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シーズン8 第七話 鷲羽(2)



 「手出し無用もなにも、私の出る幕などどこにもないわい。ビクセン公もよう言うわ」

 あまりに鮮やかなビクセン公の作戦行動に呆れてぼやいたら、ペテルがすかさず口を挟んだ。

「ゾディさま。わかっておられますか」
「うん?」
「手出しをするなと書いて寄越したのは、ビクセン公ではありませんよ」
「む……」
「ビクセン公は、初陣になるグレアム皇太子が心配だったはず。息子に大過がないよう守護してくれとゾディさまに依頼する可能性があったんです」
「なるほど。グレアムが先んじて拒んだということじゃな」
「そうだと思います」

 説明にじっと聞き入ってたイルガが、慎重に尋ねる。

「ペテルさん。サクソニアはなぜボルムから撤退したのでしょう。戦勝国なのですから、ボルムの三分の二と西域全てを領有してもおかしくないと思うのですが」
「なぜかはビクセン公に聞かなければわかりません。ですが、もし僕がビクセン公なら、やはり撤退します」
「ほう」
「サクソニアは代々の王が自国をきちんと統治し続けてきたので、国民の結束がとても堅いんです。民の自国へのこだわりが強いので、他国への入植には二の足を踏むでしょう。しかも、まだ敵国の民が丸々残っている状況ですから」
「確かにそうですな。ボルムの民を皆殺しにでもしない限り、とても統治できそうにない」

 オルムが何度も頷いた。

「とまれ決着がついた。ビクセン公の次の手は戦後処理で分かる。我々は戦が治ったという事実を認めるだけでよいのであろう。やれやれ、一安心というところじゃな」
「なにを言ってるんですか! 逆ですよ!」
「逆じゃと?」

 大声で私の見立てを否定したペテルの表情は、これでもかと厳しい。趨勢が決まり、緊張に弱いペテルが一番肩の荷を下ろすだろうと思うたが。面食らってしまう。

「ペテル、どういうことじゃ」
「此度の戦で惨敗したことにより、ボルムはサクソニアに正面切って対抗できなくなりました。サクソニアに反撃する手段が『国としては』なくなったんです」
「お主、何が言いたい」
「ゾディさま、お忘れですか? 僕たちは此度のボルム攻防戦に一切関わっていませんが、それ以前に何度もボルムと関わり、ボルムの運命を捻じ曲げているんです。是非を一切考えずに事実として見た場合、そうなりますよね」

 む、確かにそうじゃ。グルクへの仕置き。グルクの遺した呪いの解除、ミスレの僧院の再建、ウェグリとサクソニアの仲介、そしてグレアムの結婚式における魔女ノルデの排除。いずれもボルムにとっては看過できない干渉……か。

「国としてサクソニアに対抗できない場合、その矛先はどこに向かいます?」
「むぅ……」

 ペテルが、手にしていた鷲の尾羽を高々とかざした。

「鷲はとても高いところから下界を見ます。全容を俯瞰できる代わりに、細部には目が届かないんです。それは国家でも同じでしょう」
「ボルムが伏兵戦を仕掛けてくるかもしれぬ。そういうことか」
「違います!」
「なに? 違う?」
「わかりやすいのでボルムを例にあげましたが、ボルムは動きません。いや、動けないんです。サクソニアが敗戦国の民をどう扱うか。その方針が示されるまでは動けません。敗戦による損害も極めて大きい。どのような規模であってもサクソニアを怒らせるアクションを起こせば、それこそ根絶やしにされてしまいますから」
「む……」

 乳白色の瞳が赤く濁っている。情の穏やかなペテルが怒りを隠そうとしておらぬ。

「オルムさんとイルガさんは騎士や兵を束ねておられました。立場としてはビクセン公と同じ長(おさ)。優秀な長の視線は鷲のように俯瞰になります。ゾディ様は集団を率いることなくずっと一匹狼ですが、強力な魔術を行使できますから気質は長なんです。視線はやはり俯瞰になります」
「……」
「先ほど言いましたが、俯瞰の弱点は視点が大所高所に置かれるほど細部が見えなくなることです」

 うう、ぐうの音も出ぬ。ペテルの言う通りじゃ。弱者を足蹴にするなとイルミンを諌めておきながら、なんというざま。恥じ入るしかない。
 ペテルは言葉を一切加減しなかった。

「おわかりですか? 民が長に見放されたとしても、他の長に付けばいい。ビクセン公は新しい統治の方策を練っておられるはずなので、領主や首長はともかくボルムの一般庶民にとってはあまり影響がないんです。ですが……」

