第五話 草光る


(2)

 いっぺんに全部片付けるのはどう考えても無理だ。今のペースだと最低でも一週間はかかる。区画を分けて、順繰りに潰していくしかないな。

「帰り道、疲労困憊で居眠り運転にならんようにせんと。俺まであの世行きじゃしゃれにならん」

 自分の体力と相談して、そこそこのところで切り上げよう。まず二割目標で行こうか。段取りを考えて寄りかかっていた牧柵から背中を離したら。見たことのない若者がアプローチを上がってきた。第一印象は最悪だった。

「ヤンキーか……」

 ド派手なTシャツに破れ跡だらけのカーゴパンツ。耳、鼻、唇にピアスがぞろぞろ。金色に染められた髪は無造作に跳ね上がり、厚底ビーサンのような訳のわからない履き物を突っかけてる。いかにもなワルだ。ただ……どうも表情が冴えない。俺に因縁つけてやろうと肩を怒らせてくる感じではない。手もポケットには突っ込まず、少し前屈みでよたよたと歩いてくる。
 それと……目線が落ち着かない。不安そうにきょろきょろ辺りを見回している。見た目と中身がだいぶずれてる感じだなあ。声をかけてみようか。

「こんにちは。何か落とし物ですか?」
「あ、あああ、あのう」

 声がまた、びびりそのものだ。やさぐれたバカヤンキーの外見とまるっきりかけ離れている。

「え?」
「お、俺、謝りたくて」
「謝る?」

 ヤバそうなヤンキーが、いきなり俺の足元に土下座するなり全力で謝り始めた。

「す、すみません。俺ら、まさかここの人がその筋の人だと思わなくて。す……みません」

 と言って、べそべそ泣き出してしまった。その筋? ヤクザってこと? 何で俺がヤクザになるんだ。まるっきりわけがわからんぞ。

「うーん、どうも激しく誤解されてるようだけど」
「え?」
「確かにここはうちの所有地だけど、俺は普通の会社員だし、ヤクザ屋さんの親戚も知り合いもいないなあ」
「……」
「というか、なんでそういう話になるの? 俺にはちっともわからないんだけど」

 意気消沈した状態なのは変わらないものの、どう見ても俺はヤクザに見えないと思い直したんだろう。滝村という名の若者は、地面にべたりと腰を下ろしたまま力なく何があったかを話し始めた。

◇ ◇ ◇

「なあるほどなあ」

 そらあ、ゲンバを見たら腰を抜かすだろう。俺は牟田のじいさんの一件を聞いてたからさもありなんと思えたが、何も知らないあっぱらぱーのヤンキーたちにとっては天地がひっくり返るくらいの大ショックだったに違いない。
 つまり、俺の実験は一応の成果をあげたということになる。事実の確認という意味でも、野原にゴミをぶん投げていったやつの成敗という意味でもね。

 なんでも滝村さんのセンパイがたちの悪いちんぴらで、高校時代の後輩を無理やり引きずり込んでチームを作っていたというわけだ。ワルだからなんでもするぜといきがってはいたものの、しょせんは小物。せいぜい自販機荒らしやコンビニ前でのカツアゲくらいがとこで、お巡りさんにとっ捕まって説教される常連だったにせよ、雑魚感ばりばりだったらしい。
 ひどく迷惑したのは、ヤンキーたちに絡まれた人だけじゃない。チームに引きずり込まれてしまった滝村さんたちもある意味被害者だった。センパイのやらかす悪事の片棒を担がされ、時には尻拭いをさせられ、嫌で嫌でチームを抜けたくてもリンチが怖くて抜けられない。
 で、彼らがよく爆音響かせて車を流していたのが、この辺りの住宅街だった。今の住人は年寄りが多いから、腕っぷしに自信がなくても威圧だけで黙らせることができる。真夜中に野原のアプローチに車を並べて大騒ぎし、ゴミを好き放題撒き散らかしていた……というわけだ。

 ところが。連休前に世にも恐ろしい事件が起きた。センパイがチームのメンバーよりも大事にしていた愛車、初代NSXの車内いっぱいに、ボディーがひしゃげるほど大量のゴミが詰め込まれていたそうな。それも、車内だけでなくエンジンルームからトランクからマフラーからガソリンタンクの中にまで、ありとあらゆる空間にぎっしり、みっちり、入念に。
 ゴミは行く先々でばらまいてきたが、一番数多く集会をやったのがこの野原前だったわけで。捨て続けてきたゴミが異常な形で突っ返されたということは、阿呆にも認識できたんだろう。

 こんな意趣返しをするのは野原のオーナーしかありえない。センパイが「そいつぶっ殺してやる!」と激怒したものの、あまりに異常なゴミの詰め込まれ方を見て逆に怖くなった。これはきっとヤクザの仕業に違いないと仕返しを断念しただけでなく、逆に第二弾、第三弾の襲撃があるかもしれない、どうしようと怯え出したそうな。センパイには自ら謝罪に出向く勇気も甲斐性もなく、チームで一番立場の弱い滝村さんを人柱にしたわけだ。おまえ、ヤクザにぼこられてこい、と。

「まあ、なんというか。どうにも情けない話だな。頭痛がするよ」
「すんません……」
「で、センパイは今何してるんだ?」
「ヤクザが来たらどうしようって、部屋で布団かぶって震えてます」
「そのまま一生布団かぶって震えてやがれ。まったく」

 まあいいさ。とりあえず前回の実験の結果が一つ得られた。よからぬ意思込みで野原に放られたものは、野原からのし付けて返されるってことだ。車内が全部ゴミで埋まっていたのは、これまでの分を全部まとめただけでなくついでに利子までつけて突っ返したからだろう。返却先がはなはだ人迷惑なヤンキー車の中だったというのは実に痛快だし、象徴的でもある。
 おまえ、自分の大事にしているものをこんな風に汚されたら嫌だろうが。自分がそうされんとわからんのか、この大たわけめ! という恫喝なんだろなあ。








Grass Is Greener by Sundial


《 ぽ ち 》
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