「特定のジャンルを極めた人の話」というのは必ず人生に役立つヒントが得られるものなので、このブログもあなたにとって間違いなく有益になると思うのですが、



私、手土産を極めし者なのですね。



得意先への手土産、会社を卒業する人への贈り物……ありとあらゆる手土産において、相手の好み、背景、TPO、考え得る様々な要素を踏まえて相手の喜びを最大化することに全身全霊を注いで参りました。


そんな私が、今回。


登山で言えばエベレスト。


数学で言えばポアンカレ予想。


魔界村で言えばパンツ一丁のアーサーでノーダメージ2週目クリア。


手土産界において、最難関と呼ばれるジャンルに挑むことになりました。



そう――


「ファミレスへの手土産」です。


「は? こいつ何言ってんの?」と今、スマホ画面をアホ面で見ているあなたに、この言葉を手土産として贈りたい。


「素人は、黙っとこ」


手土産の手の字も知らないド素人が口出すと全歯バッキバキに折れて虎屋の羊かんも嚙み切れない体になるからね。手土産ってそういうジャンルだから。


――というわけで話を戻しますと、

先日、デニーズに行ったところ、入り口の扉にこんな張り紙がありました。



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3月23日をもちまして閉店させていただきます

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ついにこの日が来てしまったか――。

私はショックのあまりその場に崩れ落ちそうになりました。

このデニーズは料理も接客も本当に素晴らしく、「いや、ファミレスなんだからどこも同じじゃね?」などと言う輩には、ヨックモックのシガール1缶分(30本)を口に突っ込んで黙らせることになりますが、

以前、私の隣の席に、このお店の元スタッフらしき人が座っていたときに店員さんが次々に挨拶に来ていて、「あぁ、ここは本当に温かい店なんだな」と思ったことがありました。

こういうお店はレシピ通りに作っても味に真心が込められ、接客も優しい雰囲気に包まれており、ある意味パワースポットみたいなものなので仕事が本当にはかどるのです。

じゃあなぜそんな素敵な場所が閉店してしまうのかというと、かなり前から建物の取り壊しが決まっていたようなんですね。

そして、この状況において、通常の客なら「寂しいね」で終わるところですが、私は、ご存じのとおり、手土産マイスターじゃないですか。手土産八種競技日本代表のキャプテンであり「TE・MI・YA・GE」を世界共通言語にした張本人じゃないですか。


だから、私は、デニーズ閉店の日に持っていくことにしたんです。手土産を。


しかし、それは同時に、私の手土産人生における最大の試練の始まりでした。


なぜなら、数年間通ったこのデニーズの店員さんたちと私が交わした会話は、


(入店時)

店員「こちらの席はいかかですか?」

私 「はい」

店員「タブレットでご注文ください」

私 「はい」

店員「今日のお勧めはこちらの……」

私 「はい」



(退店時)

店員「デニーズのアプリをお持ちですか?」

私 「ないです」

店員「駐車券はご利用ですか?」

私 「大丈夫です」

店員「お支払いは?」

私 「suicaでお願いします」


以上です。



いや、もし、気さくに話せる店員が一人でもいたら手土産を渡すのは魔界村をサイバートラックで突っ切るくらいのイージーモードなんですよ。

 

しかし、見知らぬ客がいきなり手土産を持ってきたら店員さんとしてもさすがに警戒するのではないでしょうか。
 

 

しかし――


「手土産と戦争においては、あらゆる戦術が許される」


イタリア手土産界のレジェンド、ドン・レガーロの言葉です。手土産として素手でプリンを包んで差し出した伝説を持つ彼の著書、

 

「最高の手土産は『手ぶら』である」

 

は世界的ベストセラーになったのでご存じの方も多いですよね。


そんな彼の言葉を胸に、ありとあらゆる戦術を使ってこの手土産を渡し切ることを決意したわけですが……

 


ちなみに、あなたなら、この場合の手土産で何を選びますか?


たとえば、定番の「クッキー」や「紅茶」にするか? でも、なぜデニーズの店員への手土産として「クッキー」や「紅茶」が妥当なのか、納得感のある裏付けはあるでしょうか。また、手土産には受け取ったときの「おっ」という驚きが欠かせませんが、距離感が遠い相手に対して高級すぎる物も問題です。



……どうです? めちゃくちゃ難しくないですか?


