「さあ、注目の200m走が始まろうとしています。
第1コースはウサイン・ボルト。『サンダー・ボルト』の異名を持ち、人類最速、19秒19の記録保持者です。しかしボルト、緊張しているのか額の汗を何度もぬぐっています。そしてボルトの隣、冷静な表情をしているのが第2コースのエラルド・ゴーリキ。身長は4m88㎝。青色の肌に細長い腕と足が特徴の、銀河87系のオーグル星人です――




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イラスト 羽賀翔一


「――スタートしました! 
まず最初に出たのはウラン星人! 12本の足をまるで車輪のようにしてトラックを突き進んで行きます! しかし、その横、ミーバ星人のしなやかな身体が伸びていく! 軟体であることを利用して体の一部を先へ飛ばす走法です! オーグル星人も早い! 圧倒的な身体のバネを使ってものすごいスピードで進んでいきます。
そして……最下位争いは、地球人のボルトと金星人のグレイ! 
おっとグレイ転倒!グレイが転倒しました! 
――ここでも負けたのは金星人! 今大会の『黒星』は金星で確定か――」





 スクリーンの映像が消え部屋に明かりが灯された。眩しさに目を細める。
相変わらず俺の目の前にあるのは忌々しい鉄格子。その向こうには白い服を着た人間が三人いる。その中の一人の女が言った。
「今見てもらったのが前回の『宇宙五輪』の映像よ。オリンピックの金メダリストたちを派遣した地球は惨敗。もし金星が参加していなかったら『黒星』になったのは地球だったでしょうね」
 スクリーンが切り替わり、青い肌のオーグル星人が金星で殺戮を繰り返す映像が映し出された。
「『黒星』は宇宙五輪で優勝した『白星』に資源を使い尽くされる。オーグル星の支配下になった旧金星の生物の生存率は、今や1・5%以下よ」
 そして女は俺に顔を向けた。
「金星が消滅した今、次の大会で地球は確実に負けるでしょうね。――でも、『宇宙五輪』にはその星のすべての生物に参加資格があることが分かったの。だから、地球を救うためにはあなたの――チーターの力が必要なのよ」

「ふん」

 俺は鼻で笑って言った。

「お前たち人間どもは、今まで俺たち動物を好き放題殺してきやがった。それが、
自分たちの身が危険になった途端、力を貸してくれってのは虫が良すぎる話じゃねえか? ああ?」
そして俺は人間どもに牙をむいて威嚇してやったよ。
 ――しかしまあ、とんだ厄介事に巻き込まれちまったもんだぜ。俺はいつも通りサバンナでガゼルのケツを追っかけてた。あともう一歩で食らいつけるってときに、突然首に鋭い痛みが走った。麻酔弾だ。で、目を覚ましたらこの鉄格子の中にいたってわけだ。
驚いたぜ。
この頭を締め付ける小さな鉄の塊のおかげで、人間どもと話ができるようになっていたんだからな。
 それだけでも信じられねえのに、そっからの話はもう奇想天外だった。
 なんでも、宇宙では惑星同士の戦争を防ぐための平和的解決法として「ある競技大会」が存在しているらしい。
 それが『宇宙五輪』だ。
 そもそも人間どもは『宇宙五輪』はもちろんのこと、この宇宙に自分たちより優れた生物が存在しているなんて思いもよらなかった。しかしそれは人間のとんだ思い上がりで、他の惑星の生物からしたら『地球』っていうのはかなり遅れた存在だったんだ。だが、これまで地球は『宇宙遺産』に指定され、各惑星間で不可侵条約が結ばれていたから『宇宙五輪』に参加する必要はなかったんだな。それが数年前、地球は『宇宙遺産』から外されちまった。地球としても、科学技術の進んだ他の惑星と戦争しても勝ち目はねえから参加するしかなかったんだ。
 地球が初めて参加した前回の宇宙五輪は幸運にも黒星は免れたが、もうそっからはてんやわんやさ。次に開催される宇宙五輪になんとしても勝たなきゃいけねえ。そこで世界トップクラスの科学者が結集して作ったのが、今俺の頭についてる鉄の塊ってわけだ。こいつを使って俺たち動物の宇宙五輪への参加を呼び掛けるって計画らしい。
はは、傑作だぜ。
まさか俺の言葉が人間どもに伝わる日が来ることになろうとはな。俺は人間どもに向かって吠えてやったよ。

