《ショートショート 1144》


『団旗掲揚!』 (あおくさ 6)


「うそ……だろ」

「うげえ!」

俺と江口先生は、体育館倉庫の奥から引っ張り出した巨大
な応援団旗を広げて、そのあまりのでかさと重さに絶句し
ていた。

「これ、一辺が五メートル以上ありますよ」

「布が厚い。優勝旗とかに使う生地だよ。おいおい正気か?」

「三十キロとかじゃ済まないですよねえ」

「一人で掲げるのは絶対に無理だわ。支えてるだけでもし
んどいぞ」

「ううー」

どえらいことになっちまった。




(ベニシダ)



公立の高校でも、みんな同じっていうわけじゃない。
それぞれにスクールカラーがあって、その伝統は時代を超
えて受け継がれて行く……そうだ。

『そうだ』っていうはんぱな言い方になるのは、受け継が
れずに廃れてしまうことも結構あるから。
そのいい例が、俺の通ってる高校だったんだよ。

むかーしむかしは硬派な男子校だったらしくて、他の高校
の連中が怖がっていたらしい。
でも、ずいぶん前に共学になり、校舎も建て替えになり、
今は入学してくる生徒の七割が女子になってる。
硬派な時代は完全に風化しちゃって、今は特別カラーがな
いゆるめの普通校だ。

俺も、そこの校風が好きだから行こうと思ったわけじゃな
い。
家から近いし、学力的にもそんなもんかなって感じだった
んだ。
だからそこに特に期待もしてなければ、がっかりもしてな
かった。

ところが。
中間考査明けに、担任の先生じゃなくて数学の江口先生に
呼ばれたんだ。

「ええと、このクラスに田窪くんて男の子がいるかい?」

「田窪は俺ですけど、なんすか?」

「ああ、ちょっと相談があるんだ」

その相談ていうのが。
俺の想像をはるかに超えた、ぶっ飛んだものだった。


           −=*=−


「応援団を作りたい……すか」

「そう。この学校の部活は地味だから、対外成績もちょぼ。
全校応援の必要なんか、今までずーっとなかったんだろ」

「はい」

「でも、毎年出ると負けだった野球部が、なんのはずみか
地区大会を突破して、県大会も二つ勝ったんだ」

「うっそーっ!?」

「だろ? すっごい快挙なのに、知ってるやつがほとんど
いないってのは学校としてどうよ」

江口先生がむくれてる。
クールに見えるんだけど、隠れ熱血なのかも。

「次に勝てばベスト8進出だ。相手は強豪校だから勝てな
いと思うけど、だからと言ってこれまでの善戦を無視する
のはかわいそうだよ」

そうか。確かになあ。

「で、君は中学の時に応援団に入ってたと聞いたから、ア
ドバイスが欲しいんだ」

「ええー? 俺は、隅っこの方でなんちゃら中学ぅふぁい
とーって叫んでただけっすよ」

「ここは男の子が少ないし、ましてや応援団自体がどこで
も絶滅危惧種で、経験者がいなくてね。まあ、応援団旗を
立てて、それをサポしてくれれば」

「あ、そうか。みんなの前で音頭をとったりとか、そうい
うのは……」

「無理だよ。練習の時間はないし、女の子ばっかりだから
ね。でも、大沢さんが音頭取って即席チア組むって言って
たから、それなりに形にはなるだろ」

「じゃあ、学ラン着て、白鉢巻締めて、いっちゃん後ろで
団旗持つっていうイメージっすね」

「そう。ただ……」

江口先生がすごく不安そうな顔をした。
それが気になったんだけど……こういうことだったのか。

団旗、デカすぎ!!


           −=*=−


正直、逃げ出したかった。
他に団員がいるならともかく、俺一人だぜ?

