昨日、散歩している犬を見て若い女の子たちが「かわいい~! かわいい~!」とかわいいを連呼しながらなでていたのですが
一瞬、犬が物憂げな表情を浮かべたんですよね。
飼い主ですら見逃していた表情ですが、犬はたぶんこう思ったのだと思います。
「あんたらなんでもかんでも『かわいい』の一言で片づけますから、何が『かわいい』で何が『かわいくない』のか分からんくなるときあるんですよね。こっちとしてはもっと『かわいい』を伸ばしていきたいと思てるんですけど」
というわけで、
もっと自分を磨いていきたいストイックな犬たちのために、最近、僕が見た「かわいい犬のレビュー」を作ってみました。
消しゴム犬 ★★★★☆
これは友人の飼っているコーギー犬なのですが
このコーギーはカートの縁に首をこすりつけるのが大好きなのですが
すぐにそのことを忘れてしまうのです。
散歩でカートに乗せるたびに、
「ほら、ここに首をこすりつけると気持ちいいんでしょ」
とカートの縁をアゴにあててあげるのですが、そのコーギーは
「はぁ? 何言ってますの?」
みたいなきょとん顔をしており
しかし、カートに乗って進んでいるうちに、たまたま縁に首が当たってこすれると
「な、なんやこれ! めっちゃ気持ちええですやん! めっちゃ気持ちええですやん!」
と興奮してこすりまくり、そのあまりのこすり方に首の毛がハゲるんじゃないかと心配になって止めることもあるくらいなのですが
またしばらくしてカートに乗せて縁を首にこすらせても
「何これ?」
と、頭の中の消しゴムが「お気に入り」を消し去ってしまっているのです。
ただ、毎回「お気に入り」に出会えるという意味では、幸福な犬なのかもしれません。
軍隊犬 ★★★★☆
この犬はランニングをしているとき、たまに遭遇する柴犬の軍団で
いつも4匹で歩いているのですが、
なぜか、いつも、一糸乱れぬ隊列を組み、並んで歩いているのです。
道に落ちているものや、電柱の臭いをかぐこともせず、
まるで軍隊のパレード行進のように、背筋をピンと伸ばし、まっすぐ前を見つめたまま歩き続けています。
最初は、「この犬はそういう風に訓練されているのかしら」と思いましたが
しかし、この犬を連れているのは普通のおばさんで
いつも「困り顔」なのです。
「なんで、この子たちは、他の犬のおしりの臭いをかいだりしないんだろう……」
そんな疑問を浮かべた表情で散歩をしているのです。
つまり、僕が思うに、
まっすぐ歩いているのは、柴犬たち本人の判断なんじゃないかということなんです。
「世の中の犬たちは、散歩となれば道に落ちている食い物のにおいをかいだり、蝶々を追い回す。でもそういう行為が犬の品位を落としているんじゃないか。犬だって誘惑を断ち切ることができるということを世に知らしめ、新しい『犬』の概念を提示していこうじゃないか」
と、4匹で話し合って決めたんじゃないでしょうか。
そんな思いで柴犬たちを見ると
「お、お前たち!」
と言って抱きしめてやりたくなるのですが
そんなことしたら変質者だと思われるので
いつも横目見ながら「今日も隊列を崩していないぞ……!」と感心しながらすれ違っているのです。
背中かゆい犬 ★★★★★
先日、服屋から出て階段を降りていると、前から来たゴールデンレトリバーが僕とすれ違うように階段を登っていったので
ペット入れていい服屋なんて見たことないんで「どうするんだろ?」と思って振り返ったところ
その服屋のガラス扉の前に、踊り場のようなスペースがあって、そこにジュウタンが置いてあるのですが(砂や水を切るための、よくあるやつですね)
ゴールデンレトリバーはそのジュウタンに寝転がって、背中をグリグリこすりつけ始めたのです。
「ひゃー! 背中めっちゃかゆかったんやけど、これで生き返るわぁ!」
といった感じで、ベロを出しながらのた打ち回ってるわけですよ。
それでガラス扉の向こうにいる服屋の店員がそれを見て笑ってるんですけど
それから犬が何分か背中をこすりつけたあと
「ああ、最高でしたわ~」
みたいな顔して階段を下りはじめたんですけど、
そのとき飼い主が
店員に向かってペコリとおじぎをしたんですけど
そのおじぎの仕方が
「ウチの子がいつもすみません」
的な感じだったんで
もしかしたら散歩のたびにこれやってるんじゃないのかって思いました。
そういえば、階段をあがってくる犬の表情が
「やっと、あのジュウタンの店に着いたわ!」
みたいな感じで、テンションが尋常じゃなかったんですよね。
