《ショートショート 1462》
『手水鉢』 (かうんたーぱーと 8)
「おむすびころりんなら可愛げがあるが、これはないな」
「勘弁してほしいです」
スタッフ全員で、とても歓迎できない闖入者に尖った視線を浴びせる。冗談抜きに勘弁してほしい。
◇ ◇ ◇
自然科学番組の撮影で冬の里山に入った俺たち制作スタッフは、順調に撮影を終え、機材を麓に下ろしてそのまま昼食を摂ることにした。
天気は良かったんだが冷たい北風が強く、吹きさらしの林内で飲み食いするのはちょっと。日当たりは良くないものの急斜面が天然の風除けになっている谷に入り込み、わずかな平地(ひらち)にブルーシートを敷いて弁当を並べた。風が回り込んで来ない限り、エピガスが使える。撮影がほぼ終わったこともあって、俺だけでなくスタッフ全員リラックスムードだったんだが……。
「危ないっ!」
倉ちゃんの叫びで一斉に上を見たからよかったものの、とんでもないものががらがらと落ちてきた。落石かと思ったんだが、それは粗大ゴミだった。
「そっか。谷を巻くようにして林道が上がっていってるんで、谷上からゴミ放るやつがいるんですね」
「これだけ傾斜があれば、放った位置に残らないわなあ。今までどっかに引っかかってたのかも知れん」
俺たちだけでなく機材にも昼食にも被害がなかったので、動悸が収まった俺たちは奇妙な粗大ゴミを取り囲み、飯のおかずにとそいつの吟味を始めた。一番若い岬ちゃんが、白い陶器を覗き込む。
「てか、これ、なんですか?」
「手水鉢じゃないかな」
「手水鉢? あの神社にあるやつ、ですか?」
「いや、病院でよく見るやつだよ。医師や看護師が手を洗う白いやつ」
「あー、あれ、手水鉢って言うんですね」
事務所のクラシックなやつが使いづらくて、社長に取っ替えないかって交渉したことがある。その時に調べたんだ。
「それが正式名称ってわけじゃなく、手洗い器、洗面器、洗面ボウル……他にもいろいろな呼び方があるらしい」
「熊さん、詳しいですねー」
若い連中が一斉にソンケイのマナザシを投げてよこした。よしてくれ。たまたま調べたから知ってただけだよ。それより……。
「なんでこんなもんがゴミに出るかな」
いきなり山の中に真っ白な陶器の手水鉢がお出まししてみろ。俺でなくても絶句するわ。
最初にこいつの落下音に気づいた倉ちゃんが、険しい表情で手水鉢を蹴る。
「熊さんが、病院で使われてたって言ってたじゃないですか」
「ああ」
「閉院した古い病院の設備を、こっそり捨てたんじゃないですかね」
「それ……」
岬ちゃんが震え上がる。
「ヤバくないですかあ……」
「医療器具の廃棄には強い規制がかかってるからな。冗談抜きに勘弁してほしい」
手水鉢くらいならともかく注射針やら得体の知れない薬瓶やら笑えないブツがごろごろ出てきた日には、俺らではない撮影部隊が出張ることになる。後で確認しておかないとな。
一応、他にも落ちてきたものがないかを確認したんだが。手水鉢とよく似た白い陶器の部材がころんと転がっていた。
「手水鉢の水止め栓にしてはごついな。配管に使うものとかか」
今度は俺も含め、誰もその正体に見当がつかない。だが、俺はその部材を見てひどくもやもやした。
「熊さん。どうしたんですか?」
「いや……」
不恰好に転がっていた手水鉢を起こし、岩に立てかけた。ウエスで泥をぬぐい落とすと、滑らかな白い肌が現れる。割れても欠けてもいない。すぐにでも使えそうだ。部材の方も同様に泥をぬぐい落とす。ただし外側だけ。水の出入りがあったはずの内側には、何がへばりついているかわからない。とても触る気がしない。
大小の陶器を並べて見比べ、交互に指差した。
「俺たちみたいだな、と。思ってさ」
「え?」
岬ちゃんがきょとんとした顔をしたから、苦笑してみせる。
「手水鉢は、誰が見てもすぐに何かわかる。説明は要らない。でも、この部材は専門家が見ないと何に使っていたのかわからない」
「そうですね」
「俺たちは番組の撮影を請負ってるけど、この部材みたいなものさ。表には出ない。俺たちが撮影しないと、番組っていう手水鉢は機能しないのにな」
俺の一言が、全員の声を奪い去った。
「手水鉢とこの部材は対(つい)なんだよ。だけど対であっても、俺たちには日が当たらない。いや、もっと怖いのは」
スタッフが、じりっと手水鉢から下がった。
「俺たちという部材はいつでも替えが利く。手水鉢と対ではあっても、主従があるんだ。その上、手水鉢がこけたら」
転げ落ちてきた手水鉢を靴先で小突く。
「俺たちも漏れなく不要になるのさ。それが対というものの厄介さ、怖さだよ。ろくなもんじゃない」
Useless by Imogen Heap
《 ぽ ち 》