でも、野球部の先輩たちが全校応援になったって聞いて全
力で喜んでる。むっちゃくちゃ張り切ってる。
それ見ちゃうと……今さら出来ないって言えねえ。

そして、江口先生は団旗掲揚を根性論にしなかった。

「一人で掲げるのは絶対に無理。無風でもしんどいのに、
風であおられたら事故になるからね。何人かで立ててベー
スに据えて、ステーを張ろう。ポールも傷んでるから軽く
て丈夫なアルミのに変えないとだめだな」

そうか。俺がずっと抱えて持ってなくてもいいんだ。
あとは応援する気持ちを切らさないで、最後まで団旗をサ
ポしろってことだな。

先生がきびきびと準備を始めたから、俺も根性が据わった。

俺と江口先生が遅くまで残って準備と練習をしているのを
見て、クラスのやつや同じ中学から来た先輩が俺もやるっ
て飛び入り参加してくれた。
人数が増えれば、即席でもきっちり応援団の形ができてく
る。それが新しいカラーを作って行く。

俺は……ものすごくわくわくしたんだよ。


           −=*=−


応援当日。
県営球場の三塁側スタンドが、全校生徒でぎっしり埋まっ
た。
俺は、武者震いしながら号令をかけた。

「団旗掲揚ーっ!」




(ワラビ)



二年、三年の先輩たちを差し置いて、一年坊の俺が指揮を
とるのはどうかと思ったけど。
巨大な団旗を最後まで支え続けるのは、俺一人なんだ。

全校生徒とグラウンドにいる野球部員の前で、即席応援団
全員で旗を起こしていく。
少し風があるから、死ぬほど重い。
団員全員の息を合わせて慎重に旗を立て、ベースに固定し
て、ステーを張った。

二十数年ぶりに全容を表した紫紺の大団旗。
その効果は絶大だった。

おおおーっ!!
うちの生徒からだけでなく、相手校の応援席からも驚きの
声が上がった。
野球部のみんなが、旗を見上げて次々に拳を突き上げた。

ゆったりと翻る団旗が選手や生徒をこれでもかと鼓舞し、
なんとなくお遊び気分が残っていた応援席が一気にヒート
アップした。

そして。試合は予想外の展開になった。
相手は、甲子園を狙っている強豪校。
ぼろぼろに打ち込まれるだろうと思ったのに、ピッチャー
の藤田先輩が九回まで単打二本に抑え込み、点を与えな
かった。

でも、こっちもフォアボールのランナーが一人出ただけで
ノーヒット。二塁すら踏めない。
息詰まる投手戦になったんだ。

そして九回の裏。
先頭打者は、うちのクラスのライパチくんこと緒方だ。
ここまで三振二つで、バットに球が当たりそうな気配は全
くなかった。
打席に立った緒方は、祈るようにして何度も大団旗を見上
げていた。

「うっしゃああっ!」

気合いを入れ直した緒方は、初球の高め速球を待ってまし
たとばかりにしばき倒した。
金属バット特有の澄んだ音じゃなく、まるで何かを叩き潰
したかのようなぐしゃっという激しい衝突音を残して、俺
と団旗の前をあっという間に白球が通り過ぎた。

サヨナラホームラン!

その途端。
スタンドは、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。


           −=*=−


「楽しかったなあ……」

江口先生と二人で団旗を畳む。

久しぶりに出番が来た大団旗は、大番狂わせを演じた四回
戦と、接戦の末に敗れた準々決勝の二試合をしっかり見届
け、再び体育館奥の倉庫で眠ることになった。

校長先生に、せっかく団旗が復活して盛り上がったんだか
ら正式に応援団として活動を起こさないかと誘われたけど。
俺も江口先生もやんわり断った。
入れ物だけあっても、本当の応援はできないと思うから。

団旗が復活したから盛り上がったんじゃなく、応援しよ
うっていう気持ちを団旗が盛り上げてくれたんだ。
主役は旗じゃなくて、全力で応援しようとした俺たちなん
だよ。

「もし次に応援するチャンスが来たら、応援団は勝手にで
きて、しっかり盛り上がるでしょう。出たとこ勝負でいい
じゃないですか」

さばっと言った江口先生が、俺を見ながら悪戯っぽく笑っ
た。
うん。俺もそう思う。

中学の時は形をなぞるだけだった応援。
でも今回俺は極限まで声を張り上げ、グラウンドで戦って
いる選手にエールが届くようにと全力で旗を掲げ続けた。

復活した大団旗は、勝利の歓喜と応援しきれなかった悔し
さを乗せて悠然と翻り、俺の初夏をこれでもかと彩った。
その鮮烈な記憶は……きっと俺を一生応援し続けてくれる
と思う。