ちなみにこの犬は自由が丘で見かけたので、もし「私も自由が丘でその犬見たことある!」と言う人はご連絡ください。「やっぱり、あの犬散歩のたびにやってるな!」と確認できればと思います。
……と、最近見た「かわいい」犬はこんな感じなんですけど、犬のことを書いてたら思い出した犬がいるのでその犬のことも書いてみようと思います。
(番外編)
サクラ ★★★★★
この犬は、昔僕がペンションにアルバイトに行ったときに、そのペンション経営者の自宅で飼われていたパグなのですが
この家では、トイプードルとパグが飼われていたのですが、
トイプードルは部屋の中で飼われていたのですが、
このパグのサクラは外で飼われていたのでした。
理由を聞いたら
「サクラは臭い」
ということだったのですが
臭いをかいだら、これがマジで臭いんですよ。
それに対してトイプードルは可愛らしい臭いがして、しかもこの犬はすごい芸達者な犬で
エサの時間に立ち上がったり、ジャンプしたりして、愛嬌を振りまきまくって、家族にめっちゃ愛されていたんですよね。
ただ、この2匹の格差を見ていると、
可愛らしくて愛されるトイプードルは、中学高校時代に女子校生にモテていたイケメンの尾関や吉田であり、
誰からも愛されず、熱い夏も、寒い冬も、家の外の小さな犬小屋の暗がりの中にいるサクラは
中学高校時代のほとんどの時間をLSIというゲームセンターの狭い暗がりで過ごした自分と重なって見えて
もう、いてもたってもいられなくなり、
アルバイトが終わってから店主に
「サクラを洗わせてください」
と願い出たんです。
それでその家の近くに露天風呂があったので
サクラをそこに連れて行って
サクラは散歩に連れていってもらえると思ったみたいで
ずっと尻尾を振りながら、
グヒグヒッ
と鼻を鳴らしながらついてきたんですが
このグヒグヒッていうのは鼻の低い犬はみんなそうなるみたいなのですが、そのことを知らなかったので
(ああ、この犬は喘息まで持っているのか……)
と心配になり
「サクラ、俺が、お前の人生を変えてやるからな」
と使命感を燃やし、ボディシャンプーで体中をガンガン洗っていき、チンチンもアナルも完全に洗い上げていったのですが
その間、サクラはとくに嫌がることなく、ときおりグヒッグヒッと鼻を鳴らすだけでおとなしく洗われており
その様子に僕は
「賢い子だ……」
と感動し、
それは、「もののけ姫」で、シシ神の住む場所の手前でヤックルが立ち止まったのを見て、サンが「賢い子ね」と言ったのと酷似していたわけで
いよいよこの犬を座敷犬としてデビューさせられることにワクワクしながら1時間近くかけ念入りにサクラを洗い、
家に戻ってタオルで全身を拭いて臭いをかいだら
めっちゃ臭かった
んですよね。
「なんでだ!」
と声に出して叫びましたからね。
洗ったはずの場所から、もう芳醇な香りが漂いはじめていて
どういう原理で臭ってるかまったくわからないんですよ。
それで僕は
「どうしてお前は臭いんだ……」
とがっくりしてたんですけど
サクラはグヒッグヒッと鼻を鳴らしながら僕の顔を無邪気にペロペロと舐めてきました。
そして、そのときサクラがこう言った気がしたんですよね。
「水野くん、グヒッ……僕の人生は君が思っているほど、グヒッ……悪くないんだよ」
そしてサクラは言いました。
「たしかに僕は犬小屋暮らしだけど、家族の人たちはちゃんとご飯を食べさせてくれるし、
たまに散歩を忘れられるけど、その分散歩してもらえる日が楽しいし、
それに、みんなは僕の臭いが嫌いみたいだけど、
僕は自分の臭いが、そんなに嫌いじゃないんだよね」
(そうか、そうなのかサクラ……)
このとき僕は思いました。
サクラを苦しめていたのは、僕自身なのかもしれない。
なぜなら、
僕はサクラの人生を「変えよう」として体を洗い始めたけど、
誰かを「変えよう」とする行為は、裏を返せば、その人の今の状態が「嫌い」ということに他ならないのだから。
――それから僕は、アルバイトが終わるとサクラの散歩に行きました。
身体を洗うのではなく、サクラの好きな散歩の時間に使うことにしたのです。
サクラは散歩の時間、短い尻尾を振りながら楽しそうに歩き続けました。
それでも、アルバイトの最終日、
どうしても我慢できなくなった僕は、
サクラを露天風呂に連れていきもう一度洗ってみたのですが、やっぱりサクラは臭かったので
「お前は、臭いねぇ」
と言って頭をなでてやりました。