水野
――それじゃあ今回は『快楽化』について聞いていきたいと思うんだけど

真壁
「はい」

――まず、最初に『快楽化』について簡単にまとめておくと、すべての生物には

「気持ち良い方に向かい、つらいことから逃げる」

という行動原則があって、人間ももちろん例外じゃないから
「本質的につらいことは続けられない」
ということだね。
でも、ハタから見たらとんでもなくつらい努力を続けられる人もいる。その人たちはどうしてるかっていうと、その努力を「快楽化」することに成功してるんだよね。

じゃあ具体的に「努力の快楽化」はどうしたらいいかというと、2つの方法があって

■「努力をすることで将来手に入る『快楽』を(何度も、楽しく、鮮明に)イメージする」
■「努力をしないことで、自分が本来手に入れられるはずだった『快楽』がどれだけ失われているかを(何度も、鮮明に)イメージする」

この方法を使って、今までつらいと感じていたことが、むしろ「やりたい」と思えるように自分を教育していくことが「快楽化」ということだね。

「ダイエット」を例にすると、目の前にある甘い食べ物を我慢することで

・美しい体が手に入る
・着たかった服が着れるようになる
・好きな人に振り向いてもらえる
etc……

こういうイメージを思い浮かべてワクワクすることで、「努力の快楽化」は進んでいく。

また、目の前の甘い物を食べてしまうことで

・太ってしまう
・肌が汚くなる
・好きな人から嫌われる
etc……

そういうイメージを持てれば、どんどん目の前の甘いものを食べたくなくなっていく。

あと、さらに、もう一つ踏み込んだ方法として「物語化」というのがあって、
たとえば、
「このダイエットを成功させることで、自分に自信がついて、さらに他の分野の行動もコントロールできるようになる。そうすれば自分の思いどおりの人生を手に入れることができる」という風に、「点と点」をつなげて一つのストーリーにしてしまうと、さらに「快楽化」は強固になっていく。
 いわゆる「成功者」と呼ばれる人は、この「快楽化」「物語化」を意識的、もしくは無意識のうちにできている人たちだと思う。

――まあ「快楽化」をざっくりと説明するとこういう感じなるわけだけど、真壁もこのロジックは知ってるわけだよね?

「はい、完璧に理解してます」

――じゃあなんで脚本が書けないの? 優れた脚本が書けるかどうかは別にしても、「脚本を書く」という作業を快楽化すれば、一文字も書けないってことはないはずだけど。

「その点に関しては、僕の中でもう答えが出てるんですよね」

――その台詞を自信満々に言えてしまうお前が不思議なんだけど、とりあえずその答えを教えてもらおうかな。

「『回路』が死んだんです」

――回路?

「はい。そもそも面倒な行動を『快楽化』をするには、長期的な目で見たときの『快楽体験』が必要だと思うんですよね。
いくら『イメージする』と言っても、何かを我慢して大きな快楽を手に入れる経験をしたことがなかったら、脳は『そんなこと言っても騙されねーぞ! 目の前の快楽の方が確実だからね!』ってなると思うんですよ」


――確かに、それはそのとおりだけど……でも真壁は、頑張って結果を出した経験はあるわけだろ? 大学一年の時は映画を撮って、学生の賞を取ったりしたわけだし。

「あのときはまだ回路が生きてたってことでしょうね。だから水野さんにも連絡を取って会いに行ったり、それ以外にも色んなことに挑戦できたんだと思います」

――じゃあ、その回路はいつ死んだの?

「うーん。いつ、だろう……。いや、死んだことは間違いないんですけど、いつ、誰に僕の回路が殺されたかっていうのは……これは結構大きな謎ですね。『回路殺人事件』ですね」

――いや、犯人は間違いなくお前だけどな。

「ただ……これといった決定的な出来事はなかったような気がするんですよね。時間をかけて徐々に衰弱していった気がします。……あ、でも、もしかしたら、あれかもしれないですね」

――「あれ」?

