読書ノートの259回めは、加納朋子さんの『いつかの岸辺に跳ねていく』(2019年発表。文庫版は幻冬社文庫)です。電子本での読書。

 加納さんの作品はこれまで最も多くご紹介してきましたので、略歴等の紹介は割愛します。ハートウォーミングなミステリーを得意とされる作家さんですね。ただ本作は、加納さんのいつもの路線とはだいぶ違いました。






 あらすじ。
 ストーリーは一つなんですが、『フラット』と『レリーフ』という二つの中編で構成されています。主人公は二人。森野護と平石徹子という幼馴染です。フラットは護視点で、穏やかで自己主張に乏しくなんでも我慢してしまおうとする徹子を見守る護の成長譚が。レリーフは徹子視点で、徹子が背負い込んでしまった過酷な運命を護をところどころ挟んで裏側から展開しています。
 もうちょい踏み込んで筋に触れたいんですが、それは感想のところで。




(ヒサカキ)



 感想を。
 とても良かったんですが、読後感があまりよろしくありません。バッドエンドではないものの、全体としては悲劇要素がこれでもかと強いからです。

 ネタバレしないことにはこれ以上何も書けないので、ちょっとだけ踏み込みますね。
 登場は護が先ですが、物語の主人公は徹子です。護から見て穏やかで平和主義者の徹子は『フラット』な人物。徹子は重大な理由があって『フラット』でありたいとするんですが、最悪の出会いによってそれが『レリーフ(浮き彫り』になってしまいます。
 護視線のどちらかと言えばほんわかぱっぱな前半が、徹子視線になったとたんにどかんとひっくり返ってしまうんです。それは反転ではなく暗転。いつもの加納さんの作風を念頭に置いて読み進めると、「うーん……」となってしまいます。

 その原因を作っているのがカタリという人物。通称ではなく、本当にそういう名前なんですよ。おそらく騙(かた)るを象徴させたんでしょうけど。医師でありながら、好人物の仮面を被って標的とした人物を話術を駆使して次々絶望に追い込んでいくサイコパス。徹子はカタリの毒牙にかかりそうな親友(林さん)をなんとか救い出そうと悪戦苦闘するんですが、ことごとく失敗してしまいます。視えている運命をどうしても変えられないんです。
 その悪戦苦闘とガン細胞のようなカタリのサイコパスっぷりが、読んでいてものすごくしんどいんですよ。ドラマとしてのダイナミズムが生まれる反面、ハッピーエンドなのに残る印象がこれでもかとネガティブになっちゃう。

 加納さんの作品の中でも三指に入る凝った設定だと思うんですが、本作に関しては黒い要素を使いすぎて最後のオチがくすんだなあという印象になりました。
 大病を患われたあとの作品は、初期のものより全体に苦くなっているんですが、本作ではそれが苦いだけでなく毒にまで濃くなったかなあと。もっとも、『トオリヌケキンシ』以降の作品はどれも黒い要素がしっかり入っているので、それを磨き上げたと考えればいいのかもしれませんが。少なくともすっきり系ではありませんでした。

 ネタバレさせない形だと、こういう風にしか書けません。ちなみに感想のところで、一つだけネタバレにつながる記述をこっそり混ぜてあります。読み出してください。(^^;;




(ローズマリー)



 テクニカルなところを。
 『フラット』は護の一人称。『レリーフ』は徹子の一人称ですね。おおらか大雑把能天気の護と、自己抑制が極端な徹子の対比があってこその本作なので、一人称できっぱり書き分けられています。加納さんはキャラの作り込みにそつがないので、安心して読めます。修辞にも過不足感はありません。心理描写が大半を占めるので、比喩表現に長けている加納さんの手腕が冴えます。もちろん、タイトルにも直に絡みます。

 護と徹子を取り巻く人物群がきっぱり二分されているのが、本作の特徴でした。カタリは言うまでもありませんが、実は徹子の母親が対極に置かれているんですよ。見るからにの毒親ではないものの、親でありながら徹子の側には立たないんです。
 歪んだ親子関係から目を離さない……加納さんは近作で何度も同じシチュエーションを取り上げていますね。それは告発ではなく、問題提起でしょう。当たり前だと思われてきた親子間の愛情結合が、当たり前ではなくなってるよ。どうするの、という重い問いかけ。それがとても重いので、徹子と護との絡みが運命的な恋愛ではなく、どこか相補的に見えてしまうんです。
 わたしが本作に没入できなかったのは、その辺りが原因かなあ。

 一部のゲスを除いては、登場人物の誰もが愛すべき人たちでした。そこはとても良かったです。

◇ ◇ ◇

 一人のゲスがストーリーの陰影をこれでもかと強化する図式は、以前ご紹介した関口尚さんの『シグナル』に共通するものがあります。シグナルを読んだ時も、がっつり萎えたんですよね……。ゲスのゲスっぷりを突きつけられるのは、本当にしんどいです。はあ……。


 次回。読書ノートはお休みして、雑感や読書状況などをつらつらと。




Steppin' Stone by The Farm


《 ぽ ち 》
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