「お前たち人間が何をしたか教えてやろうか? 人間はなぁ、俺のおやじとおふくろを殺して皮を剥ぎやがった。俺の目の前でな! もしお前たちが宇宙人どもに殺されなくても、俺が代わりにお前らを殺してやるよ!」

 *

 次に気づいたとき、俺はサバンナにいた。殺されるもんだとばかり思った俺は飛び上がるくらいうれしかったね。実際飛び上がったら頭のバランスが取れなくておかしな飛び方になった。
チッ……。鉄格子は外しても頭の鉄だけは外さねえってわけか、くそっ。
 前足で思い切り鉄の塊を引っ張った。頭がもげるかと思った。岩にぶつけてみた。壊れたのは岩の方だ。さすが世界トップレベルのクオリティ、って言ってる場合じゃねえ。結局俺は連中の監視下にあるってことだ。今こうしている間にも、さっきの科学者の声が俺の頭の中に響いて来やがる。
 ああ、うるせえ! 黙ってろ! お前たちの思い通りにはならねえぞ。俺は絶対に出ねえからな! 
 ただ、何日かぶりに走るサバンナは、もう昔のような気持ち良さは感じられなかった。

「パパ!」
 巣穴に戻ると、俺の姿を見たガキたちが一斉にこっちにやってきた。
「何それ、変なの!」
 俺の頭に寄ってくるガキたちに向かって吠えた。
「触るな!」
こんなもんに触ったらこいつらの身体に何が起きるか分かったもんじゃねえ。あいつらに飼われるのは俺だけで十分だ。
 俺は帰り道に仕留めたガゼルを隠した茂みへとガキたちを連れて行った。ガキたちはわあっとガゼルに食らいついた。ガキたちにとっては父親との再会よりも飯の方が大事ってわけだ。
まあそんな姿が俺を安心させるんだがな。
「あなた……」
 妻のリリが心配そうな顔で近づいてきた。
「大丈夫なの? ハイエナたちがあなたハンターに捕まったところを見たって」
笑って俺は言ったよ。
「ふん。人間なんて相変わらずノロマな連中だからな。うまく撒いてきてやったさ」
 リリは不安そうな顔で俺を見ていたが、しばらくすると俺の首元に顔をうずめた。ガキたちも俺の身体にまてじゃれ始めた。
「頭のやつには触らないからね」
そう言って俺の身体に登ってこようとガキどもを前足で背中に乗せてやりながら、チッと頭の中で舌打ちをする。何度も何度も舌打ちをする。
 おい、聞いているか人間? 
 お前らには家族がいねえのか? 
 もし家族がいるんだったら、お前らの家にもこんなに可愛いやつらがいるなら、俺たち動物にも家族がいるってことくらい分かりそうなもんだろうが! それなのに、どうしてお前たちはやたらめったら動物を殺すことができるんだ!?
 
 その日の夜、俺は眠ることができなかった。イラ立ってイラ立って、頭がおかしくなりそうだった。
 親を殺されたあの日から、俺は人間が滅び去る瞬間を何度も何度も夢見てきた。それがいよいよ現実になるかもしれねえってのに――家族とサバンナをためとはいえ――俺は、宇宙五輪に出ようとしてやがる。もしこの世界に神様がいるのだとしたら、それは相当意地の悪い、たとえば人間みたいなやつなんだろうよ。
 
 俺は、リリとガキどもを起こさないようにそっと巣穴を出た。頭の中に響いてくる言葉の指示通りに進むと、停車したトラックの前に白い服の連中が立っていた。女が言った。
「宇宙五輪に参加してくれるのね」
「ああ」
 俺はそう答えながら地面に唾を吐いた。
「だが、お前たちには任せられねえ。ここ(サバンナ)は俺が仕切る」
「え?」
 俺の言葉に科学者どもが蒼ざめた。
「でも時間はもうほとんど残されてないのよ」
「じゃあこの話は無しだ」
 俺は、こいつらのやり方で他の動物を説得できるとは思えなかった。それに何より、麻酔弾とはいえ人間どもの『弾』を動物たちに撃ち込むのだけはどうしても許せねえ。
 白い服の連中は相談を始め、途中言い合いにまでなっていたが、結局折れた。
 女は言った。
「……あなたに任せるわ」
「ふん。賢明な判断だ」
 俺はそのまま背を向けて歩き出した。



