《ショートショート 1456》


『魔法使いの流儀』


 魔法使いにはそれぞれに奉る流儀がある。師から体系として術を教わる以上、流儀から完全に離れるということは生涯不可能だと言っていい。だが流儀への固執は致命的な弱点になる。流儀の想定から外れた途端に打つ手がなくなるからだ。基礎、基本としての流儀を否定するつもりはないが、技能というものは発展形を追い求めない限り使い道が限られてしまう。

 文明の進歩に伴い、あえて魔法に頼らなくても懸案を自ら解決することが可能になってきた。その分、魔法使いに持ち込まれる要請は大事、荒事ばかりになった。流儀がどうのこうのとくだらないことをほざいているやつは、敵に弱点を突かれてあっという間に命を落とす。それによって使い物にならない魔法使いが淘汰されるはずなんだが、相変わらず律儀に流儀を奉る連中が多くて心底辟易する。

 かく言う私は、すでに引退している。実力が衰えたわけではない。歳を重ねてものぐさになっただけだ。年寄りってのは自動的に統括役や調整役に駆り出される。個々の魔法使いの技能統括なら喜んで引き受けるが、衝突する流儀の調整なんざ絶対にやりたくない。調整に失敗すれば、隊が全滅してしまうんだ。調整を押し付けられるくらいなら、私一人で事に当たる方がずっとましだ。

 引退後も街中に住めばろくでもない連中に担ぎ出されるから、不便は承知の上で山奥の小屋に移り住んだ。現金なもので、移住後はほとんど客が来なくなった。これ幸いとぐうたら生活を満喫していたんだが、久しぶりに来た客が想定外の大物だった。

「なぜ、卿が?」

◇ ◇ ◇

 エベルトン領ベネイ公爵。一騎当千の猛者だが気難しい性格が嫌気されて王族から遠ざけられ、高い爵位を持ちながら領地が物騒な地所に据えられている。エベルトンは豊かな土地なのだが、とにかく魑魅魍魎の出現頻度が高い。領民がそいつらを恐れて居着かないのだ。どれほど生産性の高い土地であっても、実りを形にするのは領民だ。その頭数が揃わぬ限り、収益が上がらない。つまり公爵という名誉はあっても、実際には貧乏貴族なのだ。
 もっとも公爵は己の好きなようにできれば体面などどうでもよかったらしく、貧乏暮らしを心ゆくまで堪能していたと聞く。私同様に半隠棲状態だったと言えるだろう。

 似た者同士だから昵懇かと問われれば、答えは否(ノー)だ。私と卿は、立場、職種、技能、性格と何一つ重ならない。王宮での列臣会議において儀礼的な挨拶を交わす程度で、交流は皆無。まるっきり人種が異なる赤の他人と言ってもいい。向こうも私のことをそう判じていたはずだ。
 それがなぜ? いやいや、私よりも身分がずっと上の賓客ということになる。失礼があってはいけない。

「このようなみすぼらしい小屋に卿自ら足をお運びくださるとは恐縮至極です。どうぞお入りくだされ」
「突然の訪問をお許しいただきたい」
「いえいえ、外は冷えますゆえ、早く中にお入りくださいますよう」
「お言葉に甘えます」

◇ ◇ ◇

 暖炉のすぐそばにロッキングチェアを据え、卿をそこに案内する。卿の年は私とそれほど変わらない。年老いて心境の変化があったのか、常に帯びていた剣はステッキに置き換わっていた。

「して、今日はどのようなご用向きでお越しになられましたかな」

 直に確かめてみる。卿は雪で濡れた長く白い顎髭をしごいていたが、深い吐息とともに繰り言を吐き出した。

「ゲント殿。私には妻子がなく、領地を継がせる縁者もおりません。このままでは私の死後エベルトンを統べる者が誰もいなくなります」
「さようですな」
「魔界の連中が多く跋扈する悪地ゆえ、王は私のあと誰の領有をも認めぬおつもりのようです」
「ふむ。賢明かと」

 私見に不満を抱いたのか、卿の口調がいささか尖った。

「豊かな土地を魔物どもにむざむざ呉れてやるなど道断じゃ。たむろする不埒な者どもを残らず討伐すれば済むこと。ゲント殿であれば、彼の地を平らげる魔法使いを推挙してくださると思い至り、こうして馳せ参じました」

 出向くではなく、馳せ参ずるか。その言や良しだが、それならばなぜ着任早々に動かなかった? いかな王と言えど、落ち度のない諸侯の領地替えは行えぬはず。卿自らが諸悪を平らげれば、今頃エベルトンは十倍百倍に栄えていたであろう。だが、卿がそのように動いたという話は一度も聞いたことがない。いや、エベルトンへの転封後しばらくは、こんなくそ田舎に閉じ込めやがってと不貞腐れていたように聞いている。田舎暮らしにすっかり馴染んだのは、老境に入ってからのはず。