「俺、大学時代に映画撮ろうと思ったきっかけって、そのときもやっぱり好きな女の子がいて、その子に振り向いてもらおうと思って撮り始めたんですよ。その女の子が女優とかアナウンサーとか目指してる子だったんで、その子と付き合うには、普通の職業じゃだめだろうからクリエーティブ系に進もうって思ったんですよね。それで頑張って映画撮って、その女の子に告白したんですけど」

――どうなったの?

「『近づくと鳥肌が立つ』って言われました」

――……相当なフラれようだな。

「ええ。今だにその言葉忘れられないですよね。あのとき、頑張って映画を撮ってた俺に教えてやりたいですよ。『今、君が頑張っている一挙手一投足はすべて【鳥肌】に続いてるよ』って」

――つまり、女の子にフラれて報われなかったからやる気がなくなったと。

「いや、違うんです。そのときは、まだやる気はあって『もっと頑張って自分の魅力を上げよう』って思ってたんですよね。好奇心もありましたし。だから当時は水野さんのアシスタント以外にも、放送作家の人のアシスタントをしたり、あと、スキーサークルの代表やってて、そのサークルを立て直そうとかそんなこともしてましたね」

――そういえば文化祭で占い師集めて店開いたりもしてたよな。

「はいはい。やってました」

――じゃあ、回路が死んだきっかけは?

「ああ、それなんですけど、そのとき色々なことに手を出してたんですけど、正直、一つも目に見える結果が出なかったんですよね。それでそのまま少しづつやる気がなくなっていって。まあその時期に村石くんにパチスロ教えられたっていうのもあるんですけど」

――おお、村石か。懐かしいな。

 ※村石は真壁と同時期に事務所に出入りしていた男の子です。

「結果が出ない時期が長く続くと、『やってもまたダメだろうな』って思うようになって、新しいこと始めるのもどんどん億劫になっていくんですよね。最初の頃は、この程度だったらいつでも越えられるって思ってた壁も、いつのまにか越えることのできない真の壁になっていったんです。真壁だけに

――ドヤ顔で言ってるけど、全然うまくないからね。
 でも、確かに、「結果が出ない」=「長期的な快楽が得られない」わけだから、
 「回路が死んだ」というのは正しいかもしれないね。

「はい」

――じゃあ、その真壁が「死んだ」と表現している回路はどうやったら生き返るんだろう?

「うーん……。それはやっぱり、リハビリみたいに、小さいところからコツコツ始めていくしかないと思います。ハードルを低くして、小さい成功体験を積んで回路を回復していくってことでしょうね」

――そうだよね。やっぱりそうなるよな。……あ!

「どうしました?」

――そういえば、昔、「イチロー塾」ってやらなかったか?

「ああ、ありましたねイチロー塾」

――イチロー塾っていうのは、知らない人のために説明すると、昔、真壁、村石、野口の3人が事務所に出入りしていて、毎週日曜日に集まって色々会議していたとき、「人間は努力すれば誰でもイチローみたいになれるんじゃないか?」という仮説で盛り上がって、みんなでを特訓しようってことになったんだよな。確か、2005年くらいだったかなぁ。

「そうですね。その頃ですね」

――それで、毎週、各々が自分で課題を決めて、それが達成できたか報告することになったんだけど、全然誰も達成できなくて、でも、達成できないだけならまだしも、村石が……

「村石くんが、自分で決めた目標が『犬の散歩をする』で、しかも、『散歩できませんでした』って報告したんですよね」

――そうそう。それで俺が「そんなんでイチローになれるか!」ってブチ切れて。

「しかも村石くん、あのとき『でも、イチローも柴犬飼ってますよ』みたいな言い訳してましたよね」

――うん、それで俺の心が折れて「イチロー塾」解散したんだよな。ということは、だ。もし、真壁の失われた回路を復活する方法が
「小さな成功体験を積み重ねる」
だとしても、俺としては、イチロー塾の二の舞になるんじゃないかって思っちゃうんだよな。

「(しばらく考えてから)それは、そうとも限りませんよ」

――……どういうこと?

