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シーズン8 第六話 平和(2)



 ウェグリとキルヘを交互に指差す。ウェグリとサクソニアが同盟を結べるのと同じ様に、キルヘと旧ボルムの連中も連携できるのじゃ。それは必然の成り行きだったかもしれぬ。

「キルヘと旧ボルムとが同盟を結んで二方面からウェグリを攻めれば、小国のウェグリはいくらも保ちませぬ。いかに砂竜がおると言っても地力が違い過ぎまする」
「それでは、なぜに砂竜を抑えろという依頼が私に降ってくるのでしょう?」
「ウェグリはここルグレスと同じで貧相な小国じゃ。苦労して攻め落としたところで何の益にもなりませぬ。ウェグリ攻略で兵を消耗せず、すぐさまサクソニアへの二方面攻撃に踏み切りたい。それが旧ボルムとキルヘの目論見でしょう」

 リトワは完全に言を失い、項垂(うなだれ)れてしまった。

「じゃが、砂竜封じを請けられる魔術師は今ほとんどおりませぬ」
「みな、断るからでしょうか?」
「いや、高位の魔術師そのものがほとんどおらんのです」
「は? それは……なぜでしょう」
「ギルドが、悪名高き北の魔女ノルデにちょっかいを出したからじゃ」

 顎が外れるのではないかと思うくらいリトワが大口を開け、目を剥いた。

「む、無謀な……」
「そうでありましょう? 身の程知らずもいいところじゃ。ギルドの総帥ゼルキン卿は腕はよくても若輩じゃった。ノルデ封鎖戦の修羅場を知りませぬ。あっという間に滅されたことでしょう」
「ひ、ええ」
「それはともかく」

 地図の上の指をキルヘに動かす。

「キルヘ太守の依頼は以前と同じですが、意味が違う。前は内輪揉めへの肩入れをせよというみみっちい依頼でしたが、此度はボルムが絡んでおりまする。滅亡寸前のウェグリなどどうでもよく、標的がサクソニアになっておる」
「うう……」
「砂竜は数が少なく機動力に欠けるゆえ、守備専用じゃ。攻めには使えませぬ。それゆえキルヘと旧ボルムは砂竜を抑える魔術師を確保できなくとも兵の数に頼ってウェグリを蹂躙するでしょう。魔術師を探しておるのは、ウェグリ攻略にかかる日数と戦費をけちりたいだけじゃ」

 いや、それだけではないな。魔術師に砂竜を抑えさせることで砂竜使いの女たちを捕虜にし、自軍に組み込む魂胆であろう。
 黙りこくったリトワが、恐る恐る顔を上げた。

「して。ゾディアス様はどうなさるのでしょう?」
「私は国同士の諍いには一切関わりたくありませぬ。好きにすればよい。以前キルヘ、ウェグリから持ち込まれた依頼はどちらも断っておりまする」
「なるほど……」
「ただ、私が何かせずとも、サクソニアのビクセン公はすでに備えておるはず。恒久平和などしょせん画餅(がべい)に過ぎぬということは、ビクセン公ほどの人物になれば当然理解しておりましょう」

 その時。開け放っていた窓から一羽の白鳩がすいっと飛び込んできた。足に紙片が結わえ付けてある。

「ふむ。グレアムからじゃな」
「依頼ですか?」
「いや、グレアムは私が略式依頼を請けぬことをよく知っておる。これは単なる文であろう」

 紙を開くと、短い私信が走り書きされていた。

『妻の一族はすでに当国に避難させております。今後の当国の行動については一切手出し無用でお願いいたします。

 グレアム、記す』


 文をペテルに見せる。ペテルが文面をさらっと読んでうなった。

「うーん、さすがですね」
「獅子の子は獅子じゃな。ビクセン公も心強いであろう」

 事態の打開を魔術に期待するのは、己の弱みを晒すことに他ならぬ。事の成否が魔術に委ねられてしまう他力本願は、自らの力を信じて難局を乗り切ろうとする勇者にとってこの上ない恥辱であろう。リトワに改めて確かめられる。

「ゾディアス様は此度の戦役に、一切加担されないのですね」
「関わりませぬ。ただし」
「はい」
「私が住まうここルグレスは死守いたしまする。それは自らの生命と生活を守るためであり、恩讐の有無とは全く関係ございませぬ」

 文机の引き出しから呪符をいくつか出し、呪を唱えながら窓から放した。

「ワンド! 塞げ!」

 放った呪符は、鳥の形を成して何処にか飛び去った。此度の魔術行使では報酬が得られぬ。されど、戦にルグレスが巻き込まれることだけは絶対に避けねばならんからな。

「ゾディアス様。今のは……」
「ああ、ルグレスは北と西にボルムとの国境(くにざかい)がありまする。東進を諦めたボルムの連中が南下してルグレスを踏み台にするやもしれませぬ。国境に壁を立て、塞ぎました」
「か、かべえ?」

