を達成した時よりも
自分の心と体をあっためてくれる、絶大なパワーがあるんだよー!
悪くはないかw
結局言いたいことは、
こういう時間や感覚を1日の中に持つ事が、自分の心と体のメンテナンスになるんだ、ってことですw
仕事を頑張る時間。
子育てを頑張る時間。
家事の効率を極める時間。
思考を止めて、その場を感じる時間。
存在の幸せを感じる時間。
ただ、何者でもなく、そこに在る自分を感じる時間。
社会の中で様々な人と、共に在り、エネルギーを循環している、そんな事を感じる時間。
そうすると、また頑張れるし、パフォーマンスもあがるし、その頑張りは社会に幸せをもたらす結果につながっていくのだと思う。
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