《ショートショート 1457》


『雷管』


 爆薬自体は、何百トンあったところで単なる粉だよ。そのエネルギーを引き出すのは、着火装置の雷管さ。雷管の出来次第で、エネルギーの利用効率が変わる。
 ただ……雷管の立場になってみるとどうしようもなく切ない。何せ、仕込まれた雷管は絶対に生き残れないんだ。期待通りに機能するほど、雷管に注ぎ込まれた時間とエネルギーが無に帰す瞬間が虚しくなる。

 そうだろ?






「マッティ」
「なんだ」

 一心不乱に捜査報告書をベタ打ちしていたら、聞き込みに出ていたランスが戻っていたらしく、俺の肩越しに報告書を斜め読みしていた。

「例のやつか」
「そう。ここ二、三年は自爆テロの案件がほとんどなくて助かる」
「そいつも未遂で終わったんだっけ」
「ああ。途上国ならともかく、監視カメラだらけの俺らの国で古典的なテロ手段はなかなかうまく行かないさ」
「そうだな」

 草稿を打ち込み切ったところでファイルをセーブし、ディスプレイをスリープモードに変えた。

「それよか、そっちはどうだったんだ」
「さっぱりさ」
「はん?」

 ランスが手近な椅子に身体を投げ出した。古い事務椅子がぎしっと悲鳴を上げた。

「さっきの話と逆だよ。監視網が発達するほど連絡手段は地下に潜る。通り一遍の探りじゃ、端っこにもたどり着けん」
「まあ、そうだな。いたちごっこだ」
「なあ、マッティ。ここしばらく雑なテロが起こっていないのは、より組織された巧妙なやつが動いている予兆じゃないのか?」
「ないな」

 ばっさり切って捨てる。

「ないない。より高度な手段を模索するなら、資金と人材が山のように要るんだ。どこかの天才が恐ろしく手の込んだテロ手段を開発したところで、規模を大きくするなら最後はベタなところに降りちまうんだよ」
「どうしてそうなる?」
「あたりまえだろ。エネルギーってのは、どこかに集中するから力になる。対象が広がれば広がるほど分散して力価は下がる」

 ランスが今いち納得していないようなので、爆薬と雷管を例えに出す。

「何ギガトンというレベルの超特大爆弾をどこかに仕掛けるとする。おまえがテロリストならどこに仕掛ける?」
「そりゃあ街中だろ」
「そうなるわな。だが、街中にこっそりでかい爆弾を仕掛けるのは実質不可能なんだよ」
「そうか?」
「そうさ。分割して運び込み、組み合わせてでかくするみたいな手段はある。だが、でかい爆弾を爆発させるには精密な雷管がいる。雷管がお粗末だと、失敗して爆薬も雷管も仕掛け役も全部無駄になるんだよ」
「雷管、か」
「そう。作り込みが甘いと期待した効果が得られないが、精緻に作るには莫大なカネと時間と技術を要するんだ。結局どこかで限界が来て雷管が仕上がらず、絵に描いた餅で終わる」

 ランスの頭の中には旧式雷管のイメージしかないんだろう。呆れたような指摘が降ってきた。

「雷管なんざ、ボタンぽちで済むもんだろ?」
「そう考える連中が多いから、ほとんどのテロが未遂であげられちまうんだよ」
「む……」

 テロの規模を上げて殺傷能力を飛躍的に高めるには、ぶっ飛ばす連中を上回る人材、資金、技術力が要る。そして、テロシステムに組み込まれた者全員が雷管になりうるんだ。どでかい花火を打ち上げようとするなら、その中から自分だけを外して安全地帯に置くことが難しくなる。
 関係者が全員意思なきロボットか分別のわからないキチガイなら別だよ。実際には、組織内にものすごく意識の濃淡がある。意識の落差は、雷管を充実させようとすればするほど逆に雷管をだめにしちまうのさ。

 高邁な理想論、チープな敵対感情。そのどちらに自身を駆動させたところで同じことだ。はっと我に返った時に自分が雷管としてどでかい爆薬に縛り付けられていたら。その役回りを甘受できるやつがどれくらいいると思う?

 俺らが地道にテロ潰しをするなら、末端のやつを機能不全にするのが一番簡単なんだよ。おまえ、本当に自爆でいいんだな。木っ端微塵になっても平気なんだなと確認するだけ。それで、ほとんどのやつは目を覚ます。誰だって死にたかないからな。それで爆薬から雷管が抜けるんだよ。雷管さえ抜けば、あとはなにも怖くない。指導者という爆薬がどれほど強力であっても、だ。






 ランスと話をした三日後、そのランス自身がテロの協力者として当局に逮捕された。あいつは、ヤード内に潜り込んだ自分自身を切り札だと、巧みに隠された雷管だと思い込んでいたんだろう。

 あほか。あいつはテロ組織からもヤードからも役に立たない古い雷管として扱われていた。俺らはランスに偽の捜査情報しか流していないし、テロ組織内でも信用度の低いランスは最初から切り代だ。末端の運動員にしか接触できていないはず。
 だが、俺らは末端連中の把握ができれば十分なんだよ。そいつらを機能不全にするだけで雷管が動かなくなる。テロという爆薬はそうそう着火しなくなるってことだ。

 ランス。俺らはおまえのような末端だけを潰せば雷管を抜くことができる。だが警察ってのはそうはいかないのさ。末端をどれほどいじっても捜査機能を無力化する爆薬には火が点けられない。そうだろ? 俺らは雷管じゃない。自爆する必要がないから、何度でも再利用できるんだよ。

 書きかけの捜査報告書のけっつにランスの逮捕を書き加え、この件は完了だ。

「端金で人命をテロリストに売り渡すような粗悪雷管は、すぐに壊れるってことさ」





Detonator by Ash


《 ぽ ち 》
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