 リトワが目を白黒させておる。ははは。

「いや、実際に壁を築いたわけではありませぬ。街道に不可視の門を置き、ボルムから門を突破してルグレスに向かおうとした者をボルムのどこかに戻す。それだけでございます」
「とても想像が及びません」
「いつもこの程度の備えで済めば良いのですがな」

 現状、ジョシュアがどれほど整備を急いでもルグレス軍はどうしようもなく弱小じゃ。ボルムの大軍が押し寄せると防ぎようがない。ならばある程度の備えが整うまで、壁で塞ぐしかあるまい。

「それにしても」
「はい」
「これほどの片田舎であっても乱と無縁ではいられぬ。どうにも面倒なことですな」
「はは……」

 力なく笑ったリトワがゆっくり腰を上げた。

「とんだ長居をいたしました。詮(せん)のない愚痴を聞いていただきありがとうございます」
「いやいや。時にリトワどの。貴君は今どちらにお住まいですかな」
「騒動の大元、南ボルムでございます」
「それで……か」

 思わず頭を抱えてしまったわ。

「今帰れば必ず領主に召し出されるでしょう。そうなれば、砂竜を抑えてくれという依頼から抑えよという命令に変わるはず。貴君は断ることができなくなりまする」
「うう……」

 意気消沈してしまったリトワに助け舟を出す。すでにサクソニアが動いているのであれば、状況が落ち着くまでごたごたから距離を置いた方がよかろう。

「乱の行方に目処がつくまで、こちらに残られてはいかがですかな」
「よろしいのですか?」
「ここはガタレの竜が住まうメルカド山の麓(ふもと)じゃ。禍々しい地所なれば、見た目ほど平和ではありませぬ。されどその分、人同士の戦場(いくさば)になることもありませぬ」
「さようですか」

 リトワはほっとしたのであろう。大きく細く息を吐きながら、ぼそぼそと漏らした。

「私はもうよぼよぼのじじいです。大それた魔術は久しく使っておりませんし、使う気もありません。さっさと隠居させてほしいというのが本音なのですが……」
「ははは。お気持ちはよくわかります。まあ、使わぬ術は寂れまする。居所(きょしょ)が変わればどこにでもおる田舎人として余生を送れるでしょう。ただ」
「はい」
「魔術は常人には扱えませぬ。それを操る魔術師という称号を戴いた時点で、平和とは無縁の人生を送らねばならぬという覚悟が必要であったかと」

 きっちり苦言を呈しておく。凡人のリトワには魔術を役立てることも悪用することもできぬ。自分には魔術など荷が重いと判じた時点で生き方をすっぱり変えた方がよかったと思うがな。まあ、年寄りに今さらそれを言うのは無体というものじゃろう。がっくり肩を落としているリトワを慰めた。

「リトワどのはよく身の程を知っておられる。だからこそ、今まで生き延びてこられたのでしょう。ギルドに入っておったら、今頃は墓の中じゃ」
「うう、さようですな」
「此度のこととてそうでありましょう。もし貴君が魔術で砂竜の制御を試みようと虚勢を張れば、成功しても失敗しても後に引けなくなりまする。最悪、私と敵対していたかもしれませんぞ」
「ひいいいっ」

 まあ、いじるのはこれくらいにしておこう。

「さて。そろそろ屋敷の面々が戻ってくるでしょう。ここにおる間は誰もが当屋敷の客人。どうかのんびりと過ごしてくだされ」
「ほんにかたじけない」

◇ ◇ ◇

 ペテルに客室への案内を任せ、そのあとすぐにシーカーを飛ばしてジョシュアにボルム国境への壁の設置を、グレアムに伝言への謝意と了承を伝えた。特に、ジョシュアには此度の件に絶対絡むなと強く警告した。
 サクソニアの一大事ではあっても、ルグレスには直接関係せぬこと。なのに、かつての太陽王子がしゃしゃり出て助太刀すれば、サクソニア内部に再び内紛の火種ができてしまう。徹底して距離を置き、ルグレス防衛に専念してほしい。

 賑やかになってきた階下の話し声をそこはかとなく聞き流しながら、ひとりごちる。

「私が何もせねば平和……だといいのだが、そういうわけにも行かんのが世の中じゃな。さて、グレアムとビクセン公のお手並み拝見と行こう。申し訳ないが、私は高みの見物をさせてもらう」


【第六話 平和 了】





(コノテガシワ)





White Dove by Scorpions


《 ぽ ち 》
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