ライブハウスのみならず、今や数多の店でクラウドファンディングだ。猫も杓子もだ。
色んな店を見守って?たがライブハウスや飲食店の場合はTシャツや食事券、ドリンクチケットを売る対価という形が多かった。これならまだいい。筋も通ってる。そんな事しかできないのかと未熟さも感じるが。
そして雨後の筍といった感じになってくると、「もうダメヤバイ潰れそう」だからお金くれと。筋も道理もあったもんじゃない。乞食だ。情けない。
俺は募金が嫌いだ。そういうシステムが好きじゃない。確かに募金は悪のシステムではない、はずだ。
子供のころはずいぶんとやらされた。ユニセフやら赤い羽根やら。対価も報酬も無く。募金だからね。子供だからね。
あんなことは80年代でしか通用しない。そもそも中抜き文化の温床でしかなく、ユニセフの例を見ればその悪習が判るだろう。
話が逸れた。店舗経営についてな。たかが1,2か月の停止でってのが個人的な感想である。そんな経営してたのなら文句言うなって感じだ。
もちろん色々と台所事情も見知っている。このご時世に貸店舗で賃料出しながらバイト雇って商売なんてどれだけ大変なのか、ライブハウスなんかは自転車的なやりくりで保っていた背景も知っている。
確かに下級国民である我々?はもう虐げられていると言っても過言ではない状況だ。
だが一部のライブハウス等の筋の通らぬ戯言は呆れる。サラリーマン経験なのかただ甘ったれて育ったのか子供というかガキの駄々っ子にしか聞こえないし見るに堪えない。
もちろんその裏ではちゃんとしっかりした地に足着いた筋の通った人たちもいる。そういう場には心からの敬意を。
国政の現状はそりゃ惨憺たる有り様であり、納税者は文句も愚痴も言える立場である。声を大にして言うべきだ。
だが色々な意見を見ていると餓鬼ばかりだ。情けなくなるほど。ただの亡者だ。なにが金よこせだ。恥を知れ。
時は常に流れ動いている。だが変われないことが変われない。そんな生き方もアリかもしれない。
だがそれに殉じるのはその個人だけにしてもらえないと困る。
就職活動してるんだがどうもまだまだそんな老害サラリーマンが多くて身動きが取れない。
情報化、多様化の著しい現代において明らかに枷となっている。
起業するにしても就職するにしてももう東京は無理なのかなと考えている。
やり辛い。
老衰で死ぬなんてのはよっぽどの幸運なことだと思っている。
その確率を高めるために社会があるといっても過言ではない。
人は死ぬ。病気、事故、災害、悪意、無能、環境、等々の不運であると考えている。
何も選んではいないのだ。選択肢は限られている。