「全部緑一色になっちまうと、もみじも味気ないもんだな」

 もさもさ盛り上がっている緑の塊に目をとめた勝久が、ぼそりとくさした。老舗料亭の小洒落た和庭。小さな池に枝葉を掲げているもみじが、若枝を惜しげなく四方八方に伸ばしてる。
 確かに、少し枝数を減らして流れを見せれば今よりはましな姿になるだろう。だが、年中植木職人に手を入れさせられるほど潤っている店ではない。ぎちぎちに切り詰められた造花のような青もみじを見せられるよりも、盛る緑の勢いに乗じて負けじと旨い料理に舌鼓を打つ方がずっと幸せな心持ちになれる。

「今時分はしょうがないさ。目に青葉と言うだろうが。目で丸ごと食って、どたまの中で透かせばいい。どんなに食ってもタダだし」



(イロハモミジ)





「トウカエデとフウの見分け方?」
「うん」

 どちらも街路樹の定番だが、似ているのは葉の形くらいなもので、葉の大きさも枝の出方も樹皮の様子もくっきり違う。いくら娘が緑ものに興味がないと言っても、スマホで画像を撮ってググれば一発だと思うんだけどな。
 ただ、そう言って突き放すのはどうにも味気ない。娘が見上げているトウカエデの若枝と、その向こうの霞がかった薄青空を見晴るかす。

「そういや青もみじというのはよく聞くが、青かえでという表現は聞かないな。どうしてかな」



(トウカエデ)





「もうね、目ぇがあかんのですわ」
「白内ですか?」
「ええ。ぼんやりとしか見えへんのです」

 祖父が、メグスリノキを見たいという知り合いを連れて俺を訪ねてきた。眼病によく効くので目薬の木という名がついているその木は、カエデの仲間だ。葉は三枚の小葉がセットになっていて、およそカエデの仲間には見えない。秋の紅葉は美しいものの、正直それほど鑑賞価値の高い木ではない。
 たまたま緑地に植え捨てられていた木を見つけた俺は、帰省した折りに小ネタの一つとしてそいつを披露したんだ。祖父がその話を覚えていたんだろう。

 目薬として使いたいのであれば、製品がいくらでも売られている。視力を少しでも回復させたいからここまで出向いたというわけではなさそうだ。

「こちらです」

 単独で見るととてもユニークなメグスリノキも、他の木々に混じるとどこにでもある雑木にすぎなくなる。祖父に支えられるようにして樹下に立った老人は、柔らかな笑みを浮かべながら、わずかな木漏れ日を探した。

「観音様ぁ拝みようなもんですわ。見ているだけでようなる気がしますなあ」



(メグスリノキ)




  青紅葉 或るものはただ翳(かげ)と化す









Maple Tree by Angel Taylor


《 ぽ ち 》
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