数日前タイキシャトルが亡くなったというニュースが流れてました
現役を引退してから20年以上経ってますが、未だに距離別最強馬投票を行うとマイル部門で1位を取るような名マイラーでした。
当時のマイル路線は今と違って強豪がひしめいてました、日本円が強かったため強力な外国産馬が輸入されてきて、その馬たちがクラシックや天皇賞に出られなかった時代、外国産馬のローテーションには安田記念とマイルCSは大体入ってましたから。
その当時のマイル路線で別格の強さだったのがタイキシャトルだった。
3歳(現在の馬名表記でいきます)でマイルCS、スプリンターズSに勝利、4歳で泥んこ馬場の安田記念にも勝利してのフランス遠征。
当時の日本馬の海外遠征といったらひたすら敗北の歴史だった、負けても無事に帰ってくればまだ良い方で、前年のサクラローレルはレース後に屈腱炎で引退、ホクトベガはレース中の事故で日本に戻ることすらできず
辛うじて香港でフジヤマケンザンが勝ったくらいだった。
そんな状況でこのタイキシャトルで勝てないなら、日本馬が勝つのはいつのことになるやらって感じだった。
ところがタイキシャトルが出走する1週前、シーキングザパールがモーリスドギース賞を勝って海外G1制覇を先に果たしてしまう、これは当時すごくびっくりした覚えがありますね。
そのシーキングザパールよりさらに強い馬がタイキシャトルだって話がフランスでも広まったらしく、タイキシャトルが出走したジャックルマロワ賞では圧倒的な一番人気に。
あの岡部騎手も相当にプレッシャーが掛かっていたとか
(続く)
写真はイーストスタッドで撮ったものですね。
駐車場で見学時間の開始を待ってたら、牧場のスタッフに間違えられた思い出が
長靴に農協の帽子をかぶっていたのがまずかったか