(確か、このあたりだったはずだ……)
乾期のサバンナでは小さな水源を求めて動物たちが集まってくる。きっとやつらもこのあたりにいるはずだった。俺は沼地に足を取られないように慎重に足を忍ばせていった。
「よお」
 俺が話しかけるとそいつは巨体を立ち上がらせて俺をにらみつけてきた。そして空に向かって吠えた。その声を聞いた仲間たちも起き上がってくる。

「何の用だ?」

 他の中と比べて一回り身体のでかいやつが現れた。こいつが群れのボスだ。警戒しているな。ま、そりゃそうだろう。こいつらの仲間を一頭殺るために10の仲間と陣形を組むこともある。それくらい力のあるやつだ――ゾウってのは。

「力を貸して欲しい。この星のためだ」

 ――これは賭けだった。ゾウってのはサバンナの動物の中でも特に賢い。他の動物たちを襲わないどころか守ることすらある。こいつを説得することができれば、多くの動物たちを味方にすることができるかもしれない。
 俺は、俺なりに言葉を選びながら、一部始終を話した。
 ゾウは相変わらずの思慮深い目で俺を見ていた。サバンナの生暖かい風が俺毛を揺らしていた。ゾウは言った。

「私は何をすればいい?」 

 ホッと胸をなでおろして俺は言った。

「その競技には石を投げるものがあるらい。確か、これくらいの石だ」

 俺がダチョウの卵くらいの大きさの石を前足で転がした。ゾウはその石を鼻で
つまみ上げ遠心力を使うと空に向かって放り投げた。石はまるで羽のついた鳥ように森の上空へ消えていった。
「文句なし、だな」
 俺が友好の証として前足を差し出すとゾウは長い鼻を伸ばしたが、俺の足の手前でスッとかわして言った。
「条件がある」

 *
 
 まいったぜ。まさにゾウの群れの用心棒になって子ゾウのお守りをさせられることになるとはな。こりゃ地球がなんとかなったって俺の身体がどうにかなっちまうぞ。
 だが、ゾウの群れのボス、ズーラを説得できたのは大きかった。他の動物たちも、こいつの話なら聞いてくれるだろう。
 ――そしてズーラは、時に吠えるように、また、時に諭すような口調で説得を続け、予想もできなかった動物たちを引き入れていった。
 もちろん全部の動物が応じたわけじゃない。特にシマウマを説得できなかったのは痛かった。俺の得意なのはあくまで短距離。中距離以上であの連中にかなうやつはいないだろう。ただ、俺たちはウマを食い過ぎた。俺たちが人間を憎むように、ウマは俺たちを憎んでいた。

「連れてきたぜ」
指示された場所にサバンナの動物たちを連れていくと、そこには巨大なトラックが何台も止まっていた。白い服の女は俺に向かって言った。
「ありがとう」
 俺はそいつの目の前で唾を吐いてやった。
「礼なんて言う暇があったら、とっとと俺たちを敵の前に案内しやがれ。俺たちの望みはな、できるだけ早くこのクソ競技にけりをつけてサバンナに戻ってくることだけだ」







「さあ、宇宙最大の祭典『宇宙五輪』が開幕しました! 今大会の注目は太陽系の『地球』! 多くの星が地球の支配権を手中に収めようと今年の五輪に力を入れてきています。しかし、地球陣営も負けてはいません。前回大会は食物連鎖の頂点に君臨していたホモサピエンスのみの出場でしたが、今回は地球最強の『動物』たちが参戦してきたのです!

 ――それではいよいよ200m走、選手が出揃いました。スタートです! 
最初に飛び出たのはウラン星人! いつもの車輪走行で先頭を切ります! そしてその横を追撃するのが緑色の細い身体はミーバ星人……いや、違う!チーターです!地球のチーターが駆け抜けて行きます!

 ものすごいスピードだ!!!

 ミーバ星人をあっさりとかわす黄金の一閃! その姿はまるで稲妻のよう!
 





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ぐんぐん伸びていくサンダー・チーター! 後続を引き離しゴール! 

タイムは……6秒23! 

出ました! 宇宙新記録! 200m宇宙新記録が出ました!
 


