読書ノートの269回めは、さとうさくらさんの『スイッチ』(2006年発表。文庫版は宝島文庫)です。

 さとうさんは覆面作家さんで、プライベートを明かされていないようです。本作がデビュー作になるんですが、宝島社が主催した際一回日本ラブストーリー大賞の最終選考に残った作品だそうです。ちなみに、その時大賞を受賞されたのが原田マハさんの『カフーを待ちわびて』。審査員の先生たちの間でも真っ二つに評価が割れたそうなので、本作もとても高評価だったということなのでしょう。





 あらすじ。
 晴海笘子という27歳のフリーターが主人公です。顔もスタイルも決して悪くないんですが、対人関係の調整が下手でまともに男と付き合ったこともなく、まだ処女。自分に自信がなく、人との濃い付き合いをとにかく嫌がります。コンプレクスも面倒さも人間不信もいろいろぐちゃぐちゃに混ざったままなので、愛想のない笘子をますますとっつきにくくしてしまっています。
 じゃあ、そういうぼっち体質の自分に納得し満足しているかというと、ちっとも。ありとあらゆることが自分を疎外させているように感じてしまい、常に不満と不安の真っ只中。そんな笘子の癖は、人とのやり取りに疲れると首筋にあるスイッチを切ろうとすること。もちろん、そんなスイッチなんか実在しません。架空のスイッチ、ですね。スイッチを押せば全てが消えるなんてのは、単なる願望に過ぎないすぎないのです。
 そんな笘子は、ある日『ドンマイ』という喫茶店に偶然入り、そこのマスター(笘子いわく、サル男)と知り合うんですが……。

 というお話。




(ツルニチニチソウ)



 感想を。
 うーん、微妙。
 これが恋愛小説ではなくビルドアップものなら、こういうのもありかなと思うんですが。どれほど丁寧に読んでもそう読めないんですよ。恋愛以前に、人との感情のやり取りがとてもぎごちない。下手くそ。笘子自体が、自他の魅力を低く見積もる後ろ向きの姿勢をずっと貫いているので、外に出てくる熱量がまるっきり足りないんです。当然、恋愛的な意識の出方も途方もなく淡くなります。
 また、笘子が惹かれるサル男も然りでねえ……。彼もまた熱量が少ない。ある意味、似た者同士の『ごっこ』にしかならない。そして、さとうさん自身が、あえて恋愛には持っていっていないんです。最終選考で原田さんに大賞をさらわれたのは、その熱量の差かなあと思いました。

 ただね。本作から恋愛要素を差し引くと、残りの部分はとても味が濃いんですよ。笘子に絡むいろいろなサブキャラたちがとても人間臭い。笘子はその人間臭さを時に嫌がりながらも、接点は切らない。逆に、人間臭さがぷんぷん臭うところからしか本当に必要なものは得られないのだと覚っていくんです。徐々に、少しずつではあるんですが。
 最後まで笘子の自虐的な性格は変わりませんが、自分も人もそんなに悪くないのかなと思えるようになれたことで大きな人生の転換を果たせたのでしょう。そう思わせてくれる、いいエンディングでした。

 そうですねえ……。以前ご紹介した阿川せんりさんの『厭世マニュアル』にかなり重なるイメージ。阿川さんはマスクを自己防御アイテムとして登場させていましたが、さとうさんも自他を切り離すアイテムとしてスイッチを設定しているので、よく似ています。
 ただ、阿川さんが徹底して弱者のビルドアップに徹していたのに対し、本作では少し男女関係の綾を絡めた分、色数が多いという印象になりますね。ぼっち世代、自己完結世代の一つのテストケースとして、魅力的なビルドアップものだと思います。




(ショウジョウバカマ)



 テクニカルなところを。
 笘子視点にかちっと固定された、一人称的三人称記載。視点に全くブレがありませんので、とても読みやすかったです。笘子の思考をなぞる形で進行しますので、笘子にシンクロできない人は最初からダメでしょう。笘子がとてもめんどくさい性格なので、そこにいらいらすると本作を読了できないと思います。

 誤解があるといけませんので申し添えますが、笘子は『めんどくさい女』であっても『嫌なやつ』では決してありません。いろいろなことを自分軸でまじめに考えすぎて、すぐに思考飽和してしまうだけなんです。思考飽和すると、スイッチを切ろうとする。そうできない時は、とんでもない衝動的行動に出る。どちらも、まああるかなあと。
 刹那的な外面だけを見れば、「だめだ、こいつ」になってしまうんですが。それを笘子視点で見ると違う画(え)になるというところに、本作の味とおもしろさがあると思います。

 修辞はそれなりです。三人称でありながら、実質笘子の一人称ですから、笘子の世界観を崩さないようほどほどのレベルに調整されていますね。
 特筆すべきはサブキャラ設定のおもしろさでしょう。笘子が惚れるサル男。サル男の元妻であるメンヘラ佳織。短大時代の友人でバイト先のビルで働いているキャリアウーマンの結衣。結衣のカレシのかるーい川瀬。バイト先で一緒に便器を磨いている主婦の中島さん。キャバクラ上がりで、男にだらしない瑠夏。全員、レンアイをこじらせてるんですよ。彼らのいざこざに巻き込まれてしまった笘子が、そこから逃げ切れずに自分もこじらせてしまうあたり、かなり笑えます。
 普通はぐちゃぐちゃになったら沈むでしょ? でも、接点を活かすというのが本作のキモですから、そこが逆なんです。

 気になった点が一つ。笘子一人称にしなかったことで、客観性は上がっているんでしょうか。いやあ、ちっとも。実質、ほぼ笘子の一人語りなんですよ。と、いうことは。笘子の一人称で書くとまんま私小説になってしまうので、さとうさんはナレーターを挟むことでキャラとの距離を少しだけ確保した……そんな風に感じました。
 自身の意識を強く反映させた分身としてのキャラを作るのは、良し悪しでしょう。キャラを徹底的に磨きこめる反面、それ以外のキャラをなかなか作れなくなるというデメリットがあるからです。わたしは私小説が苦手ですし、書けません。その苦手意識が足を引っ張って『微妙』という評価になっちゃったかな。あくまでも私見ですけどね。

◇ ◇ ◇

 笘子が、スイッチで常に切ろうとしていた接点。接点に空いた穴から他者のナマに触れて自他を見直すきっかけにするという流れは、わたしの好みに合いました。ただ笘子の造形がぐだぐだなことと、苦手な私小説っぽさが気になった分、のめりこめなかったかな。

 そういう作品でした。


 次回。読書ノートはお休みして、雑感や読書状況などをつらつらと。




Switch by Mrs. Green Apple


《 ぽ ち 》
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