真壁
「今年(2013年)も1月1日の深夜0時、カウントダウンと同時に禁煙しましたよ」

水野
――その禁煙は続いてるの?

「いえ、失敗しちゃいましたね。1月1日の深夜2時に吸っちゃったんです」

――え? え?

「今年の禁煙は、2時間でしたね」

――それは禁煙っていうより、タバコからタバコへ向かう間のインターバルじゃないのか。

「いえ、今年は前々から禁煙するって決めてましたから。それで12月31日の大みそかに最後の一本吸って終わろうと思ってたんですよ。ちょうどそのとき、ドラクエ10をプレイしてて、カウントダウンのときにみんなに花火が配られたんです。それで僕の最後のタバコの火でネット上の花火につけるイメージで。リアルとバーチャルがつながっちゃったみたいな感じで」

――ちょっと何を言ってるか分からないんだけど。

「まあそれは頑張って理解してもらうとして、とにかく画面の中で打ち上がる花火を見ながら『今年は変わるぞ』って誓ったんですよ。そのときちょうど、ほら、僕が好きな女の子と一緒にいたんですけど、やっぱり僕たち日本人なんで、花火を一緒に見てると盛り上がらざるを得ないっていうか。ロマンチックな雰囲気になってきてたんですよね。それで『ここはかなり勝負会話になるぞ』って思ったんです」

――……なるほど。

「そう考えたら、もう、とんでもなく緊張してきまして。気づいたときには、右手の人差し指と中指の間にタバコが挟まってたんですよね」

――なんで!?

「そのとき僕もまったく同じ台詞をタバコに向かって言いました。『なんで!?』と。ただ――たぶん、脳が緊張に耐えられなかったんだと思います。そしてその緊張を緩和するために、無意識のうちに体を動かしちゃったんでしょうね」

――……。

「新年早々、思わぬトラップが待ち構えてましたよね」

――……お前、今回の禁煙は本気だったのか?

「その質問をしたくなる気持ち、よく分かります。ただ、水野さんもご存じのように、僕はマジで禁煙したいんですよ。やっぱりこのままの生活続けるわけにはいきませんし、もし禁煙できたらその勢いで脚本も書き出せそうな気がするんです。だから禁煙は本気です。ただ、禁煙っていうのは本当に難易度が高いです。髙過ぎます。ある意味、クソゲーですよ」

――ちなみに一番長く禁煙が続いたのは?

「2010年の10月1日に始めた禁煙ですね。3か月続きました」

――そのときはどういう理由で禁煙を始めたの?

「はい。当時好きな女の子がいて、結構いい雰囲気になってたんですけど、自分、そのとき今以上にガリガリの体してたんですよ。それで、いざそういう状況になったらこの体は見せられないなってことで、体を鍛え始めたんですよね。それで毎朝走ってたらタバコ吸いたい気持ちが減ってきたんでこのままタバコもやめてやろうと。ほら、女の子ってキスするときタバコの匂い嫌がる人多いっていうじゃないですか」

――確かにそうだよな。
 でも、どうしてその禁煙は3か月で終わっちゃったの?

「はい。その女の子に彼氏がいることが判明したんで」

――え? それで?

「はい。それで、です」

――彼氏がいても頑張ればいいじゃないの。

「いや、そのつもりは全然あったんですけど。ただ体の方がストライキを起こしてきたんですよね。『Hなことできるって聞いたから頑張ってきたのに話が違うじゃねえか!』っていう、まあ労働組合みたいなものですよ。それで彼らの動きを抑えつけるために、折衷案としてタバコを与えた、ということですよね」

――……まあ、こうやって話してると禁煙続かない理由が分かる気がするわ。

「(笑顔で)分かってもらえましたか」

――ここ笑うところじゃないけどね。

「ただ、僕を弁護するわけじゃないですけど、禁煙が続かないのは僕だけの責任じゃないんですよ」

――いや、完全にお前だけの責任だろ。

「違います。これは声を大にして言いたいんですけど、禁煙っていうのは、自分以上に周囲の人間が大事なんですよ」

――どゆこと?

「はい。たとえば、僕が他に禁煙で失敗した『ピザ事件』ってのがあるんですけど。その日、夕食が無かったんでピザを取ろうって僕が言い出したんですけど、母親の機嫌が悪くて、軽いケンカになったんですよ。それでもやっぱり一度ピザ食べてえなって思った分、頭が『ピザモード』になっちゃってるじゃないですか。それで我慢できなくてピザの出前に電話したんですけど、その電話に出た従業員の対応がかなりひどくて、そこでもちょっと揉めてしまって。それで結局、ピザ頼まなかったんですけど、ピザと同じくらいうまいものを腹に入れないと、と思って、禁煙やめたことがありました」

