《ショートショート 1454》


『裏が白い』


「うーん……」

 本当に信じていいものだろうか。私はまだ迷っていた。




(ギンドロ)



 人を騙して飯を食っているやつがいる。詐欺師ってやつだ。私はお人好しなので、そういう連中を寄せ集めやすいらしい。だが、騙されやすい自分の性格は嫌というほど把握している。幼少時からこれでもかと騙され続けてきたからだ。

 頻繁にカモにされながらも大きく人生を狂わされなかったのは、騙されたことによる被害が小さかったからだ。私はお人好しではあっても阿呆ではない。一度引っかかった手口に二度三度引っかかるほど学習能力が欠如しているわけではない。なんというか予防接種みたいなもので、軽微な被害で連中の手口を覚え、それによって大損害を回避しているようなところがある。
 逆に言えば、これまで遭遇したことのない手口に対してはどうも脇が甘くなる。大きなリスクは回避してきたけれど、足元をがばっとすくわれる危険は常にあるわけだ。

 当然、自分の身体、信用、財産に係る重大な案件でいきなり即断即決ということには決してしない。契約書を出されてもその場で判をつかず、提案を持ち帰って頭を冷やしてから可否を判断している。時には自力で真偽を調べたり、詳しい人にアドバイスをもらったりして、やられたとアタマを抱える事態を回避してきた。
 それでも。やられる時にはやられる。物事には全て裏表があり、その裏が概ね黒いということをどうしても読みきれない。だからこそ、救いようのないお人好しだと言われるのだろう。

 ただ、今回の件はお人好しだからしょうがないでは済まないような気がしたんだ。その不安には根拠がない。単なる勘なんだけど。

◇ ◇ ◇

 母方の伯父から電話が来たのは先週のこと。施設に入っている祖母のことで相談があるという。母ではなく私に電話してきたのはなぜだろうと首を傾げていたら、済まなそうに叔父が言った。

「施設管理費は俺の口座から引き落としになってるんだが、暗証番号の打ち間違えで通帳がロックされちまってよ。再発行に時間がかかるらしい。春ちゃんも俺の口座に分担分を振り込んでくれてたから、そろってアウトなんだよ」
「直接送金するとかできないの?」
「今足を傷めちまっててな。外ぉ出歩けねえんだ」

 ああ。そういや、お袋がそんなこと言ってたな。年寄りなんだから少しは自制すればいいのにいい年こいてって怒ってた。

「済まんが、俊ちゃんが使ってねえカス通帳を一回だけ引き落とし先口座に指定させてくんねえか。新しい通帳ができたら、元に戻す」

 ふむ。なるほど。私にはなんの損得もないってことか。伯父が口座に現金を振り込み、施設がそれを引き落とす。通帳そのものは私が持っているから、第三者に悪用されることはない、と。
 伯父は私の実家から遠く離れたところに住んでいるから、これまであまり顔を合わせたことがない。お袋の口から伯父の悪口を聞いたこともないので、まあ信用してもいいんだろう。
 だが……どうしても引っかかる。なぜお袋の口座ではなく、私の口座なんだろうか。

「ちょっと待ってね。取っ散らかるのがいやで、あんまり通帳作ってないんだ。伯父さんが使えるようなやつがあるか探してみるから」
「済まんな。迷惑かけて」

 特にきょどったような声でもない。一度電話を切ってお袋に確かめたが、伯父さんはお袋にも同じ説明をしたらしく、迷惑をかけたくないから俊ちゃんのを一回だけ使わせてもらうと、同じ説明をしたらしい。お袋は特に疑問を抱いていなかった。

「あんたは少ないだろうけど、うちにはババ抜きができるくらい通帳があるからねえ」
「それ、少し整理した方がいいよ」
「そのうち」

 ……しないな。きっと。
 一応、裏は取れた。ばあちゃんの施設に払うカネだし、お袋も事情がわかってて了承済み。一回こっきりだ。口座番号を伯父に教えて、伯父が施設に引き落とし先変更の手続きをすればそれで終わり。私には特に関わらない……はず。

「いや。違うな」

 口座の名義は、伯父ではなく私だ。つまり、伯父が言う一度きりの約束を反故にされると、『私が』これからずっと費用負担せざるを得なくなる。それは絶対に受け入れられないよ。慌ててお袋にもう一度電話したんだが。

「ああ、兄さんにばかり迷惑をかけるのもなんだと思ってたから、先々はうちで全部持とうと思ってたの。入居費用は払込済みで、管理費だけならそんなに高額でもないから」

 そうなのか。じゃあ、本当に私には跳ねないってことだ。裏は真っ白。
 でも。私はどうしても腑に落ちなかった。これまで数限りなく騙されたことで鍛えられてきた危機感知センサーの警報音が、まだ鳴り止んでいない。

 一回だけだよな。じゃあ、その分だけ指定口座への振り込みに出来ないか、施設に直接聞いてみるか。
 電話をする前に、施設のウェブサイトで支払い関係の規定を確かめておく。

「やっぱりな……」

 原則は利用者口座からの引き落としで、それ以外の支払い方法については応相談。これまで真っ白だった地合いに、初めて黒点がぽつんと浮かんだ。

◇ ◇ ◇

 施設の評判や運営・経営状況は至極まとも。表も裏も白い。つまり、白くない部分は一点しかない。

 表に出せない金の出し入れに休眠口座を使うというやり口は、出し入れの金額が多いとすぐに足がつく。つまり、費用が引き落とせないと言って代替口座を用意させたやつは、伯父以外にも同じ話をあちこちに振っているはずだ。悪意を分散させ、黒く見えないよう薄めていたんだろう。

 休眠口座がチェックされにくいことも考慮に入れてあるな。振り込み者と引き出し者は最初だけホンモノ。それ以降は口座が再び休眠すると見越して、施設が金を振り込み、それを施設が引き出す……という形にする。もちろん、施設の公金をちょろまかすためだ。
 会社や泥つくの口座を使えば不正行為がすぐにばれてしまうから、利用者の縁者で普段施設とは関係のない者の口座を隠れ蓑にしようと目論んだ。

 整理しよう。施設、伯父、母、私。全てシロ。黒は出納担当の一人、もしくは数人。背後関係はわからない。でも、私は企みの奥底まで手を突っ込むつもりはない。騙されずに済んだことだけでよしとする。
 なに、手頃な通帳がなかったと伯父の頼みを断れば済む。私が支払いを肩代わりすればいい。たいした手間じゃないし。

 今回の件、私だけでなく他の利用者からも問い合わせが行ったはず。施設の関係者は、いずれ望ましくないアクションがあったことに気づくだろう。でも、クロのやつはつらっと言うはずだ。

「原則として引き落としのみにさせていただいてます、だよな。実際その通りだし、説明だけ聞けばそいつもシロだ」

 なんだかなあ……。




(オリーブ)



 ろくでなしの企みを回避して、無事管理費の払い込みを済ませた。やれやれとは思ったものの、難を逃れられたんだから結果オーライだ。それっきり忘れていたんだが、半年くらいしてお袋から衝撃的な告白があった。

「済まないねえ。あの時達ちゃんは医療費で大出費、あたしはネットショップにはまりすぎで当座のお金が底ついちゃってさ。施設に払うお金がどうしても出せなかったんだよ。で、ちょい出来の悪いウソをつかせてもらったの。あんたが気ぃ利かせて払ってくれたことにはほんとに感謝してる。済まないねえ……」

 ああ……また騙されたよ。
 私の意識は表から裏まで真っ白に、それから真っ黒になった。





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《 ぽ ち 》
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