《ショートショート 1458》


『空の巣と卵の殻』


「空っぽの巣を見ると、多くの人は雛が巣立ったからだと考えるんだよ」
「うん。僕もそう思う」






「同じように、地面に割れた卵の殻が落ちていたら、多くの人は巣が襲われて卵が食べられたと考えるんだ」
「違うの?」
「さあ」






「だから、空の巣はハッピーなこと。割れた卵の殻はアンハッピーなこと。そう思い込みやすい」
「思い込み、なの?」
「そりゃそうだよ。空っぽの巣も卵の殻も結果に過ぎないもの。その結果が出るまでどうだったのかという経過は、必ずしも示してくれないのさ」
「うーん、よくわかんないけど」
「そうかい?」

 腕を組んで木の上の巣をずっと見上げているぼさ頭のおにいさんは、僕にもっと丁寧に説明するっていうより、独り言みたいにして呟いた。

「さっき俺が言った巣と殻の説明をくっつけてごらん」
「ええと。空っぽの巣がハッピーで、卵の殻はアンハッピー。あ」
「おかしいだろ? それぞれ別々ならいいけどさ。それが同時にっていうのは矛盾するんだ」

 慌てて木の上と地面を見くらべる。そっか。もし雛がちゃんと孵化したんなら、卵の殻は単なる残りかすだ。要らないから放り捨てただけ。別にアンハッピーじゃない。
 逆に巣がカラスとかに襲われて卵を食べられてしまったんなら、空っぽの巣は惨劇の跡だ。どっちもアンハッピーってことか。

 おにいさんは、ずうっと巣を見上げてる。

「巣も卵の殻も、雛を守るためのものだよ。雛がいなくなれば、幸福であっても不幸であってもいずれ要らなくなる」
「うん、そうだね」
「雛がもういない今、要らなくなったものを見て幸不幸を考えることに意味があるのかな。そう思ってさ」
「そうだけど……」

 理屈はわかるんだ。でも、すんなり納得できない。どうしてだろう?
 僕の心を読んだみたいに、おにいさんが話し続ける。

「意味がないっていうのはみんなわかってるんだよ。でも、空の巣にも卵の殻にも自分の心が投影されてしまうんだ」
「とうえい?」
「そう。映し出すこと。心が上向きならハッピーが映し出されするし、心が下向きならアンハッピーが映し出される」
「……ふうん」
「映し出されるものは単なる像だよ。像が実物に化けることなんか、決してない。でもその像を見て喜んだり悲しんだりしてしまう」
「いけないの?」
「いい悪いじゃないんだ。どうしてもそうなっちゃうっていうだけ」

 おにいさんは、空の巣を見上げたまま動かなくなってしまった。僕は、卵の殻を見下ろしたままずっと黙っている。

◇ ◇ ◇

 雛でなくなる理由は二種類ある。成長して大人になる、もしくは成長する前に生命を失う、だ。そのいずれであっても巣や卵殻は不要になる。そして放棄、放置された巣や卵殻が我々に直接何かを訴えかけることはない。黙したまま野ざらしとなり、いつしかどこかへ還ってゆく。
 ただの物に過ぎない空の巣や卵の殻から幸福や不幸のイメージを作り出すことは、我々に与えられた能力であると同時に業でもあるのだろう。

 巣にも卵内にも戻れないことを知りながら、まだそれらに拘泥している二人の男の子を見て。私はどうしても案じてしまうのだ。

 彼らはどこに行くのだろう。行けるのだろう、と。









Bird's Nest by Fretless


《 ぽ ち 》
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