 それに、推挙……か。おかしな話だ。推挙を求める相手を違(たが)えている。王との関係がぎくしゃくしているとは言え、諸侯の領地安堵は王家が求心力を保つための絶対条件だ。王都には実力のある魔法使いがぞろっと揃っているので、卿の要請にはすぐ応えるであろう。それが王の好むと好まざるに関わらず、な。私のような引退した老いぼれにあえて推挙を求める理屈がわからん。話がどうにもきな臭いので、用心することにした。

「卿。私はすでに隠居の身。それゆえ王都の魔法使いたちの現況がわかりません。無責任な推挙はかえって事態を悪化させかねないので、しばしお時間を頂戴してよろしいでしょうか」
「もちろんです。無理を言って申し訳ない」
「いえいえ」

 危急という風情で馳せ参じた者が猶予を許容する。それもおかしい。首を傾げながら再訪の日時を約し、卿を見送った。

◇ ◇ ◇

「なるほどな」

 魔法使いには頭の悪いとんとんちきが多いが、魔界の者どもも似たり寄ったりなのであろう。彼らにしては頭を使ったのだろうが、策に穴が多すぎる。

 エベルトンはすでに魔族どもの手中にあると見た。卿が完全に隠棲してしまったため、王都にはエベルトンの現況が伝わっていない。卿に何があっても王にはわからないのだ。つまり小屋を訪った卿はニセモノ。もし卿が本物なら必ず使者を送り込み、私を呼びつけるはずだ。ずっと格上の貴族が、一介の魔法使いの掘っ立て小屋を訪って頭など下げるものか。
 そして、魔族連中がエベルトン一郡の奪取だけで満足するはずがない。連中の天敵である魔法使いさえ押さえ込んでしまえば、思う存分人間どもを蹂躙できると考えたのだろう。だが魔法使いの殲滅は力技ではできない。弱点を徹底的に突いて組織戦で挑まないと勝ち目がないのだ。
 魔法使いはそれぞれの流儀に則って作戦を立てる。つまり、どの流儀が重用されるかが予め分かれば、対策を立てやすい。卿を装って私を訪ったのは、その情報を前もって入手するためだろう。

 魔法使いのもっとも重大な欠点は乱戦に持ち込まれた時に力が分散してしまうこと。だからこそ、統括者の力量が重視される。統括者の思考が流儀の縛りで単純化すると、個々の力が十分束ねられず隙だらけになる。統括者が狙われた時にしっかり守れないのだ。頭を潰せば、個々の魔法使いの腕前がどれほど優秀でも、結局烏合の衆になる。数で押し切られて全滅するだろう。どれほどの大蛇でも無頭ならば怖くないという諺通りだ。

「仕方ないな。王都の連中に灸を据えておくか」

◇ ◇ ◇

 王都の師範クラスの魔法使いに残らず声をかけ、おもしろいものを見せてやるからエベルトンに来いと召集した。手出しは一切無用。ただ見物だけしてくれと念を押して。

 役者が揃ったところで、卿の居城を単騎で急襲する。卿の逝去はもう確かめてある。つまり、今城にいる者は一人残らず魔族ということだ。油断し切っていたのか、玉座にはでかい牛鬼が偉そうにふんぞり返っていた。そいつを玉座ごと両断し、真っ先に指揮系を破壊。あとは離反の魔法を使って寄せ集め連中の疑心暗鬼をぶくぶく膨らませ、同士討ちを誘発させればいい。私が直接手を下す必要もない。




(ススキ)



(ススキ)



 私の使った離反魔法は最初に一瞬光っただけで、それは瞬く間に乱戦の動乱に飲み込まれたはず。生き残った魔族が惨敗の原因を思い返そうとしても、雑景から切り出せない。魔法を流儀という型から外すだけで、対策を立てるのが恐ろしく難しくなるのだ。

「ということでしてな」

 魔族同士の殺し合いに絶句していた師範連中を集め、しっかり引導を渡しておく。

「同じ状況が我々の中に生じていた場合は勝敗が逆転していたということを、よく肝に銘じていただきたい」

 色を失って黙り込んだ長老たちに、苦言を一つ足した。

「最上位の魔法使いが指揮を取る必要はないのです。統括に長けたものを据えればよい。そして、統括者に必要な素養は流儀に染まらぬことです。不測の事態に臨機応変に対応できる能力が最も求められ、誰もが恐れ崇める強大な魔法を使える必要は必ずしもありません。此度私はたった一つしか大きな魔法を使っていませんが、最上の結果を得たでありましょう?」

 静まり返った長老たちをぐるっと見渡す。

「流儀を全否定するつもりはありません。流儀は体系。順序立てて魔法を会得する上でどうしても必要ですからな。されど、最後は流儀から出ねばならない。私は流儀が狭い枠になることを強く恐れます」

 持っていた杖を地に突き、改めて警告を繰り返した。

「長の死が魔法使いの破滅とならぬよう、くれぐれも自戒を」





Drop D by Matteo Mancuso


《 ぽ ち 》
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