昼顔の映画版がテレビでやるということで、観てみることにした。
ドラマ版は話題になっていたがリアルタイムで観ることはなく、少し経ってから観た記憶がある。
何人かの方に勧められて、そんなに面白いならと思い観た。
違和感が強かった。
強かったけどなかなか面白かった。
どうしても最初は上戸彩と不倫が結びつかなかったし、不倫物によくありがちな女性の泣き叫ぶシーンがどうも苦手である。
感情任せの女性ほど手に負えないものはない。
少し冷静になれば見えるものを、見ようとしない。
不幸ぶったり、美化したり、良い人ぶったりみたいなパターンはどうも苦手。
そういう意味では不倫作品が苦手と言うよりも、不倫作品の女性の描き方が苦手なのかもしれない。
罪の意識も強いし、本当は良い人だけど、苦しんで傷ついて生きてるんですみたいな。
そういう描き方をするなら同じだけ、悪い部分も描いて欲しい。
自己愛が強くなければ不倫も出来ないでしょ。
なんてカッコつけちゃいましたけど、やつぱり不倫が悪いことだという前提で描くなら説得力が欲しいです。
じゃないと話が進めば進むほど、違和感が大きくなっていく。
最終的にそんなに悪いと思ってるなら諦めろよって話になってしまうし。
そういう違和感は拭えなかったけど、ドラマ版は最終的に結ばれなかったということで、救われたような気がした。
逆に言えば善良な人達がダブル不倫して結ばれてしまったら、救いようがない。
だからドラマ版で終わっておけば良かったんだと思う。
映画版はちょっと酷かった。
何が描きたかったのだろう?
結局、上戸彩の善良なイメージを崩せなかったのだろうか?
それなら最初から違う女優を使うか、映画版は作るべきではなかったと思う。
あれだけ上戸彩を責めて不幸な女性に仕立て上げようとしても無理があるから、斎藤工を不幸にしておきます。
悪いのは伊藤歩です。
上戸彩可哀想でしょ。
でも、伊藤歩も可哀想だから許してね。
オイオイオイ何それ。
作る側が勝手に罪を裁いてる感じがして気分が悪かった。
観る側に決めさせることすら拒んでるかのようだった。
酷いと思う。
ここまで不幸にしたから良いでしょ的な。
そんな自己満あり?
結局、それじゃあ上戸彩じゃ無理だったと言ってるようなものだよ。
上戸彩側からなにか条件があったのだろうか?悪いイメージにはしないで欲しい的な。
よく分からないけど作品の内容よりも、作品自体が不幸に感じた。
金儲けのために無理やり映画化して失敗しましたというところだろうか。
テレビ局は観る側をなめてますね。
久しぶりに観なきゃ良かったと思った。
残念。




