B型肝炎弁護団横領事件の続報 【予告するのはホームランだけにしてくれ】 | 福岡の弁護士 水野遼

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はじめに

 
以前に紹介した
 
 
これについての解説動画はこちら
に関連して、とんでもない続報が入ってきた。
令和6年1月30日付熊本日日新聞の報道によると、熊本県弁護士会の執行部が、問題のU弁護士に対して、懲戒請求の予定を事前に通知していたというのである。
着服疑い元弁護団長に懲戒請求予定を事前通知 熊本県弁護士会 「懲戒逃れ」誘発か
これはとんでもない話であり、耳を疑うようなレベルである。
 

懲戒請求の仕組みと本件のあるまじきポイント

弁護士は、いずれかの弁護士会に所属することが義務であるとされており、不祥事を起こした場合などは、所属している弁護士会から処分を受けることになっている。このため、処分される時点で、弁護士がその弁護士会に所属していないと、処分はできないということになる。
このため、弁護士は、懲戒請求を受けた場合には、他の弁護士会に登録替えしたり、退会して登録を抹消したりすることはできないようになっている。
しかし、本件では、ご丁寧なことに、懲戒請求をする張本人である弁護士会が、わざわざ、懲戒請求される相手に、「今から懲戒請求しますよ」と教えているのである。そんなことをされたら、普通の人間は、懲戒なんてされたくないに決まっているのだから、慌てて弁護士会を退会して、懲戒処分ができないようにするというのは、ちょっと考えれば分かる話である。少なくとも、懲戒手続について熟知しているはずの、弁護士会の執行部に在籍する弁護士が、そのような事態を想定出来なかったというのは考えにくい。
人は、己の地位にしがみつくし、自己保身のためにはどのような汚いまねでもする。これは歴史の常であり、弁護士業務をしていれば体感として身につくものである。
 

あり得ない弁護士会長の弁解

これについて、弁護士会長は、熊本日日新聞の取材に対して、以下のように回答したという(令和6年1月30日付熊本日日新聞)。
 
懲戒請求は当該弁護士にとって重大で、理由がないとできない。本人に事実確認する必要があると判断した。弁護士会の手続きに瑕疵はなかったと考えている。
 
しかし、このような回答は極めておかしな話である。その理由は大きく分けて3つある。
(1)まず、懲戒請求が対象弁護士の地位を左右しかねない重大な手続きであり、理由なく懲戒できないというのは当然の話で、U弁護士に限らず全弁護士に同様に妥当する話である。では、熊本県弁護士会は、これまで弁護士会が懲戒請求者となって懲戒請求をする時に、毎回、対象弁護士に事前告知していたのだろうか。例えば、令和4年には、成年被後見人らの預かり金8千万円超を横領したとして、同会所属のH弁護士(当時)を熊本県弁護士会が懲戒請求しているところ、H弁護士の時には事前通知したのだろうか。していないとすれば、U弁護士には事前通知して、H弁護士にはしなかったことの合理的理由はどこにあるというのか。ちなみに、H弁護士の懲戒手続には、U弁護士が綱紀委員として関与していたとのことである(熊本日日新聞令和6年17日報道)。
(2)次に、一般市民ではなく、弁護士会自身が、所属弁護士を懲戒請求する(これを「会立件」と呼ぶことが通例である)場合には、通常、相当に慎重な検討を経た上で、懲戒事由に該当することが間違いないとの確信を持った上でないと、通常はやらないということである。つまり、対象弁護士の自白がなくとも(否認したり、回答を拒否したりした場合でも)、それ以外の客観的証拠から懲戒処分を基礎づける事実を認定出来るくらいでないと、通常は会立件を行わないはずである。
(3)そして、懲戒処分を受けた弁護士には、もちろん、反論する機会が与えられている。自分に有利な証拠を提出することも、当然、可能である。そうである以上、懲戒請求に先立って事前に本人に通告しなければならない理由はどこにもない。「本人に事実確認する必要がある」のであれば、懲戒手続の中で行うこともできたはずである。
このように、弁護士会長の弁解は、およそ弁解の体をなしていない。とんでもない話だ。
 

弁護士会の恩情対応がもたらす弊害

このような熊本県弁護士会のやり方や、新聞社に対する会長の弁解は、非常に問題である。
まず、対一般市民について言うと、懲戒制度に対する誤解を広めかねない。ただでさえ、本件では、会計責任者の問題など、世間的には疑惑の大きなものである。いくら弁護団活動・人権活動の英雄であったベテラン弁護士であったとしても、懲戒手続に関してこのような特別な情誼をかけたということになれば、懲戒制度ひいては弁護士自治に対する世間の信頼を失うことになりかねない。
次に、若手弁護士に対する関係である。このような対応は、若手弁護士に対して、ベテランの不祥事には恩情をかけるのが弁護士会という組織なのだというメッセージを与えかねない。そうなると、弁護士会はますます、若手の失望を買うことになるだろう。
動画でも述べたとおり、この事件は、単なるいち単位会内の集団の内部紛争ではなく、弁護士全体の信頼に関わる重大な事象である。それが、身内の恩情によりうやむやにされるようなことがあってはならない。事前通知の件だけをとっても、弁護士会長は即刻、引責辞任すべきである。その上で、県外の弁護士や公認会計士で構成される第三者委員会を設置し、事案の解明を行う必要がある。場合によっては、日弁連の本体が腰を上げるべきではないか。予告するのはホームランくらいにしてもらいたいものである。

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