「今、思ったんですけど、犬の散歩って結構難しくないですか?」

――は?

「いや、今、リアルに考えてみたんですけど、犬を散歩するには、時間を守らなきゃいけないですよね。しかも、毎日のことでもあるんで、思った以上に厳しいですよ。だから、あのときイチロー塾は解散しちゃいましたけど、もしかしたら村石くんはハードルを下げるべきだったんじゃないですか」

―――そう、かな……。

「というか、僕今思ったんですけど、そもそも新しいことを始める壁がどんどん高くなっていく――いわゆる『真壁化』してしまった場合、『人から見てどのレベルなのか』とか考えちゃダメなんですよ。回路自体がダメになっている以上、平均と比べたらますますモチベーションは下がりますからね。あくまで自分の中のモノサシだけで判断しなけりゃいけないんじゃないですか?」
 
――確かに、それは一理あるね。できないってことは、どんどん周りから置いていかれるわけだから、その落差を考え始めると達成するのが難しくなってしまう。つまり、『快楽化』は遠のくわけだね。

「僕が『結果が出ない』って考えてたのも、周囲から見て認められるレベルの結果ってことだったと思うんですよね。でも、本当は、『朝起きる』とか、『朝起きて歯を磨く』とか。ハードルをできるだけ下げて、ちょっとの達成も見逃さずに自分をホメて鼓舞していく『鼓舞力』みたいなものが必要なんだと思います。つまり、犬の散歩ができなかった村石くんが、次に目標とすべきだった課題は――『犬の頭をなでる』だったんです!」



水野メモ

前向きな、真壁もいる

 真壁との会話がポジティブな結論に着地するケースがあるとは思っていなかったのでこれは驚きだった。 
 ただ、どうしてこういった展開になったのか考えてみると、その理由は、この会話が「真壁のダメさを責めるものではなかった」からなのかもしれない。
通常、こういう会話が交わされる場合、言葉の端々に「真壁、このままじゃダメだろ」「もっと頑張れよ」というメッセージが含まれることになる。しかし、この会話は、真壁という人間が変われない理由を「純粋に」知ろうとしていたわけであり、ダメな真壁を責める空気は一切存在せず、真壁の現状を良い意味で「棚に上げ」て、二人で意見を出し合うことができた。
そもそも「ダメな人を頑張らせよう」として意見を言うとき、言われる側は「他人からコントロールされるのを防ぐ」ために、無意識のうちに反発する。逆に、「どうしてダメなんだろう」という原因を、純粋な気持ちで探る会話ができれば相手も安心して色々考える。

そもそも、前向きになりたくない人なんて、存在しないのだ。




「あと、こうやって『知識』を振り返るっていうのも大事かもしれませんね」

――どういうこと?

「いや、僕も『快楽化』に関する知識は持っていたんですよね。だから『分かってる』って思ってたんですけど、改めてこうやって聞いてみると、『分かってる』っていう認識だけがあって、実際その中身は空洞だったというか、『快楽化』の本当の意味を忘れてる自分がいました」

――なるほど。



水野メモ

「分かってる」が一番危険

真壁は「快楽化」という概念を「分かったつもり」になっており、だからこそ、「快楽化してみよう」という考えがずっと長い間思い浮ばなかかったという。
何かに対して「分かってる」と考えた瞬間、その分野に対して認識を改めたり、本質的に理解することは不可能になる。
分かってないのに「分かってる」と思うくらいなら「知らない」方が遥かに可能性がある。




今回の『快楽化』の話では、真壁の成長に関して光を見つけられたという点で大きな収穫があった。
次回は、3大成功法則の2つ目「因果関係」について真壁に詳しく聞いてみたい。


※ 「ウケる日記」は来週火曜日更新です。


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