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シーズン8 第三話 独楽(2)



 老婆に直接ではなく老婆の面倒を見ている家人に、申し訳ないが願いを叶えることは出来ぬと依頼を断る旨を告げた。
 妄想に囚われている老人の戯言をまともに受け止めたことに驚いていた家人であったが、依頼の却下は当然のことと了承してくれた。されど老婆の魔術師行脚が今後続くかもしれぬゆえ、独楽が勝手に回らぬようこっそりと鍵をかけておいた。名のないはずの息子に名をつけ、記憶に割り込ませておいたのじゃ。息子の名はゾディアスである、とな。
 妄言であることが明らかな以上、どこぞを訪った先で私の名が出ることは不思議でもなんでもない。どれほど私の名を出されても迷惑することはないゆえ聞き流してくれと家人に伝え、安心させた。

「ちっともわけがわかんないね」
「僕もです」

 呆け老人の戯言にまともに付き合うとは酔狂な。アラウスカとペテルが揃ってそういう表情をしておったゆえ、苦笑混じりに釘を刺す。

「まあ、堂々巡りの話の独楽が回っている間は、独楽の細部がよく見えぬ。お主らが企みの底を見通せなかったことは、致し方あるまい」
「た、たくらみだって?」
「あのお婆さんが、ですか?」
「いや、老婆は使われているだけ。ほんに気の毒なことじゃ」
「誰に操られているんだい?」

 事の裏にあるきな臭さが読めたのだろう。アラウスカの表情が一気に険しくなった。

「オストレクよ」

 ざっ。二人が顔色を失う。永遠に遠ざけたはずの稀代の魔術師が復讐心を煮えたぎらせて再臨すれば、必ずや大事(おおごと)になる。二人が狼狽したのは当然であろう。

「のう、アラウスカ。オストレクとノルデ。どちらも図抜けた魔術の使い手じゃが、二人には大きな違いがある。わかるか?」
「うーん……。絶対的な腕前の違いということじゃないんだよね」
「力量としてはいくらかオストレクの方が上じゃが、それほど変わらんな」
「気まぐれというところはそっくりだし、ねじけた根性や魔術の使い方に節操がないのもそっくりだよねえ」
「ああ。気位が恐ろしく高いところもよく似ておるな」
「……」

 じっと考え込んでいたアラウスカが、渋面のまま首を振った。

「どうも、ぴんと来ないね」
「ペテルはどうじゃ」

 アラウスカと同じように深く思考を潜らせていたペテルは、何かに気づいたかの如く口を開いた。

「あの、ゾディさま。ノルデは黒い谷に封じられていましたが、オストレクは自らロンドレアの洞窟に篭っていたんですよね」
「そうじゃ。そこが違う。で、理由がわかるか?」
「人嫌い……は二人とも同じかあ。うーん、なんでだろう」
「ふふふ。わかりやすく言えば自信の有無じゃ」
「え?」

 二人が目をいっぱいに見開いて、私の顔を凝視する。

「ノルデは、谷に封じられた時も己が負けたとは決して思っておらんじゃろう。封じられたのは数で不利になったからであり、魔術の腕が劣っていたからではない。そう考えておった。無類の自信家よ」
「ふむ」
「オストレクは違う。あやつはもっと慎重じゃ。己の魔術の腕が絶対最強だと自惚れてはいるものの、魔術に全てを寄せぬ。魔術で動かせぬものがあることを認じ、万全に対処できると確かめられるまでは洞を出ぬ。じゃからこそ、場当たりにはせず必ず策を立てて備える」
「むむう」

 アラウスカが唸る。私も指で眉間を抑えながら、オストレクが仕合いに際して備えていたであろうことを探る。
 私と仕合って勝っても得られるものは何もなく、負ければ全てを失うのじゃ。あやつはどう勝つかではなく、どうすれば負けぬか、と考えておったはず。ゆえに、万一の備えを二重三重に整えておったであろう。

 最初に洞を訪った時、あやつは私の力量を見極めていた。あの場で仕合うことにならなかったのは、あやつが慎重かつ冷静だったからじゃ。己の知らぬ術によって滅されることを恐れ、大人しく引いた。その後こそこそと謀(はかりごと)を散らかしている間に、私に対抗できるだけの材料を揃えようとした。
 だが。私ですら百年以上かけて会得してきた術式をほんの数ヶ月で調べ上げて会得することなど、いかな天才オストレクでも無理じゃよ。あやつは、まともに戦えば私に勝てぬことを心中のどこかに織り込んでいたであろう。

 敗れ方がいかなる形であっても、私に滅される……存在を消されるという結果は変わらぬゆえ、必ず復活の術式を仕込んでいたはず。自らの分身を作り、本体に何かあれば分身が本体に成り代わる。さすれば敗れた時の術式を解析し、同じ手を二度食らわぬよう備えることができる。あやつのことじゃ。同等の分身をこしらえることなどお手の物であろう。
 されど己と全く同じ存在が複数並立すれば、そやつらが必ず滅し合うことになる。己と同じ力量のものは二つ要らぬというのがオストレクの理念じゃからな。相剋の挙句共倒れしてしまうのでは、あえて分身を整える意味がない。されば、本体消滅と同時にただ一体の分身を起動させる仕様にしたはず。