……おっとここで新たな情報が。各会場でも地球勢が健闘しているようです。『投石』では、『アフリカゾウ』が7キロの石を58m飛ばして2位につけています! さらに驚くべきはフットボール! 地球の『アメリカンフットボール』に近いこの競技ですが、前回大会で地球は初戦で10名の負傷者と8名の死者を出し惨敗。しかし今大会は優勝候補のラドン星人相手に一歩も引いていません。身体の80%以上が鉄に覆われているラドン星人。まさに鉄壁が地球勢に押し寄せていきます。しかし……食い止めた! 食い止めたのは『サイ』です! フォワードの『サイ』が一歩も引かず角でラドン星人を止めている! そしてその間に、ボールを持った『ゴリラ』がボールを投げます! ゴリラの握力は約1t! とてつもないスピードで相手陣地に飛んでいく――が、高い! 高すぎる!これは明らかにミス……いや取りました! ボールをは『キリン』です!キリンは口でキャッチしたボールを持ってそのままタッチダウゥゥン!」

 



 地球陣営の控室は動物たちの咆哮で沸いていた。まあ前回大会で地球勢が手も足も出なかった種目で勝利を収めていったわけだからな。盛り上がるのも無理もない話だ。
 だが、浮かれていられるのは事情を知らない動物たちだけだった。まだこの時点では地球は総合ポイントで最下位になる可能性が残されていたからだ。
 ――もし、地球が、地球上のすべての生物を宇宙五輪に参加させられていたなら、最下位を免れるどころか上位に食い込むことができただろう。
 宇宙五輪には陸上競技以外にも、水中競技、空中競技が存在する。グンカンドリの長距離飛行、ハヤブサの降下飛行、カジキの水中走、シャチの水球、そのどれもが優勝候補だった。
 しかし、人間は説得に失敗した。これまでに作られてきた人間と動物の間の溝はあまりにも深く、そして何よりも、人間の動物に対する尊敬が少なすぎた。

 ああ、忌々しい人間どもめ!
 何が『地球を救う』だ。何が『絶滅危惧種』だ!
 そんなことをホザく前に、カジキよりも速く泳げるようになれ! 俺より速く走れるようになってみやがれ! そうすれば俺たちが進んで来た道のり――進化の偉大さが――身に染みてわかるだろうよ!

 しかし相変わらず人間は『運』だけは持っていやがった。
 今回、人間は『イルカ』『アザラシ』『オットセイ』『ラッコ』を宇宙五輪に参加させることに成功していたんだ。そして『イルカ』が陣頭指揮を執った異種混合の『シンクロナイズドスイミング』の完成度は極めて高かった。この競技で3位までに入賞することができれば地球は最下位を免れることができる計算だ。


 そしていよいよ『シンクロナイズドスイミング』の時間がやってきた。人間の作ったクラシック音楽に合わせて動物たちが一糸乱れぬ演技を披露し始めた。
(よし! よし!)
 イルカたちが大技を決めるたびに俺はガッツポーズを取った。まったくと言っていいほどミスはなかった。音楽が鳴り止むのと同時に、全員が動きをピタリと合わせて最後の演技を締めた。会場で巻き起こるスタンディングオベーション。動物たちもその声援に応えた。控室にいた俺たちも抱き合って喜んだ。「やった! 俺たちは地球を守ったぞ!」



「4位ってどういうことだ……」
 審査結果を見て俺は愕然とした。明らかに地球の演技はずば抜けていた。優勝してもおかしくない演技だったはずだ。
 白い服の女が言った。 
「もしかしたら、審査員の中に地球を黒星にしたい惑星の生物がいたのかもしれない……」
「畜生!」
 俺は部屋の壁を思い切り蹴飛ばした。
何が宇宙だ! ふざけるんじゃねえぞ!結局どの星にいるやつらも、人間みたいに身勝手な連中ってわけか!
 俺は怒りが収まるまで壁を蹴り続け、そして大きく息を吐いて言った。


「俺は、『ファイナル・ラン』に出る」


『ファイナル・ラン』はその名前の通り、宇宙五輪を締めくくる最後の競技だ。宇宙五輪の開催惑星を100キロメートル、給水無しで横断する最も過酷な競技。ポイントも一番高い。そして、宇宙五輪の終幕祭としての意味合いもあるファイナル・ランは、競技参加者であれば何名でもエントリーすることが認められていた。
「でも、あなたの身体は……」
「黙ってろ!」
 女の言葉を咆哮で遮った。
 
 俺は、自分の脚のことは誰よりも知っている。ガゼルやインパラを追いかけるための俺の脚は超短距離向きだ。全力で走ると全身が燃えているように熱くなる。それは俺の身体が悲鳴を上げているサインだ。

 それがどうした?
 
