《ショートショート 1475》


『とんぼとかまきり』


 とんぼもかまきりも肉食の昆虫だ。誕生した直後から老成するまで食らうのは肉だけであり、草や霞を食らって生きることはできない。
 当然のこと、捕食できるものはそれがなんであっても餌になるので、相克も決してありえない話ではない。だが、実際にはとんぼがかまきりを捕らえて食っているのも、かまきりがとんぼを捕らえて食っているのも滅多に見られない。それは獲物の選り好みの問題ではなく、各々が住まう場所の違いによるものだろう。とんぼは空に住まい、かまきりは地に住まう。餌もそれぞれの生息空間で確保する。二者の間には意外に接点がないのだ。
 かててくわえて。水中で暮らすとんぼの幼生と、地上性のかまきりの幼生の間には親以上に接点がない。

 ……はずなのだが。






 とんぼは困惑していた。飛行中何かに激突したと思ったら電信柱に転生していたからだ。いや、電信柱は単なる無機物であり、そこにキャラクターなど決して存在しないはずなのだが。とんぼは、変電機と化した目玉をぐりぐり動かし、これからどうしたものかとしばし考える。
 いや、ものは考えようだ。これだけ巨大化すれば、大物の獲物を狙える。周囲を見渡すと、自分と同じように電信柱に転生したとんぼがあちこちに見られるから同士を探す手間もなさそうだ。
 ただ、思考が自由に動かせるようになったのはいいが、飛べなくなってしまった身体が不便でしょうがない。これでは狩りをするのもパートナーをを探すのもままならない。
 一応、無駄だとは思いつつ飛翔する努力は重ねてみたものの、鈍重な身体は地に縛り付けられたままぴくりとも動かなかった。困惑がじわじわと絶望に置き換わっていく。とんぼは恨めしげに能天気な青空を見上げた。

 その時。何者かがとんぼに声をかけた。

「よう」






 それは巨大なかまきりだった。とんぼよりもはるかに巨大で、背が高い。二対の鎌で捕らえられれば抗うことできず、食われて命を落とすだろう。もしとんぼが転生していなければ、本能的に退避行動を取ったに違いない。だが、電信柱と化したとんぼは動けなかったし、動く気もなかった。このような不便な『物体』に成り果ててしまった己を心底厭っていたからだ。
 俺を食うならさっさと食え。とんぼは物憂げにでかいかまきりを見上げた。

「あんたも転生組かい」
「え?」

 かまきりの言葉に驚き、とんぼは一瞬息が詰まった。

「どういうことだ?」
「俺もなのさ。まったく何から何まで不便でしょうがねえ」

 恐る恐る見上げると、確かにかまきりの表情もまるっきり冴えない。いや、それどころではなく生気が全くない。

「あんたはまだいいさ。電気っていうエネルギーを無尽蔵に食らって生きていられるんだから」
「あんたは……違うのか」
「俺の食い物は生肉から油に変わっちまった。しかも、俺の好きな時に食えないんだ」
「な、なんと……」

 気の毒だとは思ったが、とんぼは内心面白くなかった。それでもこいつは動ける。飛べない俺よりもずっとましだ。
 とんぼの不満げな表情を見て取ったかまきりは、やれやれという顔で顔からぶら下がっているワイヤーを揺らす。

「俺は確かに動けるが、俺の意思じゃ動けん。動くんじゃなく、動かされるんだよ。しかもだ。とっ捕まえたものを口に運んで食おうとしたら、いつもそいつを降ろされてしまう。どこまでもお預けしかないってのは拷問だ」
「……」

 とんぼは我が身を振り返って考える。確かに空を自由に飛ぶことはできないものの、高い塔の上にのんびり留まっていられるのだから、意に反してこき使われるかまきりよりはましなのかもしれない。
 しかしどちらがましかを考えたところで、深く憂慮している己の不自由な境遇が改善されることなど永劫になさそうだ。

 とんぼは今一度青空を見上げ、それからかまきりに視線を移した。

「なあ、あんたに頼みがある」
「なんだ?」
「こんな転生先など絶対に納得できない。運悪くあんたにとっ捕まって食われる以上に絶望的だ。それは、あんたも同じだろ?」
「ああ、もちろんだ」
「それなら、動けるあんたに俺たちの現状をなんとか変えてもらうしかない」

◇ ◇ ◇

『本日午後三時ごろ〇〇市高草三丁目の工事現場において、クレーン車がバランスを崩して横転し、電信柱を損傷させる事故がありました。人的被害はありませんでしたが、周囲一帯が一時停電しました。警察と消防が、事故原因を調べています』





Dragonfly by Derek Sherinian


《 ぽ ち 》
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