倉庫に鍵をかけた江口先生が、俺の肩をばしんと叩いた。

「また旗ぁ揚げて応援できるように、願をかけようぜ」

「ううっす!」

「掲揚用意ーっ!」

先生が、まだがらがらに割れたままの声で叫んだ。
俺も全力で唱和する。

「選手諸君の健闘を祈りーっ! 団旗掲揚ーっ!!」








Power by Kansas



《 ぽ ち 》
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 サイン。
 第三者にわからないよう味方に指示を出すため用いられる、ジェスチャーや符丁のこと。

 サインそのものには何も意味がないため、指示に変換するには変換表を要する。

 しかし、サインはしばしば見落とされ、変換表は往々にして失われる。





(ウラジロ)


「なあ、監督のぐるぐるサインは、なんだっけ?」

「おまえ、忘れたのか? ありゃあ監督のこわーい警告だ」

「警告?」

「サイン忘れたら、ぐるぐるバット百回の刑だぞって」






(トキワシノブ)


「なあ、監督のにぎにぎサインは、なんだっけ?」

「流れがこっちに来てるからチャンスを逃すな、だよ」

「でも、ぼろ負けしてる現状でチャンスもへったくれもないと思うんだけど」

「じゃあ、監督がグラウンドで百円玉を拾ったんだろ」






(ベニシダ)


「なあ、監督のばんざいサインは、なんだっけ?」

「あとはおまえらで勝手にやれ、だ」

「サイン出す意味ないじゃん!」

「俺らがちっともサインを理解しないから、もうお手上げだってさ」






 理解させたくないから、大事なことがサインに化ける
  理解されることを期待して出したサインは、無視される

 直に言うべきことをサインにしていないかい?
  大事なサインをうっかり見落としていないかい?







Warning Sign by Coldplay



《 ぽ ち 》
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《ショートショート 1143》


『緑の炎』 (あおくさ 5)


梅雨明け間近。
夏制服のシャツの袖から出る腕に、しっかり汗が浮くよう
になってきて。
通学路沿いの草の丈がぐんと高くなった。

ひまわり公園のフェンス際にもっさもさ茂ってる雑草も、
もう少ししたら刈り払われちゃうな。
学校が街中にあるから、遠出しなくても虫が撮れるここは
狙い目なんだけど。
俺んちの庭ってわけじゃないからしょうがない。

スクールバッグを背負ったまま、小さなコンデジを構えて
草の中に入る。
興味のない人には、飛び交うどの虫も同じようなものなん
だろう。でも俺には、そこに豊かな王国があるように見え
るんだ。

まだ羽が短いバッタの跳躍。
黒いハムシが足を縮めて転げ落ちる。
巣を壊されてあたふたしているサラグモ。
ホソヘリカメムシは四肢を踏ん張って動かない。

『たくさん』の中の一つでありながら、そこにいるのは紛
れもなくユニークな存在で。
写真を撮るたびに俺もそうなんだよなと妙に納得し、安心
するんだ。

草むらから離れた俺は、カメラをバッグにしまってスマホ
を出す。

「おっ」

最近インスタを始めたトシが、今朝の一枚をアップしてた。
あいつの撮る写真は、被写体もアングルも印象もほとんど
変わらない。

草むらに寝転がって、そこから空を見上げる。
全ての写真が、そんな風に切り取られている。

トシを知らないやつは、どれも代わり映えしなくて退屈だ
と感じるかもしれない。

でも、俺は違う。
どの写真の奥にも、あいつの笑顔が見えるからだ。




(スイバ)



トシは、俺が一年の時のクラスメート。
だけど、教室で一緒にいたのはほんの少しだけだった。

俺だけでなく、クラスの誰もがトシを無口で陰気な奴って
思ってたはずだ。
口癖は「たりぃ」。
実際、休み時間はずっと一人でぼけっとしてたし、授業中
も居眠りこきまくっていて、こいつ大丈夫かと思ってた。

だらけた態度を先生に注意されたことも一度や二度ではな
く、そのうち学校に来なくなるんじゃないかってダチと話
してたんだよな。

そしたら、本当に来なくなった。
いや、正確に言えば来れなくなったんだ。

夜に家族全員で食事に出かけた帰り道に、親父さんの運転
する車が信号無視の暴走車に突っ込まれたんだ。
両親と妹はほぼ即死。トシだけが、左腕の単純骨折だけで
助かった。

