読書ノートの256回めは、額賀澪さんの『カナコと加奈子のやり直し』(2019年発表。文庫版は角川文庫)です。電子本での読書。発表時の原題は『イシイカナコが笑うなら』で、文庫化に当たって改題されたようです。

 額賀さんは2015年にデビューされたまだ若い作家さんですね。どのような路線の作品を書かれているのかは存じあげません。本作が初読みなので。(^^;;
 幾分変わった設定の現ドラを書かれているのかなと。『拝啓、本が売れません』『転職の魔王様』などの作品を発表されています。





 あらすじ。
 菅野京平は三十一歳の高校教師。不真面目ではないんですが、教師としてはいささか乾いていて通り一遍のところがあります。かつて自分が通っていた高校、星高に転任し、やっと慣れて来た時に、学生たちから十三年前に飛び降り自殺をした同級生石井加奈子の幽霊話を聞きつけます。「出るんですよ……」と。
 そんなバカなと思いつつ、因縁の教室の窓から上を見上げたら、石井加奈子が落ちて来るんです。あの時はどうしようもなかった。でも……。無意識に手を伸ばした京平は彼女を助けるどころか、自分も一緒に落ちてしまいます。そして……目覚めた時、京平は十三年前の教室で授業を受けていました。菅野京平としてではなく依田晴彦という同級生として。教室にはもちろん石井加奈子も。
 そして、大混乱していた京平の前になぜか幽霊のイシイカナコが現れて言うわけです。
「これはイシイカナコの人生やり直し事業です」と。

 ……から始まるお話。






 感想を。
 おもしろいです。でも、カタルシスが得られるかというと、どうかなあ。

 幽霊絡みのぶっ飛んだ話でありながら、これでもかと現実に寄せた筋立てだからです。タイムリープで過去へ飛ぶのに、過去を改変することは決してできません。つまり過去に戻ったところで知りうることが増えるだけ。それでどうするかは、結局『今』からということになってしまいます。
 イシイカナコは事業と称してそういう時間巻き戻しゲームみたいなことをやっていますから、取り憑く対象は京平一人ではありません。京平をなんとかしようという意図がないので、でもしか教師の自分に嫌気がさしている京平を救ってやろうとか祟ってやろうとか、そういう熱量がありません。
 じゃあ、幽霊のイシイカナコの単なる遊び? そういうわけでもないんです。

 イシイカナコの意図を読者がどう汲むか。それと、熱量の乏しい京平のキャラにどこまで付き合えるかで、読後感が大きく変わると思います。

 わたしですか? まあまあ、かな。イシイカナコの飄々としたキャラは、生きていた頃屈折しまくっていたことの裏返し。自己評価の低い京平のいじけキャラも、他者から見るとそれほど歪んでいないんです。そういう自他評価のズレをやり直し事業でじっくり見つめるという筋立ては、とてもよく出来ていたと思います。

 ただ、抱え込んで腐るタイプの京平が全体を引っ張りますので、文章に熱が足りません。冷え冷えでも熱々でもなく、ガス切れ直前のカセットコンロでお湯を沸かしているようなもっさり感が最後までついて回ります。キャラの作り込みが精緻な分、それが全体のトーンをグレイっぽく、生ぬるくしてしまう。こう、なんつーか、読んでて醒めちゃうんですよね。
 幽霊譚のおもしろい活かし方だと思うし、イシイカナコのキャラも好きなんですが、かっとんでもいないしすっきりもしなかったです。そういう意味でも、現実にこれでもかと寄せた作品だったなあと。






 テクニカルなところを。
 プロローグ、エピローグ付きの五話構成。各話の文量は読み切りやすいジャストサイズでした。
 京平の一人称。かーなり屈折している隠れシニカルなので、前半はやなやつ感が強かったんです。でもまじめ過ぎるからこそ屈折するわけで、いい加減なイシイカナコと一緒に関係者の間をピンボールしている間に、徐々に砕けてきます。そこらへんの変化の描き方がうまいなあと思いました。
 ただ、最終盤にちょっとした謎解き要素が入るんですが、個人的にはそこがうーん……という感じでした。わたしがカナコだったら絶対納得せえへんぞ。(^^;;
 あくまでも現実に寄せて組み立てるという基本線を貫いているので、わかるんですけどね。でも……うーん。

 修辞は仕事きっちりです。かなり無茶振りな設定の話ながら浮ついたトーンにせず、かと言って重くもしすぎず。絶妙なバランス感があって、うまいなあと。他作も読んでみたくなる筆致の作家さんですね。

◇ ◇ ◇

 わたしは自分でも文章を編みますが、その際滅多に直球を投げません。現実から乖離した要素を平気で使います。だからどたばたになるかというと、そういうわけでもないんです。
 フィクションのおもしろさは、現実でないことを部材として使いながらも現実に寄せ、それをさらに現実にはない世界に広げる自在さだと思っています。

 そういう意味では、額賀さんの本作はとても自在でよかったです。わたしの振幅には合いました。ただ……京平がいまいちぴんと来んなあと思っただけで。ええ。(笑


 次回の読書ノートは、次回の読書ノートは、綾瀬あいりさんの『セーデルホルムの魔女の家』です。




Try Again by Squeet ft.KYLA


《 ぽ ち 》
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