――それ、完膚なきまでにお前の責任だぞ。

「ただ、そのとき、ウチの母親が僕と同じ銘柄のタバコ吸ってたんですよ! だから母親のタバコがリビングに置いてあって……その意味では僕がタバコを吸った理由は『そこに、タバコがあったから』なんです。もし家族がタバコ吸ってなかったらどうなってたか分からないぞって、今でも思うんですよね。(タバコの煙を吐き出しながら)」



水野メモ

習慣は伝染する

この話を、真壁は単なる言い訳として話しているが、これは一理あると思う。僕もタバコやめてからかなりの年数経つが、一番タバコが吸いたくなるのは、酒を飲んでいるときに友人がタバコを吸っているとき。すぐ目の前にタバコがあり、しかも、その友達にとっては僕がタバコを吸った方がうれしいわけで、「タバコを吸う」という行為に対して引力が働いてしまっている。
そしてこれはタバコに限った話ではなく、人間は常に「努力」と「怠惰」の間で揺れ動いていて、怠惰な人は、頑張っている人の近くにいると居心地が悪くなるし、周囲を怠惰に引き込もうとする。つまり、「変わる」ためには、悪習慣を持つ人を遠ざけ、自分の理想とする人のそばにいるということがポイントになる。
ただ、真壁にそのことを言ったとしても、「やっぱりそうですよね! やつらのせいですよね!」と間違いなく言い出すので、真壁の考えに対しては一切同意せず、「お前は最低のやつだな」とたしなめておきました。



――そういえば、『禁煙セラピー』とかは読まなかったの? あれでタバコやめた人多いよね。

「水野さんも『禁煙セラピー』でやめたんですよね」

――うん。ただ、あの本以上に決定的だったのは、人間ドッグに行ったら、緑内障の可能性があるって言われたからなんだけどね。ウチの実家とか親戚に聞いたらみんな緑内障になってるんだけど、緑内障ってすげー病気で、基本的に治療法は無くて、病気の進行のスピードを遅らせるしかないんだよ。それでどんどん視界が少なくなってって、最後は目が見えなくなっていくんだって。しかもそれを遅らせる方法が、「タバコをやめる」「コーヒーを飲み過ぎない」ってことくらいなんだよ。

「緑内障ハンパないっすね」

――話を聞く限り、相当な刺客だよ、あれは。まあだからそれでやめたんだけど、ただ、『禁煙セラピー』の方法ってかなり有効なロジックだとは思ってて、禁煙に限らず「自分をコントロールする」分野は最終的にあのロジックに行き着くとは思うんだよね。

「よく水野さんが言ってる、『快楽化』ですよね」

――そうそう。
 真壁には何度か話したと思うけど、結局、世の中にある成功法則は3つに集約されると思ってて、それが「快楽化」「因果関係」「傷」なんだけど。

「はいはい」

――まあそれは今後話していくとして、とりあえず、真壁はなんで『禁煙セラピー』はダメだった?

「いや、最初読んだときは結構感動したんですよね。『ああ、これで俺もタバコやめられる』って」

――うん

「それで1週間くらいやめてたんですけど、まあタバコ吸えないとイライラするじゃないですか。そのとき、ふと思ったんですよ。『あれ? 俺、アレン・カー(禁煙セラピーの著者)に騙されてねーか?』って」

――?

「本の中で、こういうこと書いてあったんですよ。『タバコは麻薬と同じで、吸ってないときは、壁に頭をガンガン打ちつけているような状態になる。そしてタバコを吸ったらそこから解放されるからおいしいと感じるだけ。その快楽は偽物の快楽だかが、煙草を吸っているあなたは騙されている』って」

――ああ、書いてあったかも。

「でも、考えてみたら世の中の欲望って、全部同じ構造じゃないですか。たとえば『お腹が減る』っていうのも、アレン・カーに言わせたら『壁に頭をガンガン打ちつけている状態』ですよ。それで食べ物を食べることで『解消』されるわけです。というか、そもそも幸せって、煙草だろうが、ご飯だろうが、恋愛だろうが、全部『上げ幅』の問題じゃないですか。だから、むしろアレン・カーが僕を騙そうとしていたことに気づいたんですよ」

――というロジックを、煙草を吸いたいがために導き出したわけだ。

「『免罪力』ですね。やっぱり、ヤツが来ちゃうわけですよ」

――そいつは、もうどうにもならないものなのか?

「それをなんとかしてくれるんじゃないかと、僕は水野さんに期待してるんですけどね。ただ、言っておきますけど……ヤツは手ごわいですよ。しかも年を経るごとに力をつけていっていますからね。まさにMONSTERです」




水野メモ

真壁を変えるには「根本的な何かが必要」

真壁と話していると、いわゆる「自己啓発」「自己コントロール」で言われる手法が表層的なものに思われ、より根本的な何かが必要な気がしてくる。
今後は、そういった部分を探るべく、「成功法則の3大原理」――「快楽化」「因果関係」「傷」に対して真壁が何を考えているか考察していきたい。



※ 「ウケる日記」は来週火曜日更新です。


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