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『手水鉢』 (かうんたーぱーと 8)
「おむすびころりんなら可愛げがあるが、これはないな」
「勘弁してほしいです」
スタッフ全員で、とても歓迎できない闖入者に尖った視線を浴びせる。冗談抜きに勘弁してほしい。
◇ ◇ ◇
自然科学番組の撮影で冬の里山に入った俺たち制作スタッフは、順調に撮影を終え、機材を麓に下ろしてそのまま昼食を摂ることにした。
天気は良かったんだが冷たい北風が強く、吹きさらしの林内で飲み食いするのはちょっと。日当たりは良くないものの急斜面が天然の風除けになっている谷に入り込み、わずかな平地(ひらち)にブルーシートを敷いて弁当を並べた。風が回り込んで来ない限り、エピガスが使える。撮影がほぼ終わったこともあって、俺だけでなくスタッフ全員リラックスムードだったんだが……。
「危ないっ!」
倉ちゃんの叫びで一斉に上を見たからよかったものの、とんでもないものががらがらと落ちてきた。落石かと思ったんだが、それは粗大ゴミだった。
「そっか。谷を巻くようにして林道が上がっていってるんで、谷上からゴミ放るやつがいるんですね」
「これだけ傾斜があれば、放った位置に残らないわなあ。今までどっかに引っかかってたのかも知れん」
俺たちだけでなく機材にも昼食にも被害がなかったので、動悸が収まった俺たちは奇妙な粗大ゴミを取り囲み、飯のおかずにとそいつの吟味を始めた。一番若い岬ちゃんが、白い陶器を覗き込む。
「てか、これ、なんですか?」
「手水鉢じゃないかな」
「手水鉢? あの神社にあるやつ、ですか?」
「いや、病院でよく見るやつだよ。医師や看護師が手を洗う白いやつ」
「あー、あれ、手水鉢って言うんですね」
事務所のクラシックなやつが使いづらくて、社長に取っ替えないかって交渉したことがある。その時に調べたんだ。
「それが正式名称ってわけじゃなく、手洗い器、洗面器、洗面ボウル……他にもいろいろな呼び方があるらしい」
「熊さん、詳しいですねー」
若い連中が一斉にソンケイのマナザシを投げてよこした。よしてくれ。たまたま調べたから知ってただけだよ。それより……。
「なんでこんなもんがゴミに出るかな」
いきなり山の中に真っ白な陶器の手水鉢がお出まししてみろ。俺でなくても絶句するわ。
最初にこいつの落下音に気づいた倉ちゃんが、険しい表情で手水鉢を蹴る。
「熊さんが、病院で使われてたって言ってたじゃないですか」
「ああ」
「閉院した古い病院の設備を、こっそり捨てたんじゃないですかね」
「それ……」
岬ちゃんが震え上がる。
「ヤバくないですかあ……」
「医療器具の廃棄には強い規制がかかってるからな。冗談抜きに勘弁してほしい」
手水鉢くらいならともかく注射針やら得体の知れない薬瓶やら笑えないブツがごろごろ出てきた日には、俺らではない撮影部隊が出張ることになる。後で確認しておかないとな。
一応、他にも落ちてきたものがないかを確認したんだが。手水鉢とよく似た白い陶器の部材がころんと転がっていた。
「手水鉢の水止め栓にしてはごついな。配管に使うものとかか」
今度は俺も含め、誰もその正体に見当がつかない。だが、俺はその部材を見てひどくもやもやした。
「熊さん。どうしたんですか?」
「いや……」
不恰好に転がっていた手水鉢を起こし、岩に立てかけた。ウエスで泥をぬぐい落とすと、滑らかな白い肌が現れる。割れても欠けてもいない。すぐにでも使えそうだ。部材の方も同様に泥をぬぐい落とす。ただし外側だけ。水の出入りがあったはずの内側には、何がへばりついているかわからない。とても触る気がしない。
大小の陶器を並べて見比べ、交互に指差した。
「俺たちみたいだな、と。思ってさ」
「え?」
岬ちゃんがきょとんとした顔をしたから、苦笑してみせる。
「手水鉢は、誰が見てもすぐに何かわかる。説明は要らない。でも、この部材は専門家が見ないと何に使っていたのかわからない」
「そうですね」
「俺たちは番組の撮影を請負ってるけど、この部材みたいなものさ。表には出ない。俺たちが撮影しないと、番組っていう手水鉢は機能しないのにな」
俺の一言が、全員の声を奪い去った。
「手水鉢とこの部材は対(つい)なんだよ。だけど対であっても、俺たちには日が当たらない。いや、もっと怖いのは」
スタッフが、じりっと手水鉢から下がった。
「俺たちという部材はいつでも替えが利く。手水鉢と対ではあっても、主従があるんだ。その上、手水鉢がこけたら」
転げ落ちてきた手水鉢を靴先で小突く。
「俺たちも漏れなく不要になるのさ。それが対というものの厄介さ、怖さだよ。ろくなもんじゃない」
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