無職になり1年、と半月。辞めた会社から泣きがはいる。
俺という「経営者」が去った結果、社長の無能さがバレてしまい崩壊(窓口が社長とCEOのみな為、私の手柄は全て社長になってた)、社長降格(私が辞める直前に買収した遥かに大きな会社の社長が兼任する事に)、東京での事業縮小(買収した会社の本社がある大阪へ拠点を集約)等など泣きが。
私が警告として出した様々な改善要求案件(出師の表的な)は今や予言書となっていると。(しかしそれらは私がいるという前提が不可欠だった為、手遅れ)
売上高も1/4程度まで下がったと。coronaはたしかに拍車をかけたが異常だ。個人的予想としては1/2〜3だったから。
無能者との邂逅は避けられない交通事故のようなものだ。個人的な事はいちいち構わん。
私の逆鱗に触れたのは社としての私に対する無礼、不誠実にある。ナチズムは滅びてなかったのかと驚くほどに。
潰れて当然。これから多いよ増えるよ。そいうの。
明日は久々に面接する。明らかに無能集団と化してる会社に。
ツッコミどころ満載すぎて笑いが隠せないかも。
だがね、俺という個人を認めてくれたり誠実に接してくれるならば、俺も全力で応えるさ。本当だよ。

努力 自己責任

友情 成長

勝利 安楽死

3年ひと昔

流行のマンガはとりあえず目を通すようにしている。きめつの刃を読んでみた。

少年漫画は少女漫画と違い登場人物がとてもサクサクと死ぬ。バンバン死ぬ。

その死をカタルシスとしてメッセージ性を持たせる。そんな組み立てが少年漫画では多い。

人は死ぬ。命は大事。これらは当たり前の庶民感覚といえる。

だがそこにある生を大事にする感覚は薄い。気がする感じる。

自己責任だワークライフバランスだと個人主義者がのさばる昨今、他人事に構っていられる余裕も無い。

災害然り原発然り戦争然り疫病然り医療然り高齢化然り、庶民はいつだってそんなもんだ。

大事なのは自分の生と他人の命である。自分の生のために他人の命があるのである。

生を全うするのではなく満喫するための命。満喫とはいったい何だろうか。金か。

さて、いよいよドン詰まりである。製造業に行きたかったがその業界がドン詰まりなのである。

知ってて目指した。それしかやりたくないし。出来ることもそんくらいだし。

で、バンバン潰れてジャンジャン消えていく。もとより前職もそうであったが、外資の流入を止められない。

技術大国なんて無かった。それでもこの国の技術は文化は素晴らしかった。過去形です。

何につまづいたか。経営者がいないのだ。しゃちょーはいても経営者がいないのだ。

自称経営者のほとんどがただの勘定奉行で経営なんてしていなかった。だから潰れるのだ。

悪循環は動き出し廻りだすと厄介だ。止めるのは容易ではない。

さて何処へ行こう。

選挙だね。地獄だね。

老人と世襲のガキを撲滅すればいいんだけどな。

そんなに難しいかな。マトモそうに見える弁護士なんてありえないさ。