ただ、結論を言うと、私は、マイスターでした。

 

完璧な正解にたどり着いてしまったんですね。

 

その正解とは……









千疋屋のゼリー(果肉入りのやつ)







いま、あなたはこう思っているでしょう。「普通やん」と。
そんなあなたには、小型爆弾を仕込んだクラブハリエのバームクーヘンを首に巻きつけてデスゲームに強制参加してもらうことになりますが、


「千疋屋ゼリー(果肉入り)」という選択には、幾重にも積み重ねられた洞察と叡智が結実しているのです。

まず、繰り返しになりますが、

「見知らぬ客からいきなり手土産を渡される」

これはデニーズ側からしたら不安になります。もっと言うと、キモいんです。

そしてこのキモさをいかに消すかが今回の最大のミッションと言えるわけですが、

 

まずはこちらをご覧ください。

 

 

どうです?

 

この千疋屋の洗練されたデザインの紙袋であれば、生のアンキモ入っててもキモくありません。

 

それに加え、今回、私は「ゼリー以外はあり得ない」という結論に至りました。



その理由は……

 


ゼリーは、


フタをあけるとき、


面倒だからです!!!



今、完全なきょとん顔をしている手土産ビギナーのあなたには、文明堂のカステラの敷紙についたザラメを1粒ずつピンセットで取り外して分け与えるくらいの丁寧な説明が必要かと思われますが、

ゼリーを密封するためにかぶせられたプラスチックのフタがありますよね。「これ、一人で部屋にいたら絶対、歯を使って開けるのにぃ!」でお馴染みの、あの面倒なフタです。

 

 

しかし、闇あるところに必ず光あり。フタを開けるのが面倒だということは、それだけ厳重に守られているということ。

 

つまり、このフタがあることで、見知らぬ人から贈られたものであっても、受け手は「変なもの入ってねえぞ」と安心するのであり、


まさに千疋屋のゼリーこそが、


「キモさ」に完全なフタをしているのです!!!



――こうして私は、デニーズが閉店する日の朝、銀座三越本店に降り立ちました。
(千疋屋をはじめ銀座デパートなどの開店時間は11時ですが三越だけ10時開店であり様々な場面で重宝します。手土産リテラシーとして押さえておきましょう)



そして、私は


千疋屋のゼリー12個(果肉入りのやつ)


を注文し、店員さんが袋に包んでくれている間、改めて、デニーズに持っていく手土産としてありとあらゆる点で完璧であると結論づけたのですが、包み終わって手提げに入れてもらい、店を後にしようとしたその瞬間、脳裏に、一抹の不安がよぎりました。





12個で、足りるのか――?





私の見立てではあのデニーズで働く人は厨房も入れて、7~9人。

しかし、昼番、夜番があり、店員が入れ替わることを考えると12個では足りない。

では、果肉が入っていない18個入りのゼリーが正解だったのか? 否。否、否、否ぁ!自分がデニーズのアルバイトで閉店時に渡された手土産のゼリーで考えてみれば果肉入りに軍配が上がるのは一目瞭然っ!

だが!

しかし!!!

1箱追加のなんとリスキーなことかっっっ!!!!!!!


繰り返しになりますが、今回の手土産のコンセプトはキモさを消すこと。


キモくないことがキモなのです。


その手土産の量を倍にするということは、同時にキモさも倍になります。


そんなキモにまみれたキモ土産を、私は渡キモすことが出キモるのだろうか――。


――ただ、それでも。


私は、ひと箱追加を決断しました。


なぜなら、今回、手土産を渡すときに添えるであろう一言。



「みなさんで食べてください」



この言葉が嘘にならぬよう、たとえ積み荷の重量が倍増しようとも、目的地まで運び切るのが手土産マイスターとしての矜持なのです。




――こうして私は、千疋屋のゼリー24個を片手に、最終日のデニーズに降り立ちました。



そして、席に通され、向かい側の椅子に千疋屋のゼリー24個を置いた私は――




全身にゼリーを塗りたくられたんじゃないかってくらい冷や汗をかいていました。


千疋屋の紙袋がね、パンパンなんですよ。

24個のゼリーを入れられた千疋屋の紙袋がびっくりするくらいパンパンになってて

 

紙袋の真ん中に描かれているあの貴婦人が

 

 

って悲鳴をあげているんです。

 

 

そんなキ漏れ寸前の紙袋を挙動不審な男が冷や汗でびっしょびしょに濡れた手で「お、お、お世話になりました……」と差し出してきたら受け取るどころか逃げ出されるのではないでしょうか。

 

そして、もし、そんなことになったら、今後、私はデニーズの黄色い看板目にしただけでこの出来事がフラッシュバックして嘔吐しながらのたうちまわることになり、当然、デニーズはセルフ出禁です。

(ああ、どうしてこんなことになってしまったんだ――)

 

私は頭をかきむしりました。

 

(だいたいドン・レガーロって誰だよ。いねーよそんなやつ!)

