※今回の【錦野あきら事件】はパソコンでの観賞をお勧めします




前回「ウケるエントリーシートの書き方」を書いているとき


大学4年に起きた出来事を思い出しました。


これはみなさんにとってたいした事件ではないかもしれません。


ただ、僕自身にとって、すごく大きな出来事だったので


ここに書かせて頂きたいと思います。



就職活動でほぼすべての企業を二次面接で落ちた僕は、


大学の卒業式に出席するかどうか迷っていました。


同期の人たちはみんな一流企業に内定を決めていたので


そんな場所に行ったところで楽しくないのではないかと思ったからです。


しかし、やはり青春の最後を飾る卒業式を経験したいという気持ちと


色んな人から


「ウチの大学の卒業式はすごいから出ておいた方がいい」


と聞かされていたので


迷った末、出席することにしました。




卒業式当日。



大きな花束を一つ買いました。




卒業式と言えばやはり


「告白」


です。


4年間のキャンパスライフで伝えられなかった想いをこの日に伝える。


「告白」こそが卒業式の醍醐味だと言えるでしょう。


ただ、僕に関して言えば、告白するような相手は一人もいませんでした。


めぼしい女性には、大学1年の時に告白し、ことごとくフラれた経験を経て


大学内は競争率の激しすぎるレッドオーシャンだと位置づけ


すぐさま学外のブルーオーシャンへと旅立っていたからです。


ただ、卒業式で告白したいけど一歩踏み出せない人がいたら、


ぜひこの花束を使ってもらおうと思いましたし


とにかく卒業式は色んな事件が起きるだろうから


小道具があるにこしたことはないと考えました。


逆に、卒業式に出るかどうかぎりぎりまで迷っていたので


この程度の準備しかできない自分を悔しくも思いました。



こうして僕は花束を片手に卒業式の会場に向かったのですが



電車に揺られながら、どんどん気持ちが昂ぶってくるのが分かりました。



大学の卒業式というのは一体どんなことが起きるのだろう。



みんな、全裸になったりするのだろうか?



全裸になって頭から酒を浴びたりして



そのまま地面をごろごろ転がったりして



ミス・キャンパスの女生徒に体当たりをしたりするのだろうか?



いや、そんなレベルではない、



僕の想像を絶するようなことが起きるかもしれません。



そんな期待で胸を膨らませた僕は、卒業式会場の横浜アリーナに到着しました。






***




2時間後―――。



横浜アリーナの片隅で一人、


花束の横に腰を降ろし、


うつろな表情で地面を見つめている僕がいました。




僕が想像していた卒業式のイベントは何一つ行われていませんでした。



目の前で開催されていたのは、








ビンゴでした。







司会者がマイクに向かって


「一等の景品は……車です!」


とか言うと、会場からは大歓声が上がっていました。




その光景に、僕は何度も目を疑いました。




これは、卒業式なのです。



青春が、終わる日なのです。



そんな大事な記念を飾るイベントが「ビンゴ」て。



しかも、こんなクソみたいな卒業式を、誰もが無批判に受け入れているのです。



告白するわけでもなく、



奇声を発するわけでもなく、



殴り合うわけでもなく、



全裸になってアナルを押し広げるでもなく、



男はスーツやタキシードを着て



女はドレスや着物を着て



シャンパングラス片手に優雅に話してるんですよ。





しかもね、




ぶっちゃけた話、僕、このとき留年が決まってたんですよ。



就職留年とかじゃなくて、普通に単位が取れなくて、留年してたんです。



だから横浜アリーナに着くや否や、クラスメイトたちから





「お前、なんでいるの?」




「お前、卒業できてねえじゃん」





とか散々バカにされたんですよ。



そうなるの分かってたから、卒業式出ようかどうか迷ってたわけ。





でも来た。



俺、来たよ。



つか、来年来たところで、知ってるやつがほとんどいないから


そんなの、青春の最後の一ページでも何でもないからね。


だから


卒業式に出席する資格がなくても、


肩身の狭い思いをすることが分かっていても


恥を忍んで、奥歯を噛みしめながら、卒業式来たわけですよ。




そんな断腸の思いで参加してるのに、



目の前にあるのは、



青春最後の祭典を、ビンゴで飾ろうとする学生。



そして、それを良しとする空気。



もう、腹が立って腹が立ってどうしようもありませんでした。



しかし、だからと言って、5000人もの卒業生が参加するこの場所で



何ができるわけでもなく、



僕は、会場の片隅で一人ビールを飲み続けていたんです。




こうしてビンゴ大会は終わり、卒業式はいよいよ終盤に近付いていきました。



司会者がマイクを持って言いました。



「それでは今から、スペシャルゲストライブを行います! スペシャルゲストは……」



そして、司会者がマイクに向かって叫びました。




「錦野あきらさんです!」




するとステージの緞帳が上がり、キラキラ光る豪華な衣装をまとった錦野あきらが登場したのです。



と同時に、会場の学生たちがめちゃくちゃに盛り上がり始め


「錦野あきらー!」「あきら最高ー!」


と叫びながらみんな一斉にステージの方に駆け出したのです。



(いやいやいやいやいや……)



僕は思いました。



確かに、当時、錦野あきらはとんねるずの「生でダラダラいかせて」に登場し



「スター・錦野」といういじられ方をして人気になっていました。




でも、




青春を謳歌するのに、ビンゴの車の景品とか、錦野あきらって必要ですかね?