一瞬で家族全員を失って一人きりになる。
そのショックがどんなにでかいか……俺には想像すらでき
なかった。

トシは、もう復学できないかもな。
俺だけじゃなく、誰もがそう思っただろう。

でも、トシは二週間休んだだけで復学した。
それだけでもびっくりものだったんだけど、トシは笑って
たんだよ。へらへらとではなく、全力で。


           −=*=−


事故が起きる前の無気力な姿が思い出せないくらい、トシ
はアクティブになった。

帰宅部だったあいつは俺と同じ写真部に入り、部活の時間
中ずっと学校周辺の草むらにこもるようになった。
地面にいる虫が上空を見上げるようなアングルの草と空の
写真を、何かに取り憑かれたかのように何百枚、何千枚と
撮り続けたんだ。

トシが普通の生徒なら、顧問の伊藤先生が他のものも撮れ
よと指導したかもしれない。
でも事故のことがあったから、誰も余計な口出しはできな
かった。

写真を撮っている時のトシは、いつも笑っていた。
作り笑いとか無理してる笑いじゃなく、本当に楽しそうに。
その笑顔が、奇妙を通り越して気持ち悪かったことは否定
できない。

俺のそういう悪印象は、偶然トシと草むらで出くわした時
にがらっと変わった。


           −=*=−


「俺は……死んでたんだよ。事故の前から」

トシが、突然何か話し始めた。
俺はデジカメの電源を切って、聞き返す。

「死んでた?」

「そう。生きてるっていう実感がなかった。何もかもかっ
たるかったんだ」

トシの笑顔は変わらない。

「事故で親も美佐もいなくなって。俺一人が生きてる。君
は生き残れてよかったね。他の三人の分までがんばるんだ
よ。そういうセリフが容赦無く突き刺さるんだ。俺は、最
初っから生きてなかったのによ。でも」

カメラを構えたまま、トシが草むらの中にどさっと身体を
投げ出した。

「病院の中庭でこんな風にこけて、そん時に草と空が見え
たんだ」

「うん」

「いつも上から見てっから、草なんかせいぜいこんくらい
までしか伸びらんねえってわかる」

トシの伸ばした右腕が、そのまま空を持ち上げる。

「でも、こやって見たら。そこまでしか伸びらんねえって
思ってる草なんか、一つもないんちゃうかなって」

「あっ!」

俺が驚いて出した声に目を細めたトシは、ぐいっと上体を
起こした。

「こいつら、どやって生きるかなんて考えてねえ。それが
生きるってことなんだろなあって。そう思ったんだ。だか
ら」

「うん」

「俺は、親や美佐の分まで生きるつもりはねえ。俺は俺以
上には生きれねえよ。でも、この草くらいにはなりてえよ
なあ」

楽しいから笑ってるんじゃなく。
生きてるから笑える。

その光景が素晴らしいから撮ってるんじゃなく。
自分の生を確かめるために撮ってる。

恐ろしいほどの不幸に見舞われたのに、なぜ笑っていられ
るんだ? 無理に笑ってるんじゃないのか?
そういう疑問が静かに解けた。

俺とトシは、それ以上突っ込んだ話をすることなく。
同じ写真部の部員として、草むらに顔を突っ込んでそれぞ
れの写真を撮り続けた。

それから。
トシは、後見してくれることになった叔父さんの家に転居
するため転校することになり。

夏休み明けに姿を消した。




(ナギナタガヤ)



「あれからもうすぐ一年かあ」

あの時二人で通い詰めた草むらは、もうすぐ刈り払われて
しまう。
青空を燃し尽くそうとする緑色の炎が揺らめくのも、あと
少しだ。

それでも炎は毎年変わらずに燃え上がり、俺をどこまでも
安心させてくれるだろう。

トシが転校してからも、あいつとは時々ラインで写真のや
り取りをしてきた。
あいつがインスタを始めたってことは、生きる意味を少し
だけ深く考えようとしてるのかもしれない。
俺の希望的観測だけど。

それでも。あいつの撮る写真は今でもずっと変わらない。
静かに燃え盛る緑の炎だ。
その写真の奥に、俺はいつでもトシの笑顔を見ることがで
きる。

目の前で、わしわしと炎を食ってるバッタ。
俺はそいつにレンズを向けながら、今日も小さく呟き続け
る。

「そうだよな。生きる理由、生きてる理由なんてあるもん
か」








Splendor In The Grass  by Pink Martini



《 ぽ ち 》
ええやんかーと思われた方は、どうぞひとぽちお願いいた
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