《ショートショート 1467》


『瓶の色』 (ぱっけーじ 9)


 若い冒険者が、棚に並べてある瓶のサンプルを見て素っ気なく言った。

「一番安いのは青瓶か。それでいい」
「よろしいんですか?」
「ちゃんと蓋が出来て漏れなきゃなんでもいい。中身が高いから、瓶は安物でいいんだ」
「わかりました」

 やれやれ、こいつも脳筋野郎か。瓶を軽視する浅はかな連中が増えた。嫌な時代になっちまったな。






 私はポーション(薬液)屋を長く営んでいる。昔はマイボトルを持ち込む客が多かったので中身だけを計り売りしていたんだが、最近は瓶とセットにしないとちっとも売れん。
 他の廉売店のように瓶詰め商品を並べて売らないのは、プロとしてのこだわりだ。瓶詰めして棚に並べると中身が劣化しやすいから、うちでは注文を受けてから瓶詰めする。残念なことに、そういうこだわりをしっかり理解してくれる客は極めて少ない。この店のポーションは効く……効果だけが喧伝されて無粋な連中が毎日押しかけてくる。

 私はポーションの効果と扱いだけでなく、瓶の役割についてもちゃんと説明しているよ。だが若い連中には金儲けしたくて高い瓶を売りつけようとしているように感じられるんだろう。瓶のリクエストは一番安い青瓶ばかり。効くかどうかが重要で、瓶なんざ中身がこぼれなければなんでもいい。中身を飲むか振りかけて瓶が空になれば、その場に捨てていく。だから高い瓶は要らないという理屈だ。大枚はたけとは言わないが、少しくらいは瓶に投資した方がいいと思うんだけどね。

 私が余計なことを言うと「じゃあ要らない」と買わずに帰ってしまうから、黙って客のリクエスト通りの瓶に入れて渡す。かような風潮なので、一番安い青瓶の減りがものすごく早い。瓶屋は喜ぶだろうが、私たちの儲けにはならない。瓶が銭にならないからではなく、安い青瓶を買うような連中はすぐにくたばって店に来れなくなるからだ。さっきの脳筋にいちゃんも、一見(いちげん)で終わりだろうなあ。うんざりしながら帳簿をめくっていたら、次の客が店に入ってきた。

「いらっしゃい。おお、エリスさんじゃないですか。久しぶりですね」
「お久しぶりです。ハーベスさん。商売はいかがですか?」
「おかげさまで、ポーションはよく売れてます。ポーションは」

 私の渋い表情を見て、エリスさんが意味ありげに微笑んだ。

「瓶、ですね」
「そう。青瓶で買う連中ばかりでね。あれじゃあ……」
「宝の持ち腐れでしょうね」

 エリス・ウルファイ。若く見えるが私よりもずっと年寄りだ。魔法使いというよりも稀代のポーション使いとして名が通っており、白から黒まで多様な作用を持つポーションを自由自在に使いこなす。うちの店の上得意様だった。ただ、最近は魔法使いの雇用に当たって魔力の強さのみが評価されるようになり、ポーション使いに特化しているエリスさんは一線を退いた。だからしばらくご無沙汰だったんだが。

「隊に加わられたんですか?」
「いいえ。学校で後進の指導に当たることにしました。魔法の授業は持たず、ポーション学だけ受け持つ雇われ講師です」
「なんともったいない」
「そういう時代なのでしょう」

 特に寂しげでも悔しげでもなく。淡々と述懐したエリスさんが、ポーションの大壺が並べてある店の奥をぐるっと見渡した。

「ギラのポーションは在庫がありますか?」
「一番の売れ筋なので、倉庫にもストックがあります」
「よかった。じゃあ、それを三つ」
「かしこまりました。瓶は茶瓶ですね」
「もちろんです。グレードは4で」

 さすがだな。グレード4の茶瓶はポーションよりも高い。だが、ギラを使うにはグレード4以上の茶瓶が必須なんだ。私はそれを必ず客に説明しているよ。青瓶だと肝心な時に効果が得られないかもしれないよ、とね。でも、若い連中は説明など聞きやしない。

 ギラは、シンプルだが使い勝手のいい閃光ポーションだ。ぶちまけると強烈な閃光を発し、敵の視力を一時的に奪うことができる。使うタイミングさえ間違えなければ攻撃を補佐する最強のアイテムになる。
 ただ、光の要素を凝縮したポーションなので、外光の影響を受けやすい。強光下ではポーションが固まってしまう。真っ暗な中に置くと闇を感知して勝手に発光し、力価が下がってしまう。明るい場所では強光を遮り、暗い場所では逆に松明の光を当てておかなければならないのだ。
 非常に有効だが取り扱いの難しいポーションがギラなんだよ。

 外光調整を細かく出来ないのであれば、瓶にその機能を持たせるしかない。それが遮光と調光を同時にこなせる高級な茶瓶だ。安い茶瓶では遮光しかできないが、グレード4以上になると保光機能が付く。暗黒下では瓶そのものが弱く発光し、ポーションの劣化を防ぐのだ。

 すぐに片が付く近場の雑魚退治ならともかく、遠征に持っていくなら茶瓶は必須。だが、最近はポーションの利用頻度が下がっているので、客もだめもとと割り切って買っていく。それなら買わんでくれと言いたいが……商売だとそうもいかない。






 茶瓶に詰めたギラを渡し、封を確かめてもらう。

「さすが。ぴったりですね」
「漏れたらしゃれにならないですから。中には詰め替えようとしておしゃかにする馬鹿者もいるので」
「あははっ」

 屈託無く笑ったエリスさんが戸口を振り返る。

「魔法使い全盛にはなりましたけど、一騎当千の強者はまだ数えるほど。大物を雇うには大金が要りますし、大物以外の術師はあてになりません。未熟な隊の全滅が続けば、風向きが変わるかもしれませんね」
「淘汰……ですか」
「そういう考え方はしたくないのですが、かと言って今の風潮を力づくで押し返す義理もありませんので」

 さらっと言い残し、エリスさんが店を出た。

「またごひいきに!」

◇ ◇ ◇

 青瓶には青瓶の、茶瓶には茶瓶の特徴と役割がある。それをきちんと把握していれば、重要な場面でポーションの持つ機能を十二分に発揮させることができる。ただ、中身は青瓶の方が見やすく、茶瓶だと見えにくい。外観で識別するのは茶瓶の方が難しいんだ。それが……そのままエリスさんの現状を表しているように見える。

 エリスさんは、己の実力を見えるように掲げない。常に茶瓶に入れ、見せないことで劣化を防いでいるようなところがある。実力は疑うまでもないんだが、実力者には見えないんだよ。
 茶瓶に隠されてエリスさんの実力が過小評価されているのならば、エリスさんをもう少しきらきらした青瓶に入れてあげたいと思ってしまう。そんな私の瓶の選択は誤っているのだろうか。

「ははは。私もエリスさんのことは言えないか。こんなだから、ちっとも儲からないんだし」





Bottle by Megan O'Neill


《 ぽ ち 》
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