本郷稔(ほんごうみのる)の目の前に座っていたのは一見、どこにもいるような中年男だったが肌ツヤは良く実年齢よりも10歳ほど若く見えた。
本郷はいつも取り調べを行う際の、冷静で機械的な口調で話し始めた。

「温田一成、57歳。港区麻布十番1丁目の地下に『裏カジノ』を経営し、年間100億以上の利益を上げていた。間違いないな」

「ええ。それに関してはもう何度も認めてますが」

すると本郷は顔を上げ、温田を睨みつけた。

「お前は私の質問にだけ答えればいい」

冷静な口調のまま、本郷は続けた。

「私が聞きたいのはお前が経営していた『裏カジノ』の営業形態だ。どうしてお前は通常のカジノのような――ルーレットやブラックジャック、バカラではなく、あの『奇妙な形態』にこだわったんだ?」


「別に奇妙でも何でもありませんよ」


「ふざけるな!」本郷は右手で机を叩いた。

「お前のカジノでは、台の上に100万円の札束を立て、1回1万円でコルクの玉を詰めた銃で撃たせてたらしいじゃないか。
そして札束が倒れるとその札束を客に渡していた。なんでそんなことをした!?」

すると温田は片頬を上げ、静かに言った。

「『射的』――ですわ」

その瞬間、本郷は机の上の蛍光灯をつかんで温田に向けた。まぶしさに温田は目を細めた。


「じゃあ、札束だけじゃなく現金1億円の入ったアタッシュケースを台の上に置いていたのは何だ!?」

すると温田は笑いながら答えた。「刑事さん、お祭りに行ったことないんですかい?」

「どういう意味だ?」

「『射的』ってのはね。『目玉』が必要なんですわ。……最近で言うと、PSPなんかが目玉として置かれるわけですが――でもね、刑事さん、PSPは絶対に落ちないんです。もう、土台にガッチリと固定されてるんですわ」


「それは、卑怯じゃないか」


「そのとおりです。でもね刑事さん、もしかしたらあのPSPが落ちるかもしれない、そう思いながら引き金を引くとね、射的ってのはたまらなく楽しいんですよ」


そして、温田はゆっくり顔を上げた。

「刑事さん。落ちたら、そこで終わっちまうんです。だから、PSPずっと立ってなきゃいけない。あのPSPは『夢』みたいなもんなんだ。夢はかなったら終わっちまう。だから終わらせちゃいけないんです」

その言葉を聞くと、本郷は冷ややかに笑いながら言った。

「でも、それがお前の命取りになったな。1億円のアタッシュケースを落とすために980万円つぎ込んだ男のタレ込みでお前の経営する裏カジノ『裏十番祭り』の存在があきらかになったわけだからな」

しかし、温田の顔から余裕の笑みは消えなかった。

「PSPが取れないと親に泣きつく――それもまた、祭りですわ」

本郷はイラ立ちを募らせた。本郷は資料を乱暴にめくり、温田に向かって差し出した。
そこには、六本木ヒルズのマンションの1室の間取り図が書かれてあった。

「クッキーの上に『間取り図』を書いて、この図通りに切り抜くことができたら、このマンションの権利書を渡していた――これも祭りか?」

「ええ。『型抜き』です」

そして温田は愉快そうに笑った。

「一度、最後の最後、トイレの部分で失敗したお客さんがいましてね、『トイレ使えない状態でいいから部屋よこせ』って言ってましたわ」

苦虫をかみつぶしたような顔で本郷は資料をめくった。

「これを見ろ! これは明らかな売春行為だぞ!」

「女を立たせて、頭に輪が入ったらお持ち帰りできる、『輪投げ』です。ただ、彼女たちも人間なんでね。嫌な客のときは、若干首を動かして逃げようとするんですよね。でも、お客さんからしたらそれがたまらないっていう」

「これは?」本郷は次のページを、温田の前に突きつけた。

「『天然記念物すくい』ですね。この水槽で泳いでいる魚はすべてワシントン条約違反の絶滅危惧種です」

「これは!?」

「中身がドンペリの『ラムネ』です」

「これは!?」

「ダイオウイカの『イカ焼き』です。食べきれない量の上に、味も死ぬほどマズい。2つの意味で『食えたもんじゃない』です」

「もういい!」

本郷はまるで強い力で戸を閉めるかのように、資料を勢いよく閉じた。そして大きく息を吐くと温田にたずねた。


「どうしてお前は、こんな『裏カジノ』を作ったんだ?」


温田は、机の上に置かれた資料をしばらく見つめていた。そしてゆっくり顔を上げて本郷を見つめると話し始めた。


「刑事さんは、子どもの頃あんなに楽しかったお祭りが、何で大人になるとつまらなくなるか分かります?」


本郷は何も答えなかった。温田は続けた。


「子どもの頃、お祭りが楽しかった理由はね、『手に入らなかった』からなんです。親から小銭を渡されて、その限られたお金をどう使おうか、何に使おうかと考える。そのとき私たちは、お祭りの出店と、1回1回、真剣に向き合ってた。でも、大人になると、何でも簡単に手に入ってしまう。そして簡単に手に入ってしまうものに、人はワクワクできないのです」

温田の瞳は、50代とは思えないほど澄んでいるように見えた。

「刑事さん、遊びってのはね、『手が届かないもの』じゃなきゃいけない。手が届かないから、そこに向かって手を伸ばす、それが遊びの本質なんです。だから私は『裏十番祭り』を作った。作らざるを得なかった」

温田の話をじっと聞いていた本郷はつぶやくように言った。

「……だが、お前がしたことは犯罪だ」

温田は本郷の目をまっすぐに見つめて言った。

「ええ。そうです。そのとおりです。……でもね、刑事さん。私は、あの、子どもの頃のワクワクした気持ちを、もう一度味わってほしかったんです」

そして温田は最後に言った。


「刑事さん、あなた、最後にお祭りに行ったのはいつですか?」


本郷はすぐに答えることができなかった。

小さな虫が、取調室の蛍光灯の周りを、何度も同じ弧を描いて飛んでいた。