 分身の仕込みが整えば精神的な余裕ができ、己の立ち位置を取り崩さず仕合いに臨める。決戦の時に余裕綽々(しゃくしゃく)だったのは備えが整ったからだ。もし仕合いに敗れても、私があやつを滅すれば地上の分身が起動する。あやつの想定内ゆえ、負けたという悔しさはあれど必ずやまた何か企んだであろう。月に連れ出されること、何も出来ぬうちに敗れることは予期していなかったと思うが、滅されるという結果は変わらんのだ。されどとどめを刺されず月に置き去りにされるという事態は、あやつの筋書きになかった。
 地上の分身を起動させるためには、月にある己を自ら殺さねばならぬ。自身を最強だと認じておるあやつが自死など絶対にするものか。されど月に止まる限り、そこに在るというだけで何もできぬ。ジレンマに陥ってしまったわけじゃ。
 そこまでは予想していたが、あやつの備えは実はもう一段あった。ノルデのように封じられてしまった時に、封印からどう逃れるかじゃ。

 アラウスカとペテルの顔を交互に見比べ、推論を整理する。

「オストレクは、最低二つの非常事態に備えておったはず。戦いに敗れて往ぬることと封じられること。そして、私はきゃつを月に置き去りにしただけで滅しておらぬ」
「む! ノルデの時と同じで、月に封じられていることになるんだね」
「そうじゃ。往ぬることには分身をこしらえて備えられる。どこかに予備の分身を隠しておるはずじゃが、今は月の本体が生きておるゆえ分身は動かせぬ。されば月への封印を解くしかないのじゃ。アラウスカ、お主ならばどうする?」

 じっと考え込んでいたアラウスカが一発で正解を弾き出した。

「誰かに召喚してもらえばいい。それならば、時空間の隔てには意味がなくなる」
「正解」

 ペテルがぱんと膝を打った。

「わかった! あのお婆さんが鍵なんですね」
「そう。オストレクはどうしても召喚術を発動させたいんじゃよ。じゃが、召喚させるためには理由がいる。天才オストレクの名を出せば、誰もが魂胆を疑うであろう。しかも依頼人が田舎の平凡な老女ではな」
「だから、正体不明の息子を召喚せよという形だけを整えたわけか」
「ああ。本当の鍵であるオストレクの名を老婆の中に刻み込んでおけば、召喚術の発動と同時に鍵が開く。一丁上がりじゃ」
「……」

 アラウスカが何度も首を傾げる。

「でも、自身の召喚をあんたに依頼するのは間が抜けてないかい?」
「いかなオストレクとて、魔術師までは指定できぬよ。召喚は高等魔術じゃ。ギルド高位の術師でなければ扱えぬ」
「なるほどねえ」

 納得したのであろう。アラウスカが呆れ顔で吐き捨てた。

「ギルドの有力者はノルデと戦った時に全滅してるから、あんたしか出来そうなのがいなかったってことか」
「老婆にそんな事情などわからんよ。小物の術師に召喚を打診したものの出来ぬと断られ、私を勧められたということであろうな」
「あーあ」
「オストレクは世事に疎い……というか関心がない。洞に篭ってから今までの世の流れをほとんど知らぬ。最初のノルデの封鎖にもウエンデルの老竜退治にも関わっておらん。もちろん、近年のギルド壊滅も知らなかったはずじゃ」

 ふううっ。まあ、備えに穴があったからこうして呆れておれるが、あやつの仕込みが幾つあったのか、全容はまだわからぬ。隠してある分身を滅せねばならぬし、召喚が発動せぬよう先回りする要もある。ほんに面倒事しかばらまかんやつじゃ。

「あのお婆さん、大丈夫ですか? もし万一召喚できる魔術師に出会ってしまったら……」

 ペテルの懸念を解消しておく。

「もちろん対処してある。名無しの息子のところに、私の名をはめ込んでおいた」
「わ!」
「召喚対象者を私にしておけば、意味がないことは誰にでもわかる。私は現存しておるゆえな」
「なるほどー」

 ペテルの筆記が終わるのを待ち、机の上の独楽を指差した。誰が見てもただの木の実じゃ。

「そいつが回っていれば、力を発する上に正体が割れぬ。じゃが、止まってしまえば意味がない。オストレクの仕込んだ備えも似たようなものじゃな」
「独楽……か」

 二人がじっと見据えている木の実をつまみ上げ、そこに吐息の衣を被せる。

「じゃがの。独楽は駒に通じる。老い先短い年寄りならば、駒として粗末に扱ってよいとでも? たわけがっ!」

 木の実から軸を引き抜き、ぽきりと折った。

「人を捻じ曲げて駒に仕立てるなぞ、鬼畜の所業じゃ」
「ああ!」
「私もお主も年を経ている。じゃが年に関係なく己は己じゃ。年寄りを足蹴にしようとするやつは絶対に許さん! お主もそう思うであろう? アラウスカ」
「もちろんだよ!」

 アラウスカは、魔女として医師として、さらにリリアの師匠として今もっとも充実した時を過ごしておるはず。老いた今こそが我が世の春じゃ。年を経た価値を無下に否定されることは死ねと言われるに等しい。むろん、私とてそうじゃ。

「されば。オストレクの備えは細部に至るまで調べ上げ、残らず潰す。二度と回らぬ独楽の悲哀を、これでもかと味わうがよい!」


【第三話 独楽 了】





(ヌメリイグチ)





Spin by Taking Back Sunday


《 ぽ ち 》
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