 私、オルム、イルガの三人揃って恐ろしい事実に気づき、冷や汗たらたらになる。

「ま、まずい。西域が」
「そうです。キルヘもウェグリも共に滅亡しました。通常なら、滅亡させた戦勝国が代わりに政務を行うはず。でも、ビクセン公の交渉相手は曲がりなりにも長がいるボルムの面々だけです。交渉相手の長がいなくなった西域は放置されるでしょう」
「行政が崩壊すると全てが滞るようになる。餓死者が……出るな」
「何を悠長なことを! もっと早く襲い来る危機に気づいてください!」

 ペテルが血相を変えて叫んだ。

「一番恐ろしいのは長を欠いた集団なんですよ。長がいなければ俯瞰ができません。それは今屋敷に滞在しているリトワさんでわかるでしょう?」
「確かにな。あやつは、己のごく近いところしか見ておらなんだ」
「それが当たり前なんです。民が困窮するだけでは済みませんよ。誰もが国を破壊した首謀者に恨みを募らせるようになります。そして、末端の民は他国の長に直接恨みをぶつけることはできない。その恨みはどこに向かいます?」
「イルミンを介して西域に余計なちょっかいを出した、一個人の私……か」
「そうです!」

 怒りが言葉の刃に変わった。以前ソノーを糾弾した時と同じじゃ。あやつは直言に決して絹を着せぬ。

「相手が極悪非道な長であれば、ゾディさまはなんの遠慮も配慮もせず、彼らを粛々と滅するでしょう。ですがなんの罪もない民の恨みを向けられて、それをろくでもないと滅することができますか?」
「く……」

 ぎっと歯を噛み鳴らしたペテルは、最後まで糾弾の勢いを緩めなかった。持っていた羽を地図の上に叩きつけ、びしりと言い捨てた。

「どれほど天高く飛べる鷲であっても、飛ぶ力は小さな羽からしか得られません。そのことを、今一度よくよくお考えくださいますよう」

 そして……固く口を結んだまま憤然と執務室から走り去った。

「ふううっ。これは……したり」

◇ ◇ ◇

「ゾディアス様。ペテルさんの直言はあまりに不遜かと」

 ペテルの苦言は至極もっともだが、主人に対して口の利き方というものがあるだろう。そのような風情で、イルガが苦々しい表情をしている。

「咎めるつもりはない。主人を諌めるのも執事の重要な仕事だからな。情の部分はソノーが、理の部分はペテルが、それぞれ直言する。私はそれらをきちんとこなさねばならぬ」
「さようですか……」

 イルガとは対象的にずっと考え込んでいたオルムが、ふっと顔を上げた。

「私が西域に参りましょう」
「何か策があるのか?」
「為政者の代わりをすぐに探し出すことは難しいです。しかし、混乱を抑えるため有力な商人に執務代行させることは可能かと。商人は儲けにならない執政を請けたがらないと思いますが、販路拡大の好機だと説けばきっと引き受けてくれるでしょう。西域ならば行商が商いの基本。人と物の流れが途絶えない限り、銭と生活物資が動くはずです」
「なるほど、商人か!」
「経済が安定すれば地域が落ち着きます。その間に自ずと次の長が決まるでしょう」
「赴く商人のあては?」

 イルガが直に聞いた。オルムがさらっと答える。

「ケッペリアで素晴らしい商いをしているマルコさんに相談してみます。彼の店の商機も広がりますので、きっと良い助言が得られるでしょう」
「そうじゃな。私からも頼み込むことにしよう」
「いえ。ゾディアス様はお控えください」

 今度はオルムにぴしゃっとたしなめられた。

「我々は決して長になってはいけないのです。ゾディアス様がうかつに前に出ると、同じ過ちの繰り返しになります。私は一商人として振る舞いますので、西域のことはどうかお任せください。屋敷の警護はイルガどのにお願いいたします」

 余計なことをぐだぐだ言わず、オルムがさっと執務室を走り出た。情けない失態を重ねてしまったことに打ちのめされ、ぐったり脱力して椅子に体を投げ出す。

「はああっ。いかん。目標喪失はオルムではなく私の方かもしれぬ。精神(こころ)がとことんぶったるんどる」
「私もまだまだです」

 イルガが悔しそうに口髭を揺らした。

「お互い、苦労するのう」
「はい……」


【第七話 鷲羽 了】





(モミジバフウの未熟果)





Under The Sky by Whitesand


《 ぽ ち 》
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