第三話 値踏み


(4)

 少しだけ逡巡する間があったが、じいさんは核心をいきなり切り出した。

「私は事の起きた現場を見たわけじゃない。私が知ったのは結果だけだ」
「結果、ですか」
「そう。私が値踏みした野原の鑑定結果は、宅地としては無価値でも監視者のいない遊休地だから不法行為がばれにくいと受け取られたんだ」

 ああ、そういうことか。思わず頭を抱えてしまった。

「産廃業者がここに何か捨てたってことですね」
「わかるのか?」
「すぐわかりますよ。今でも時々不法投棄がありますから。不燃ゴミぶん投げていくくらいの小規模ですけどね」
「小規模、か。私が聞いたのは、大規模だったんだよ」
「ほう」
「再開発地区の廃ビル取り壊し現場から出た解体残土。いわゆるガラの投棄だったそうだ。十トントラックを何台も連ねて続々と。それも白昼堂々だ」
「ありえない、ですよね」
「ありえないよ。開発行為なら必ず近隣に事前通告があるはずだ。そんなのは一切なく抜き打ちの土砂運び入れなら、一度切りの捨て逃げだよ」
「通報は?」
「この地区の住人が、不法投棄が行われていると警察にすぐ通報したらしい」

 待てよ。

「じゃあ、苦情は真っ先に親父に来ますよね。土地所有者が親父なんですから」
「警察がすぐに確認しにいった」

 あーあ、なるほどね。親父は苦笑しただろうなあ。あの野原に何を運び込んだところで、野原はそれらを許容も放置もしない。絶対にしない。わずかな部材やたった一人の人間ですら許容しないのに、そんな何十トンもあるような残土の存在を許すはずはないよなあ。
 野原からそれらが消えたことはわかる。問題は結末だ。じいさんがしょぼくれるくらいだから、予想外のオチになったんじゃないだろうか。

「あの、その業者はどうなったんですか? 警察に摘発されたんですか?」
「いや……」

 じいさんは恐怖と絶望が入り混じったような顔で、放心したように呟いた。

「つぶれた」
「倒産したんですか?」
「そうじゃない。ああいう連中の商売はもともと実体がないに等しい。会社なんていうのは名ばかり、形だけさ。面倒なことになれば会社を畳んでどこかにとんずらする。潰れるんじゃなく、潰すんだ。責任をどこかへぶん投げるためにね」
「はあ」
「つぶれたというのは経済的にではなく、物理的に、だよ」
「なっ!」

 それは全くの想定外。初めて聞いた。今度はじいさんじゃなく、俺が真っ青になってしまった。

「そ、そんなことが」
「あったから言っている。とんでもない意趣返しだよ。倍返しどころの話ではない」

 その場にしゃがみこんだじいさんが頭を抱えて呻いた。

「私は……私は心底恐ろしくなったんだよ。不法投棄したやつも、それを倍返ししたやつも、絶対にまともな連中ではない。私が不用意に垂れ流した一つの値踏み結果が、とんでもない事件の引き金を引いてしまった。トラブルの行く末がどういう方向に流れていったところで、いずれその反動は私にまでたどり着くだろう」
「……」
「私は誰かを唆(そそのか)そうとして鑑定をしたわけじゃない。ここはいくらくらいになるんだと聞かれて、それに気軽に答えただけ。評価以外の意図はない。ないんだ!」

 ないないないないと呪文のように繰り返したじいさんは、それでも立ち上がろうとしなかった。後悔と恐怖は、四十年以上経った今も全く変化していないんだろう。

「済みません。一つだけ確かめさせてください」
「……ああ」
「その残土で潰れた業者ですが、人的被害は?」
「なかったと聞いている。その業者が使っていた事務所と隣接している駐車場、駐車場の車、器具庫。それらがきっちり方形の残土に埋まっていたそうだ。現場検証した警察官が、どうやったらこういう積み方ができるのかと首を傾げていたらしい」
「じゃあ、夜間ということか」
「そうだな。ただ、事務所近隣の住民は何も物音を聞いていない。朝、事務所の従業員が出勤したらその状態だったそうだ」
「ミステリー、ですね」
「私には客観視できないよ。地主の佐々木さんがどういう人物か、全くわからないんだ。もし悪徳業者以上の大物なら、私は逃れようがない」

 そうか。それで、牟田さんからのアプローチに心底驚き、だからと言って逃げることもできなかった。俺の側、佐々木家からじいさんにとうとうたどり着いたということになれば、どういう目に遭うかわからないと怯えたんだろう。

「ええと、もう一つ確かめさせてください。その悪徳業者の社長と社員はどうなったんでしょう?」
「いろいろやらかしていたらしいからね。全員捕まって、刑事罰を食らったと聞いている」
「形の上では、産廃を捨ててはいけない自社敷地内に残土を運び込んだとみなされたわけですね」
「そうだな」

 親父は、土建屋の顛末を知っていたんだろうか? いや、多分知らなかっただろう。業者が親父を調べたところで、ごく普通の会社員だというのはすぐわかると思うし、親父が問題の時間に業者以上の手際で残土返還を行動に移すのは、物理的にどうやっても無理だ。いろいろやらかすプロならば、そのくらいの判断はできるだろう。つまり親父以外にそういう行動ができるやつ、特に地元の有力者に意趣返しの該当者がいないかを探ったかもしれない。どっちにしても、じいさんにはなんの罪も咎もない話じゃないか。なんと気の毒な。
 よろよろと立ち上がったじいさんが、恨めしげに野原を見渡した。

「こんなところに……関わるんじゃなかったよ。結局、私は会社を辞めて逃げるしかなかった。もし関係者に見つかったらどういう目に遭うかわからないと怯えながら、ずっと生きてきたんだ」

 大きく変わるはずのない人生が狂ってしまった。変わったのではなく、変えられてしまったということか。








Qualified by Chris Rea


《 ぽ ち 》
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