 お前たち人間どもには分かるまい。俺たちと人間との決定的な違い、それは「死」に対する覚悟だ。俺たちは毎日を死と隣り合わせに生きている。もし、少しでも可能性があるのなら、命を捨ててでも俺たちは挑まなければならない。
 俺がファイナル・ランへの出場を宣言すると、ゾウもキリンも他の動物たちもエントリーを決めた。
 そうだ。それでこそ「動物」だ。俺たちはお互いに手を取り合い勝利を誓った。
 「俺たちの星は、俺たち動物が守るんだ」
 




 「――いよいよ宇宙五輪も最後の競技になりました!『ファイナル・ラン』は今大会開催惑星のルーン星を舞台に100キロ走破を目指します。
 さあ、スタート地点には各惑星の選手たちが入り乱れております! そして……高らかにスタートの合図が響き渡りました! まず最初に飛び出したのは半人半獣のエルド星人! 宇宙屈指の長距離走巧者です! そしてその後に続くのが……地球勢だ! なんと短距離の覇者チーターがファイナル・ランに参加しているぞ。さらに続くのは、キリン、そしてゾウ。地球勢ここで一気に勝負を懸けてきた!」


 *

 熱い。身体が燃えるように熱い。
だが、何の問題もない。
前を走るあのエルド星人。あいつにずっとついていけばいい。
何キロでも、何十キロでも、何百キロでもついていってやる。
俺は倒れない、絶対に。俺のガキどもはまだサバンナの高原を走り回ったことすらないんだ。あいつらが生きていくために教えなければならないことがたくさんある。俺は倒れない。倒れるわけにはいかないんだ……。

 ――そこで俺は目を覚ました。

 どういうことだ? 俺は眠っていたのか? 
飛び起きようとするが全身が鉛のように重い。俺はベッドの上に横たわっていた。
「お前はレースの途中で気を失ったのだ」
 すぐ隣にゾウのズーラの巨体が見えた。ズーラは言った。
「私がお前を運んだ。人間の救助が間に合いそうになかったからな」
「レースはどうなった?」
 俺がたずねるとズーラは言った。
「レースはまだ終わっていない」
 俺はズーラの言葉を聞くと全身の毛が逆立つような怒りを覚えた。
「ふざけるんじゃねえ!」
 怒り狂った俺は、ズーラの喉元に噛みついた。ズーラの喉から血が流れ出した。
 「俺が死のうが生きようがそんなことはどうだっていい! どうしてお前がここにいる? どうしてレースを続けてねえんだ!?」
 するとズーラは澄んだ瞳で言った。
「もともと私たちの身体は、長距離を走るのには適していない」
「それがどうした!? 」
 俺の怒りは収まらなかった。
「そんなことは端っから分かってんだよ! でも、俺たちがやらなきゃ誰が地
球を守るっていうんだ!」
 そして俺は「畜生! 畜生!」と言いながら何度も床を叩いた。そんな俺の背中にズーラの声がかけられた。
「まだ勝負は終わっていないぞ」
 そしてズーラはテレビモニターに視線を移した。俺はゆっくりと顔を上げた。

『ファイナル・ラン』の先頭を走るのはエルド星人。そこから距離を置いて数人の選手が第2集団を作っている。

(な、なんだと……)