そもそも卒業式なんて




わざわざ横浜アリーナなんかでやる必要ない。




大学のキャンパスで良い、




なんなら、ただの空き地で良い。




自分たちで面白いこと見つけて、




自分たちでバカやって騒いで



面白おかしく盛り上げていく




それが青春だろう!



それが青春の卒業式だろうが!





―――気づいたとき、僕は、花束を片手に持って、ステージに向かって走り出していました。



僕がやろうとしたことは、



本当に、たいしたことではありません。



このとき僕が考えたのは、




「ステージ上の錦野あきらに、花束を渡す」




ことでした。




よく、テレビで演歌歌手とかが、



ステージの合間に、観客たちから花束をもらうじゃないですか。



そしてもらった花束を手に持ったまま歌うじゃないですか。



あれをパロディしようと思ったのです。



本当に些細な、演出です。



でも、これは僕にとって、大きな意味がありました。




何のリスクを犯すことなく、ただ、与えられた卒業式を「お客さん」として消費する人間ではなく



自らの手で何かを生み出す人間でありたい



右手に強く握られた花束は、



僕のそんな想いが込められた象徴でありました。




僕は、人だかりになったステージをかきわけて、




ステージの最前列までやってきました。




しかし、そこで見た光景に、僕は戸惑いました。




ステージの前には柵が立てられていて、


ステージと柵の間には、警備の学生たちが立っていたのです。




↓こんな状況でした。







     錦野

―――――――――― 


◎  ◎  ◎  ◎  ◎
~~~~~~~~~~





― ステージの端

◎ 警備の学生

~ 柵






柵は僕の首あたりの高さでしたから1m50センチくらいでしょうか。


柵の向こうには、警備の学生たちが1m間隔くらいで配置されていました。


そして柵からステージまでの距離が2mくらいありました。



(どうすればいいんだ……)



僕は悩みました。悩み続けました。



花束を渡すには、柵からステージまでジャンプしなければなりません。


しかも、この2mという距離がやっかいで


足場の悪い柵の上からステージまで飛び移ることができるかどうか分かりませんでした。




しかし、僕には分かっていました。



ここで飛ばなければ、僕は大事なものを失ってしまう。



その「大事なもの」が何であるか、



具体的に言葉で説明するのは難しいけれども、



でも、分かっているのは、それが僕にとって「一番大事なもの」だということ。



錦野あきらの歌は、ラストに近づき、その日一番の盛り上がりを見せていました。



錦野あきらの熱唱が横浜アリーナ全体に響き渡りました。





「空に、太陽があるかぎり~」





僕は――自分の立っていた場所から、1mほど後ろに下がりました。



そして、曲が間奏に入ったのを見計らって、思い切りダッシュしました。




まず、柵の上に手をかけ、一気に柵の上によじのぼり、




そして柵の上からジャンプしながら叫びました。






「錦野さん! 錦野さん!」





そして、右手に持った花束を、錦野あきらに向かって思い切り伸ばしたのです。





――あのとき僕の視界に映った映像は今だ鮮明に覚えています。



まるでスローモーションのように、



視線を僕に向けた錦野あきらが、僕の視界からゆっくりと遠ざかっていきました。



僕の決死のダイブはステージまで到達せず、



監視員に足を掴まれた僕は、地面引きずりおろされたのです。




すると、その瞬間、左右から警備の学生たちが猛スピードで近づいてきて僕を取り囲みました。




↓このような状況になりました。










     錦野

―――――――――――
     ◎◎◎
     ◎水野◎
      ◎◎  
~~~~~~~~~~~ 









それから僕は、


頭を掴まれて、地面に叩きつけられました。


さらに、背中、脇腹にエルボーを何発も食らいました。


それから、無数の手で全身を地面に抑えつけられ、這いつくばった状態のまま、


ステージ右側の方へずるずると引きずられて行きました。









     錦野

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             ◎◎◎
            ◎水野◎
             ◎◎  
~~~~~~~~~~~~~






さらに、そのまま20mくらいずるずると引きずられていきました。











     錦野

――――――――――――――――――――――――――― 
                                    ◎◎◎
                                   ◎水野◎
                                    ◎◎  
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~            








そして、一番端まで引きずられ、そこから外に出された僕は、


首根っこを引っ張り上げられて


タメ年であろう学生からこう言われました。







「テメエ、2度とこんなことするんじゃねえぞ」






僕は「すみませんでした……」と涙目で謝りました。




僕の右手には、ぼろぼろになった花束が握られたままでした。








―――僕は、今でも、仕事で行き詰った時、そして、生き方に迷った時




あの日のことを思い出します。




今の俺は、飛べているだろうか―――。




錦野あきらに向かって、ジャンプできているだろうか―――。




好きでもない、ファンでもない、錦野あきらに向かって




「錦野さん! 錦野さん!」




と叫びながら、全力で花束を差し出せているだろうか―――。







そして、僕は



願わくば、



結果的に、取りおさえられ、ひきずられ、ほおりだされることになろうとも、



あの柵の上から、ステージに向かってジャンプする人間であり続けたいと思っています。










空に、太陽が、ある限り。