やり場のない怒りもわいてきました。


でも――それでも――実行しなければならない。


なぜなら、それが、私だから。


常に何かに怯え、肝っ玉とびっこサイズの私が、それでも何かを手に入れようとしたから、そこにハウツーが生まれた。

だから今回も、この試練を乗り越えることで、必ず誰かに役立つハウツーが生まれるはず――。

 

そう自分に言い聞かせた私は、うつむけていた顔をゆっくりと上げました。

 

そして、改めてデニーズの店舗を俯瞰の視点で眺め、どのタミングでどのように渡せば最も高確率で受け取ってもらえるかを客観的に分析したところ、すぐに結論は出ました。

 

これは、ビジネス交渉でも言えることですが、

重要なのは、最初にトップを落とすこと。


そして、デニーズの店舗のトップとは言わずもがな――店長です。


逆に、トップを狙わず店員に渡した場合、「店長に相談します」となり、相談を受けた店長は「どゆこと?」となり不信感は増さざるを得ない。

であれば。

直接店長に話しかけ、なぜ手土産を持ってきたのかを誠心誠意伝えれば、受け取ってもらえる確率は格段に上がるはず。


「これが、正解だ――」


このとき私は、先ほどのゼリーのような冷や汗は完全に干上がっており、熟練の手土産スナイパーの目線でもってデニーズ店内を見回したところ、一人だけ、明らかにオーラの違う店員を発見しました。長年通い続けてきたこのデニーズで初めて見る顔であり(おそらく今日が閉店だからホールに立っているのでしょう)、その人物だけ赤色のストラップをしていたので間違いなく店長であると確信しました。

そして私は、店長が一人きりになる瞬間を見計らって立ち上がったのですが、

そのとき、私の中の何かが、行動を止めたのです。

私がこのデニーズに通ってきた数年間。ずっと働き続けている50代くらいの女性の店員がいました。私はその女性に案内してもらうことが多く、物腰も柔らかで非常に好感の持てる方でした。

 

手土産を本来の意味で渡すのであれば、彼女に持っていくべきなのではないか――。

 


ただ、その女性と交わした会話は、もちろんマニュアル通りのものでしかなく、一切面識はありません。


しかし、このとき私は、何か導かれるようにして――その女性がレジに立ったときに伝票を持って、レジに向かったのです。

 

そして、いつもどおりの――

 

 

 

最後の会話を始めました。

 



店員「デニーズのアプリをお持ちですか?」


私 「ないです」


店員「駐車券はご利用ですか?」


私 「大丈夫です」


店員「お支払いは?」


私 「suicaでお願いします」

 

 

店員「(端末の操作を始める)」

 

 

私 「……あ、あの」


店員「はい?」


私 「このお店、今日で閉店ですよね」


店員「え? あ、はい。そうなんです」


私 「僕、このお店大好きでたくさん利用させてもらったので、もしよかったら……(手土産を取り出す)」


店員「え!?」


私 「本当にお世話になったので……」


店員「あ、ありがとうございます。……店長を呼んできます!」


そして女性店員が店長を呼びに行ったのですが、現れたのは私が店長だと確信していた人と

 

 

 

 

 

まったく別の人でした。

 

 




あっぶねぇー。

 

 

 

あの赤ストラップ男に「店長!手土産です!」とか言って渡してたらマジでおかしなことになってたわ――。



心から安堵しながら本物の店長とあいさつを交わし、女性店員さんとも話したのですが、


手土産を持っていったことで良かったのは、




「私はデニーズの〇〇店に行くことが決まってるんです」
「私は〇〇店です」


と店員さんの次の働き先が決まっているのを知れたことでした(お店がなくなってどうなるのか心配だったので)。


そして、私が手土産を手渡した女性店員さんは、

 

 

 

「こんなにたくさん……ありがとうございます……」

 

 

 

と涙ぐみながら喜んでくれたのですが、
 

何よりうれしかったのは、女性店員さんが私を店長に紹介するとき、


「こちらの方は、いつもご利用してくださっているお客様で……」


と言ってもらえたことです。


これまで交わした会話はマニュアル通りでしたが、その裏側には人のつながりがあったことに感動しました。


そして、閉店するデニーズへの最高の手土産は、



「店員さんに記憶されるほど何度も通ったこと」



であり、



具体的なものを渡さなくても、たくさんの人が、このお店に素晴らしい手土産を置いていったんだ思います。



このお店は、いつも本当に多くのお客さんであふれかえっていましたから。