 そこで俺は驚くべきものを見た。
 第2集団の中に地球の選手がいたのだ。
 
 しかもそいつは――人間だった。

「どういうことだ――」
「地球で長距離走が最も速い動物は人間なのだ」
「そ、そんなわけねえだろう!」
「本当だ」
 そしてズーラはモニターを見上げて言った。
「なぜ、すべての動物で人間の肌にだけ毛が生えていないのか。それは、皮膚から熱を逃がすことができるように進化したからなのだ」
「ふ、ふざけるな!」
 俺は再びズーラに食らいつかんばかりに叫んだ。
「じゃあ何だ? 人間どもは持久力を高めるために毛皮を捨てて、肌寒くなったからって俺たちを殺して毛皮を奪うってか!?  そんなバカな話があるか!ふざけるんじゃねえぞ!」
 ズーラは、テレビモニターの中で走り続ける人間を見つめながら冷静な口調で言った。
「憎いか、人間が」
「当たりめえだろ! こいつらは、自分勝手な都合で動物を殺し続ける最低のクソ野郎どもだ!お前だって人間を憎んでるだろうが!」
「ああ」
 ズーラは小さくうなずくと言った。
「だが、チーターよ」
 ズーラは俺を諭すように言った。 
「人間もまた、私たちと同じ、地球という大地から生まれた動物なのだ。そして彼は今、地球を守るために、たった一人の戦いを続けている」
 俺は、テレビモニターに目を向けた。
 その中では、身体に毛も持たない、脆弱な身体をした一匹の人間が、後ろ足だけの間抜けな走り方で必死に手足を動かしていた。


 *


「さあ、エルド星人、首位をキープしたまま残り1キロ地点を通過しました! 『ファイナル・ラン』今大会の優勝もエルド星人が濃厚か! しかし2位以下は混戦。ウラン星人、オーグル星人……その中には地球人の姿もあります。ケニア出身のマカウ、苦しそうな表情だ。おっとここでオーグル星人ラストスパート! それを見て他の選手もスパートをかけた!
マカウ遅れた! 地球人遅れました! 前回大会の雪辱を果たすため大幅にタイムを縮めてきたマカウですが、ついに力尽きようとしています! これで今大会の黒星は地球で決まりか……おおっと、何だ!?  観衆たちをかきわけ、土煙を上げながらマカウと並走する集団が現れました! 口には旗をくわえ、身体にペイントをしている者もいます!」





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 くそっ! まさかこの俺が人間なんかを応援するハメになろうとはな。つくづく忌々しい大会だぜ、この宇宙五輪ってのはよ! 
 俺は、死にそうな顔で走る人間の横を、焦り、イラ立ち、そして藁(わら)にもすがるような思いで並走し続けた。

 ああ、人間! もっとスピードを上げねえか、バカ野郎! 

 あと少し、

 あと少しじゃねえか! 

 お前があと少し頑張れば、地球を守れるんだよ!


「ああ!」


 我慢できなくなった俺は口にくわえていた地球旗を放り投げ、人間に向かって叫んだ。ありったけの声で。


「おい! 人間! 聞こえるか!?

 俺はなあ、お前が嫌いだ! 

 俺だけじゃねえ。俺たち動物はみんなお前たちのことが嫌いだ! お前たちは今まで好き勝手に動物を殺し、地球の支配者顔してきやがったからな!

 でも、人間! お前はこのままで良いのかよ!?
 
 このまま終わっちまっていいのか?
 
 俺はなあ、お前がこんなに長く走れる脚を持っていたことを今日まで知らなかったぞ。
 
 脚だけじゃねえ。俺は、お前のことなんざ何も知らねえんだ!
 
 お前今、何のために走ってるんだ!?
 
 自分のためか? 

 家族のためか? 

 他に守るべきものがいるのか? 

 お前は何のためにこんなに苦しい思いをしてやがんだ?
 
 おい、人間! 勝って、そのことを俺たちに教えろ!

 お前たちの家族を、お前たちの生活を、お前たち人間のことを――俺たちに教えろ!

 もしお前がここで負けたらなぁ、人間と動物は何も解り合えないまま終わっちまうんだぞ!」
 

 そして俺は最後の力を振り絞って叫んだ。


「人間と動物は、まだ何も始まっちゃいねえんだ! こっからなんだよ、『俺たち』は!」


 *
 

「おおっと! 地球人のマカウ、スピードを上げた! 口を開き、顔を上げ、苦悶の表情を浮かべながら、それでもスピードを上げていく! 1位はエルド星人! 遅れて2位のウラン星人がゴールしました! さあ、3着はオーグル星人か、それとも地球人か! 熾烈な3位争いを制するのはどちらだ!?

 おおっとマカウ、出た! 

最後の最後、身体一つ分の差でオーグル星人を抜き去った! 地球人、3位入賞です! そして100キロを走り切ったマカウ、ゴールと同時に地面に倒れ込みました。その周囲に地球の動物たちが集まります。そしてマカウを背に乗せた動物たちが救助車へと向かって走り出しました――